恋愛下手のアリスちゃん6
「おばさま、真之介君は生徒会の仕事で遅くなっているのでは?」
亜梨子が口を挟む。
「え?生徒会?」
弥生は首を傾げていたが、やがて
「あぁ、そうだったわ。真ちゃん、生徒会長さんだった」
思い出したように言う。
「お、おばさま、忘れていたんですか?」
顔を引きつらせて亜梨子が聞くと
「すっかり」
にっこり笑って弥生は答える。
「弥生は、昔からこんな感じなのよね」
クスクス笑いながら紗緒里が言うと
「ひどいわ、そんな笑わなくたって」
「ごめんなさい」
母親達が談笑していたが、亜梨子は片づけの作業を、せっせと済ませる。
終わると、冷蔵庫を覗いて
「うーん、ロールキャベツが出来そうかな」
と、言ってから冷蔵庫を閉める。
「私、着替えてくるから、お願いだから台所には入らないでね」
そう二人に言いくるめて、亜梨子は台所から出て自分の部屋に上がっていく。
部屋に入り、ブレザーのジャケットをハンガーに掛けてから、ベットに座る。
「はぁ…」
今日は、なんだかため息ばかり漏れている。
ふと、曇りガラスの方を見る。
この向こうには真之介の部屋の窓がある。
ベットから立ち上がり窓辺に立つ。
窓を開けようとして、ふと手を止める。
(いるはずないよね。今頃…)
美雪と二人で…仲良く…と考えてしまう自分が嫌になった。
再びため息をついてから、着替えを始めた。
「ただいま」
亜梨子の父・久瀬英介が帰宅した時は、午後10時を過ぎていた。
「おかえりなさい。遅かったわね」
テーブルに座って夫を待っていた紗緒里は、コートやスーツの上着を受け取りハンガーに掛ける。
「あぁ、ちょっと…な」
疲れたような表情で椅子に座る。
「お、今日はロールキャベツか」
テーブルに並べられた料理に顔が綻ぶ。
溺愛してやまない愛娘の手作りなのだから。
だが、しかしすぐに顔を強張らせて
「まさか、今日も隣の分まで作ったんじゃないだろうな?」
声を低めて聞く。
「ええ」
紗緒里が答えると
「何度も言っているだろう?隣とは仲良くするな、と」
「でも、弥生とは親友ですもの」
にっこり笑い紗緒里は言う。
「しかしだな…」
英介が何か言おうとしたが、紗緒里は
「で、何があったのですか?」
追求するように聞く。
「う…」
英介は、言葉に詰まっていたが
「今度の学部長選挙の事でな。資金を出そうという人が来たんだよ。それも3人」
「あらまぁ、それは、よい事ですね。でも、あなたの表情は浮かない。…亜梨子ですね?」
夫は、何も言えない。
「その御三方のご子息が、亜梨子と結婚を前提にした交際をしたがっている。それを認めてくれたら、学部長選挙に掛かる費用…将来、学長選挙に掛かる費用も面倒をみようという訳ですか?」
夫の言いにくい事をスラスラ言ってしまう妻であった。
「…そんなハッキリと」
英介は、顔を強張らせている。
紗緒里は、一息ついてから、
「で?あなたは、どのような返事を?」
冷めた口調で夫に問いかける。
【法曹界の申し子】と言われる敏腕弁護士である。尋問が始まるとある意味、怖い。
「それは…」
英介は、言葉を詰まらせている。
「それは?」
紗緒里の静かなる圧力に堪えられなくなった英介は
「『娘には、自由な恋愛をさせてやりたいと考えています。親の都合で、結婚などは決められない』と、答えた」
「そう、それで?それだけでは終わらなかったのよね?」
「『それでは、娘さんに決めていただきましょう。賢い娘さんなら、どの選択がよいのか分かるでしょうから』と」
英介は、言葉を選びながら言うが
「はぁ…」
紗緒里から出てきたのは、言葉ではなくあきれた様子でのため息だった。
「その三人とも同じ事を言ってきたのね?」
片手で頭を押さえながら聞く。
「あ、あぁ。その通りだ」
英介は驚きながら言う。
「なぜ、分かったんだ?」
英介の問いに、紗緒里は大きく息をついてから
「学校で、亜梨子に毎日のようにつきまとっている男子生徒が3人いる事は知っていましたからね。千川電機の社長・千川成樹、大地主・剣崎虎太郎、参議院議員・楠本健吾。申し出てきたのは、その御三方でしょ?」
「あぁ、そうだ」
「まったく、毎日フラレているのに、懲りもしないで」
紗緒里は、すっかり呆れている。
「もちろん、断りますわよね?」
紗緒里は、笑顔で言う。
その笑顔は、怖い方の笑顔だ。
「その方達には、同様の申し出がある、とお伝えした。だが、そうしたら、もうすぐ開催される文化祭の告白大会で、3人の中から一人を選んでほしい…と」
紗緒里の顔が引きつる。
「娘を出世の道具に使うつもりですか?」
無表情だが、かなり怒りがこもっているのは分かりやすい。
「いや…別に…私は…」
完全に紗緒里に吞まれている英介。
ふと、紗緒里は表情を緩め
「わかりました。では、御三方にお伝えください。当日に亜梨子に返事をさせますから、それまでは、亜梨子に付きまとうのは止めるように…と」
どこまでも、怖い紗緒里の笑顔だった。
「…わかった。そう伝えておく」
縮こまって英介は答えた。
「では、ご飯の準備をしますね」
と言って、紗緒里は冷めたロールキャベツをレンジの中に入れた。
一応、電子レンジぐらいなら紗緒里にも扱えるので安心だ。