サブクエスト 協力プレイ
「斗真はどっかのサークルに入らないの?」
隣でカツカレーを食べながら、亮介君が尋ねてきた。
「ああ…うん、いいかなって。」
中学はソフトテニス部、高校は弓道部だったけど、結局レギュラーにはなれなかった。特にやりたいことはないし、それに一人で新しいコミュニティに入って行く勇気もない。
「そうかー。楽しいのになぁ。」
「亮介君はフットサルサークルだっけ?」
「おう。男ばっかりでむさくるしいけど、声かけあって練習したり、その後ラーメン食べに行ったりとか、ほんと楽しいんだよ。バカばっかりだけどな。」
そう言って笑う亮介君の顔を見ると、本当にその仲間のことが好きなんだって伝わってくる。
「そうだ斗真。今日、うちの練習来ないか?」
「え!?いや、僕、フットサルなんて…」
できないって言おうとしたら亮介君の声に阻まれた。
「今日、法学部の先輩達が特別講義?かなんかで来れないんだよ。だからメンバーが少なくてさ。斗真が来てくれたら助かるんだけど、どうかな?」
そもそも亮介君の頼みは出来るだけやってあげたいって思っているのに、そんなズルい言い方されたら断れないよ。
「…サッカーだって高校の授業以来やってないし、絶対下手くそだよ。」
「それでもいいって。やりたくないメニューはしなくていいし、パス練習付き合ってくれるだけでもいいから。な?」
「…そこまで言うなら、いいよ。」
「よし!じゃあ放課後、学食前集合な。ありがとう、斗真。」
亮介君がそれで喜んでくれるなら引き受けてよかった、よね。頑張れ、放課後の自分…!
放課後、亮介君の後ろに続いて歩きながら僕は不安だった。亮介君に頼まれたから来たけど、やっぱり邪魔になったりしないかな。きっといいひと達なんだろうけど、僕は上手く話せるかな…
「着いたぞ。」
その声に目線を上げると、そこには人工芝のフットサルコートがあった。既に数人の学生がいて、準備体操をしたり、練習の準備をしている。
「お疲れ様です。」
亮介君が声をかけるとその人たちが振り向く。
「おう、お疲れ。」
「お疲れ、亮介。」
本当に男子ばっかりだ…
「な?男ばっかりでむさくるしいだろ。」
僕の思考を読んだように亮介君が言う。
「うん…」
その時、サークルメンバーの一人と目が合った。
「亮介。そいつは新入部員か?」
僕のことだ…心臓がどきっと跳ねる。ええと…まずはなんて言えばいいかな…
「こいつは俺の友達で、今日はメンバーが少ないから無理言って来てもらったんです。…斗真。」
亮介君に促されて一歩進みでる。
「工学部、1年の倉橋斗真です。よろしくお願いします。」
「未経験みたいでパス練習とかに付き合ってもらおうと思ってます。先輩方、お手柔らかにお願いします。」
亮介君の言葉でその場に温かい空気が流れる。
「そうか。よろしくな、斗真。」
「はい、よろしくお願いします。」
よかった。先輩とも上手く話せた。
「じゃあ、俺たちすぐ準備して練習参加しますね。」
「おーう。」
亮介君が先輩に声をかけ、僕達は更衣室へ向かった。
更衣室に入ると、亮介君と2人っきりになった。
「俺のジャージでよければ貸すけど、着替える?」
「あー、えっと…」
服まで貸してもらうなんて悪いな。でも今日の服はあんまり汚したくないし…
「安心しろ。これでもちゃんと洗ってるから。」
そう言ってニィっと笑う。別に疑っているわけじゃないんだけど。それが可笑しくて笑ってしまう。
「ははっ。…じゃあ、貸してもらってもいい?」
「おう。」
ジャージを受け取ると亮介君と同じ匂いがした。
「斗真、大丈夫そうか?」
服を着替えながら亮介君が言った。
「え?」
「いや…ほら、先輩達、いかつい顔の人が多いから怖くなかったかと思って。」
「大丈夫だよ。」
亮介君が側にいてくれたから。とは恥ずかしいから言わないけど。
「そうか。ならよかった。」
着替え終わり、フットサルコートに戻るとランニングが始まるところみたいだった。軽く準備体操を済ませ、亮介君が振り向く。
「よし。行こう、斗真!」
「うん!」
2列に並んでコートの周りを走る。運動すら久しぶりで、こんな風に体を動かすことが少し心地よかった。
ランニングが終わると、2人組でのパス練習になった。
「いくぞー!」
そう言って、向こうにいる亮介君がボールを蹴ってくる。
段々と近づいてくるボールに狙いを定め、足を振りかぶる。
ここだ!
