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死神を呼ぶ声

作者: 雨乃さつき

 満月の夜、とある言葉を呟くと死神がやって来るという噂があった。


『死神様、私の命、貴方に捧げます』


 何処かで、誰かが、今日も死神を呼ぶ。


 死神を呼ぶと、呼んだ者の耳に薄気味悪い音が鳴り響く。

 それは、徐々に徐々に大きな音となり、呼んだものに死神の存在を強く感じさせる。


 音が鳴りやんだ時、気づけばそこに死神が居た。


「貴方が……死神?」


 目の前に現れた死神は、古びた黒い外套に身を包み、身の丈ほどの大きな鎌を肩に担いでいる。

 小柄で華奢な死神に、彼女は恐怖を一切感じない。


 それどころか、今から死ぬというのに安心感を覚える始末。

 思わず笑みが零れた。


「呼んだのは……お前か?」


「うん、そうだよ」


「……遺言があれば聞こう」


「意外と、優しいんだね?」


 遺言まで聞いてくれるのかと内心驚きつつ、意外とサービスの良い死神に、思わず彼女は思っていたことを口に出してしまう。


「……」


「あ、それはダメなんだ」


 無言を貫いている死神が少し面白くて、彼女はもう少しだけ話したいと思ってしまった。


「遺言とか、聞く意味ってあるの?」


「ある」


「どうして?」


「死とは命の終わり。産声を上げて人生が始まるように、遺言とは命の終わりを告げるものだからだ」


「なるほど? 何となく分かった……かも」


 死神の答えに取り敢えず頷いてはみたものの、彼女は死神の言ってる事が理解できず思わず首を傾げてしまう。


「……それよりも、遺言は」


「そうだった! えーと、長くなるかもしれないけど……私の話し聞いてくれますか?」


「そう言ってる」


 嫌がる素振りさえ見せない死神に、彼女は沢山の事を話した。


 元は貴族だったこと。

 婚約者に裏切られ、そのせいで家から追い出されたこと。

 平民として街で働いてきたこと。


 色んな仕事をしてきたこと。

 一度は奴隷として売買されたこと。


 これまで歩んできた人生の全てを、彼女は包み隠さずに話した。


「聞いてくれてありがとう、死神さん」


「構わない」


「ううん……本当にありがとう。最後まで真剣に聞いてくれて嬉しかった」


 本心から出た言葉。

 今までの人生の中で、一番楽しくて、一番笑って、一番泣いた。


 そのお陰か、彼女は生きてきた中で感じた事のないほどに心が軽い。

 晴れやかであり、穏やかなという何とも不思議な気分だった。


「思い残す事はもう無いか?」


「……うん」


 彼女は天を仰ぎ、静かに目を瞑る。

 その表情は、淀みなく死を受け入れていた。


「貴方に、安らかな眠りがあらんことを」


 そう告げると、死神は鎌を大きく振りかぶり彼女の首目掛けて一気に振り下ろす。

 刹那――――彼女は死神と目が合った気がした。


 真紅の瞳、あどけない少年の様な顔つき。

 そして、頬を伝う一筋の雫。


 この時、彼女は無意識のうちに自分でも思ってもみなかった言葉を口にしていた。


「私と、結婚してくれませんか」


 彼女の首筋から、一滴の紅い雫が流れ落ちていく。

 皮一枚で止められた刃、命を断とうとする凶器を前に彼女は一歩も動じることなく死神を見ていた。


「……どうしたらいいんだ?」


「私的には、答えを頂けると嬉しい……です」


 自分が口走ったことを理解した彼女は、思わずしどろもどろに言葉を返してしまう。

 彼女の心臓は、鎌を振り下ろされた時よりも激しく鼓動を鳴らし、死神の答えを今か今かと待ち望んでいた。


「……死にたいのでは、なかったのか?」


「勿論、そのつもりでした」


「なら、死ぬのが恐ろしくなったか?」


「いいえ」


「なら、何だ」


「貴方に……一目惚れしてしまいました」


「……」


 彼女の言葉に、死神は思わず黙り込んでしまう。

 真っ直ぐに自身を見つめる彼女の瞳が、生きたくて嘘を言っているようには見えなかった。


「な、何か言ってください!」


「……我は死神だぞ?」


「はい、知っています。でも、凄く優しいじゃないですか」


 死神の問いかけに、彼女は満面の笑みで堂々と答える。

 その姿が、更に死神を困らせていく。


「……我は人を殺す。悪人も善人も関係なく、呼ばれるがままに死を与えるのだぞ? 恐くないのか?」


「死を与える相手の話しを聞いて涙を流せる貴方を、私が恐がる理由なんてありません」


「……もっと隠しておくべきだった」


「ふふっ、意外とおっちょこちょいなんですね」


「……そんな事実はない」


 彼女の言葉にムキになったのか、死神の語気が少しばかり強まる。

 その様子を見て、彼女は思わず死神に抱き着いてしまう。


「お、おい!? 何をしている!? 貴様、正気か!?」


「私はいたって正気です! もう、なんていうか愛おしくて仕方ないんです! 二時間だけで良いんで抱きしめさせてください!」


「良い訳ないだろうが!! というより、それは抱き着く前に言うセリフだ!!」


