099_リザルト→振り返り。
御山、神域?神社の社務所、というか宴会場。
青ジャージ神主さん、赤ジャージ神様、ガンマンさんに、少女。
三人と一柱で、鴨鍋を囲んで、くつろぎつつ、大人は一杯やっている、雰囲気。
暴走迷宮を攻略して、数日後、色々不具合がでてしまった、街への対応は、よろず厄介ごと引き受けギルドに丸投げしました。
迷宮核の破壊からくる混沌流出暴走の調整やら、
運よく生存していた、ことになった、少年少女の帰還に関してのあれこれやら、
新しくなったdungeonの性質検査やら、整備やら、運用確認やら、
まあ、色々は、色々です。
「なるほど、わからん」
「酔ってるからでしょう、神様」
「何をいう、わしゃ神様じゃよ?」
で、今回の一件の報告というか説明というか、酒の肴話をしているわけでありまして。
かいつまんで解説するに、
今回の迷宮暴走は、迷宮核に自我が芽生えたことに端を発しっていたわけです。
自我の発生自体はそれほど珍しい現象ではありませんが、その性格というか趣味が厄介でありました。まあ、大体、人格を持った迷宮核が迷惑でない性格ではないので、ある意味、王道展開ではありましたが。
迷宮核である彼女は、少年少女が、好きだったのです。しかも、こう、幼児を愛でる方ではなく、ガチの肉欲的なあれで。
その性質があったから、レベル1以下のものしか入れない迷宮という特性になったのか、その特性の結果、少年少女しか入ってこなかったから、嗜好が歪んんだのかは、はっきりしませんが。
で、その趣味的嗜好を持ってして自我を持った迷宮核がどのような行動に出たかというと、入ってくる愛欲の対象を、好きに取り込み、返さないということでありまして。
その結果、数十年にわたり、少年少女の帰還者0という、悲劇的な迷宮が誕生したわけです。
基本、愛でる、欲望を発散することが主体でありますので、未帰還の少年少女は肉体的には問題なく、いやまあ、使用されたり開発されたりという問題はありますが、精神的にも、まあ、幸せであったんじゃないかなと、……そう思っておいた方が気が楽になります。
また、少年少女たちは、主に迷宮核の趣味として、混沌経由の不思議力で、肉体を幼い姿のままに維持させていたり、精神をかなり欲望に素直になるような、可愛らしいままにしておいたり、しておりまして。
まあ、爛れてはいますが、実のところ、急いでどうにか攻略する必要があるくらいの秩序混沌均衡問題は発生していなかったわけです。
純粋に少年少女が生贄になっているという、街側の精神的な苦痛を除けば、結構上手く共存していた例ではなかろうか、という、レポートに書かれた一考察もあったりします。
「なんで、おしおきして、きぼうしゃはきかんさせておいた!」
迷宮への侵入制限を撤廃させたので、迷宮核は無事存続しています。
深く肉欲に溺れてしまった幾人か?というか大半の?少年少女は、復帰が難しいのと、あれはあれで幸せそうであるので、そのまま迷宮核のご褒美というか、飴としてそのままにすることに。
歪んでも愛は、愛、なのでしょうか?
「ぶっちゃけ、めんどうくさいし!」
「色々台無しだなおいw」