力を込めた足は空を切り、ボールは僕の後ろに転がっていった。
「ドンマイ!さあ、どこでもこい!」
亮介君が声をかけてくれる。恥ずかしい。パス練習くらいは相手になると思ったのに、ここまで下手だったなんて…
3回に1回くらい外しながらも、パス練習は終了した。
その後の練習は1人でやるシュート練習などが続くため、休んでいていいと言われた。邪魔にならないように、コートの端に座る。
正直、ホッとした。みんなの練習を見ていると僕が入ったら流れを乱してしまうのが分かる。
みんな上手に見えるけど、亮介君は特に目を引く。なんていうか、動きがきれいだ。
「はぁー…疲れた。」
休憩になり、亮介君が僕のところに戻ってきた。
「お疲れ様。かっこよかったよ。」
「サンキュー。斗真にそう言われると、この後のゲームも頑張れそうだわ。」
「試合するんだ。応援してるね。」
「出るんだよ。斗真も。」
「え…!?」
「俺と同じチームだからな。一緒に頑張ろうぜ。」
そう言って亮介君は更衣室の方へ行ってしまった。
どうしよう。1対1でのパス練習だって空振りしちゃうのに、試合なんて…亮介君に迷惑かけるよ。
「ゲーム始めます。整列してください。」
誰かの号令がかかった。行きたくない…でも行かないと…
僕は弱々しく立ち上がった。
「斗真!」
その時、目の前に亮介君が現れた。
「はい、これ。」
そして、オレンジ色のビブスと大きめの輪っかのようなものを渡された。
「これは?」
「ヘアバンド。斗真、前髪長くて見えづらいかと思って。貸して。」
亮介君は僕の手からヘアバンドを取り、頭につけてくれた。
「これでよく見えるだろ。」
今まで不便に思ったことはなかったけど、違う。視界がぱっと広くなった。
「本当だ…ありがとう。」
「おう。…1つアドバイス。上手くやろうとしなくていい。でも、周りをよく見ろ。視野を広く持つことは必ずどっかで活きてくる。あとはどんな失敗したって、俺がどうにかしてやるよ。」
そう言って笑った。ここまで言ってくれてるんだ。僕だって出来ることをやらないと。
「わ、分かった。やってみる。」
「行こうぜ。」
僕は亮介君の後に続いた。
試合は相手チームの優勢で進んでいた。2-0。亮介君は積極的に攻めていっているけど、相手のディフェンスに阻まれてゴール前まで行けない。そんな中、僕は手も足も出ず、自陣から動けずにいた。
亮介君に言われた通り、周りをよく見るように心がけているけど、ここから動けないんじゃ何にもならない。
どうしよう…こんな、惨めなままだ。
その時、相手チームのパスが上手くいかず、僕の前にボールが向かってきた。
ど、どうしよう。誰かにパスする?味方はみんな相手チームと近くて、僕のコントロールじゃ相手にパスしちゃうかも。じゃあ自分でゴールの近くまで走る?それこそ無理だ。きっとすぐにボールを取られてしまう。
どうしよう…
「斗真!」
亮介君の声が聞こえる。
「思いっきり行け!」
そうだ。僕は素人なんだから上手くやろうなんて出来る訳ないんだ。思い切ってやるしかない。
蹴るなら、あっちだ。
「…っ!」
僕は人が少ない右奥に向かって思いきりボールを蹴った。よかった、今度は外さなかった。
ボールは弧を描いて飛び、芝の上に落ちて転がった。
「あ…」
近くには敵も味方もいない。これって、失敗だったんじゃ…
その時、ボールの前に一人が飛び出した。
「亮介、君…」
亮介君は追いかけてくる相手チームを振り切ってボールをゴール前まで運び、シュートを決めた。
「すごい…!」
ゴールを決めた亮介君は同じチームの先輩たちに頭をわしゃわしゃと撫でまわされていた。
やっぱりすごいなぁ。かっこよくて、愛されてて、僕と一緒にいてくれるのが不思議なくらい、輝いてる。
亮介君は僕の方に駆け寄ってきた。
「斗真!ナイスパス!」
「え…でも、誰もいないところに蹴っちゃったから…」