「それが素ですか!? そっちはそっちで、グッときます!!」


「ちょ、離れろ!? このッ、抱き着くな! それに、顔を首筋に近寄せるなァァァァ!」


 この後、数十分に渡り攻防を繰り返した二人の戦いは、物理的に彼女を黙らせることで決着を迎えた。

 痛む頭を抑えながらも楽しそうに笑う彼女を前に、死神は呆れたように言葉を掛ける。


「随分と楽しそうだな……」


「はい、楽しいですよ」


「……痛むか?」


「いえ、痛いはずなのですが……貴方から受けたと思えば、何だか気持ちよ――――」


「それ以上は言わなくていい」


 死神は悩んだ。

 目の前に居るサイコパスをどうすればいいのかと。


「私のような……元奴隷に好かれるなど……やはり迷惑ですよね」


 自虐的な笑みを浮かべる彼女に、死神は思わず声を荒げた。


「そんなことは無い! 貴様の過去がどうであれ、貴様の心は……死神と呼ばれる我にも分かるくらい、十分に魅力的なものだ!」


「あ、ありがとうございます」


 死神からの予想外な言葉に、彼女の顔は徐々に真っ赤に染まっていく。

 顔から火が出そうなほどの熱を感じた彼女は、咄嗟に両手で顔を隠した。


「声を荒げてしまい、申し訳ない」


「いえ……ありがとうございます」


 二人の間に何とも形容し難い空気が流れる。

 彼女は永遠とも思えるほど長い時間の静寂に耐え兼ね、少しばかり上擦った声で言葉を発した。


「そ、それで! 答えの方は……」


「あ、ああ……そうだったな」


 答えが何であれ、受け入れるつもりの彼女は静かに目を瞑り、死神の出す答えを待つ。


「我は、知っての通り死神と呼ばれている。正直、我をよく思わない者も多く存在する。もし其方と結婚し、我と其方の間に子供が出来た場合、我は其方達が危険に巻き込まれないかが心配だ。それに、死神などと呼ばれている我が、人を幸せにできるとは到底思えないのだ。だから――――」


 すまない。

 そう告げようとした死神の言葉を遮るように、彼女は声を上げた。


「そんなこと、関係ありません!」


「えっ……」


「結婚した先の幸せは、二人で一緒に作っていくものだと私は思います! きっと、片方が頑張ればいいと言う訳ではないんです。結婚すれば、お互いに支え合って生きていくのですから、貴方と居ることで危険が迫ろうと、それは二人で乗り越えていけばいい事です!」


「……そうか」


「はい! 健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときもこれを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓うのが結婚なのですから! どんな時も、どんな苦難も、どんな些細な幸せでも、貴方と共に歩んでいく。それが結婚するということです」


「我の結婚への認識が甘かったようだ」


 深く頭を下げる死神に気にしていないとばかりに、彼女は首を横に振る。

 それを見た死神は、持っていた鎌を地面へと寝かし、フードを外して彼女の前で膝をつく。


 フードの中から現れたのは、美しい黒髪に真紅の瞳。

 それを満月が幻想的にライトアップするものだから、彼女は気づけば声を漏らしていた。


「綺麗」


「我は、正直結婚については其方ほど詳しくない。故に難しい事は分からぬが……我と一緒に歩んでくれると言ってくれたのは、其方が初めてだった」


 彼女は、思わず期待感に息を呑む。

 そんな彼女を見て、死神は妖しく微笑んだ。


「故に、我と歩んでくれると言った其方の気持ちに応えさせて欲しい」


「はい! 末永くよろしくお願いします!」


 満面の笑みで抱き着いてくる彼女は、空に浮かぶ満月よりも美しく死神の眼には眩しく見えた。


 この時、死神は思った。

 もしも、彼女に死をもたらす時が来た時、彼女が笑って死んでいけるようにしようと。


「それで、死神さん」


「死神というのは、別に我の名前ではない」


「じゃあ、なんて呼べばいいですか? あなた、とか?」


「恥ずかしいから、その呼び方は却下する。○○だ」


「○○さん!」


「それでいい。それより、其方の名は?」


「○○です!」


「なら、我は○○と呼ぶ」


「分かりました! あっ! 一つだけ忘れてることがありました!」


「何だ?」


 思い出したと騒ぐ彼女を見て、死神は不思議そうに首を傾げる。

 すると、彼女は死神を優しく抱きしめた。


「○○さん」


 そして、徐々に互いの顔が近づいていく。

 意図を察した死神は、彼女からのその行為に静かに応じた。


 数秒間の触れ合う程度の行為に、二人の顔は真っ赤に染まる。


「こ、これで、正真正銘の夫婦ですから!」


「あ、ああ」


 二人は手を絡めるように繋ぎ、静かに前へと歩いていく。


「○○さんの手、意外と温かいんですね?」


「大抵の生物は温かいものだ」


「生き物だったんですか!?」


「今さら、そこに疑問を持つのか!?」


 こうして、二人の姿は闇夜に消えていくのであった。

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