恋愛下手のアリスちゃん9
次の日の朝は、いつもの朝だった。
熱も下がり、早起きして朝食を作る。
「お父さん!お母さん!朝よ!」
眠気眼の両親を急き立てるように、顔を洗わせて、朝食を済ませる。
食器を洗い終えると起きてからすぐに洗濯機にかけた洗濯物を干しにかかる。
「ふいー、こんなものか」
風にゆらぐ洗濯物を見ながら言う。
「亜梨子、もう時間じゃないの?」
スーツ姿の紗緒里が居間から言う。
今日は、公判があるのだろう。身なりを整えていた。
「はぁい」
亜梨子は、洗濯かごを持って中に入り、窓のカギを閉めてから
「お母さん、戸締りよろしくね」
「はいはい」
紗緒里は、苦笑しながら答える。
これでは、どっちが母親なのか…
「いってきます」
鞄を持って外に出る。
道行く人が、亜梨子を見ていた。
本日も、パーフェクトな美少女である。
しかし、亜梨子の心中は複雑だった。
(今日も、学校は【告白大会】で盛り上がっているのかな)
かなり憂鬱になる。
人と言うのは噂が大好きだから仕方がないのだが、話のタネになっている人間にとっては、たまったものではない。
だが、亜梨子の心配とは裏腹に学校に到着すると別の世界が広がっていた。
学校中に、真之介と美雪が抱き合っていたという噂が広まっていたのだ。
「何事?」
学校の雰囲気が違う事に戸惑いながらも、席に座り芽依に問いかける。
「亜梨子、昨日休みだったからね。昨日から、この噂で持ちきりよ。【生徒会長と副会長が抱き合っていた】って」
芽依は、ひそっと言う。
「へぇ…」
亜梨子は、平常心を装うように教科書などを机にしまう。
「驚かないのね。て事は、あの話も本当か」
「え?」
「その場面を亜梨子が見ていたっていうのも噂で回っているのよ。イチャついている二人にクールに冷やかしを入れて去って行ったって」
…確かに、冷やかし混じりのような事を言ったような気がする。
真っ白だったのでよく覚えてない。
「どうでもいいよ…もう…」
亜梨子は、クスリと笑い
「フラれちゃいましたよ」
囁くような小さな声で言った。
「亜梨子…」
「はい!この話題はおしまい!文化祭、文化祭、もう明後日なんだよ」
「亜梨子」
「そういや、告白大会って今年何人くらいでるわけ?」
明るく振舞おうとする亜梨子。
「…30人くらいかな」
芽依が答えると
「今年も何組のカップルが生まれるのかな。楽しみ」
笑顔を作る。
「もしかしたら、生徒会長サマも入っているの?」
亜梨子の問いに
「生徒会長は…入ってないよ」
声をひそめて芽依は言う。
亜梨子は、自虐的に笑い
「…ふうん、そっかぁ。もう出来上がっているもんね」
と、言って亜梨子は淋しげに俯いてから
「…3人のうちの誰かと付き合おうかな」
小さな声でボソリと呟く。
「亜梨子!」
芽依が、窘めるように言うと
「冗談よ。さぁて、お仕事お仕事」
と、亜梨子は準備をしているクラスメイトの中に入っていく。
この2日間、亜梨子はいつも通りに過ごしていた。
心にぽっかりと大きな穴をあけたまま
いつも通りに、クールでかっこいい、パーフェクト美少女を演じきった。
本当は、逃げ出したかった…だけど
(負けちゃダメ、負けちゃダメ)
そう自分に言い聞かせて、本当の自分を隠し続けて…
やってくるであろう、文化祭を憂鬱に感じながら。
芽依が心配して声をかけても
「だいじょぶ、だいじょぶ」
と気丈に言っていた。
あれから、真之介を避けている。
真之介は、何度か亜梨子に話しかけようとしたが
「すみません、生徒会長。今、時間がありませんので」
作り笑顔で答えてから、去っていく。
真之介の方も生徒会長としての責務があるので、追いかける事が出来なかった。
追いかけようとすると、美雪につかまって身動きが取れなかった事もある。
(もう忘れないと…ね。真ちゃんは、もう…手の届かない人になったんだもの)
制服の裾を握りしめ、自分に言い聞かせた。
遠目から見ても、釣り合いのとれたカップルだ。
(私なんかより、崎山さんの方がお似合いだもの。もう…諦めよう)
涙を堪えて、亜梨子はクラスメイトと和風喫茶の準備を続けた。
そして、文化祭の日がやってきた。