「だから俺がボールを取れたんだろ?パスはパスだ!」
そう言って亮介君は右手を上げた。
「斗真もこうするんだよ。」
そう言われて僕も右手を上げた。
「やったな!」
亮介君は僕の右手をバシンと叩いた。
「よーし!こっから逆転しようぜ!」
「うん…!」
僕はジンジンと痛む右手を抱きしめた。
「あー、負けたー!」
そう言って亮介君は天を仰いだ。
「でもすごいよ。あの後、もう一点決めるなんて。」
結果は3-2で僕たちのチームの負けだった。僕はパスを空振りしたり、相手チームにパスしたりと散々だった。僕が足を引っ張っちゃったのに、僕を責める人は誰もいなかった。むしろ手も足も出なかった時より、「ドンマイ!次は出来る!」とか声をかけてくれて、やっぱりいい人たちなんだと思った。
「まあ、それは良かったんだけど。最後の最後に相手のゴールを止められてたら引き分けだったのに!それに、『俺がどうにかしてやる』なんて言ったのに上手くフォロー出来なかったし…」
亮介君が珍しくいじけている。僕が下手すぎるせいだから気にすることないんだけど、そんな新しい一面が見れてちょっと嬉しい。
「十分助けてもらったよ。」
「そうか。じゃあ、いっか!」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
今日の練習はこれで終わりみたいだ。不安はたくさんあったけど、終わってみればここに来てよかったと思う。
「お疲れ、お2人さん。」
先輩たちが声をかけに来てくれた。
「斗真君!最初の一点取った時、ナイスアシストだったよ!」
「そうそう!その後もガッツがあってよかったよ。」
「あ、ありがとうございます。」
その時、僕の顔をじっと見ていた先輩が口を開いた。
「斗真君ってさ、可愛い顔してるよね。」
「え…」
僕の頭の中はぐるぐるして上手く言葉が出なかった。
「それ、思った!最初は気づかなかったけど、ヘアバンドで前髪あげたら女の子みたいに可愛い顔してるって!」
「うち女子マネージャーいないから、華があっていいよな!」
「ちょ、先輩達、そのくらいに…」
亮介君が先輩たちを止めようとするが、話は止まらない。
「そうだ!斗真君、うちの部員にならない?フットサルは練習すれば上手くなるし、マネージャーでもいいからさ。その顔で休憩の時にドリンクとか渡してくれたら、めっちゃ頑張れるんだけどな。」
「そこらへんの女子マネよりも可愛いよな!肌は白いし、華奢だし…」
そう言って先輩が僕に手を伸ばしてくる。
「先輩!」
亮介君が大きな声を出すと、先輩たちが動きを止めた。
「俺ら、この後用事があるので帰ります!お疲れ様でした!…帰るぞ、斗真。」
「う、うん…」
僕の方を振り向いた亮介君は怒ったような顔をしていた。
更衣室で着替えてフットサルコートを離れても、亮介君はずっと黙ったままだった。無言のまま、駅に向かって歩く。
怒ってる…よね。さっきは僕を気遣って先輩たちから離してくれたんだ。今、怒っているのも多分僕のため。
駅に着いたらそこでお別れだ。亮介君とは家の方向が違うから。このまま別れるなんて嫌だ。何か、言わなきゃ…
「亮介君…」
「ごめん!」
亮介君が言った。
「嫌な気持ちにさせたよな。あれは先輩達、調子に乗りすぎてた。後でちゃんと謝ってもらうから。」
「謝るなんていいよ!…ちょっとびっくりしたけど、軽い冗談みたいなものだと思うし…」
亮介君にはそう言ったけど、本当は心が重たかった。初めは自分に対して「可愛い」なんて言葉が使われることに理解が追い付かなくて、でも段々と先輩たちの言っていることが分かってくると、同性に女の子を見るみたいな目で見られていることが、なんか、気持ち悪かった。
「いいや!それじゃあ俺の気が済まない!さっきはあの場にいたら俺が先輩達と喧嘩になりそうで強引に帰ることにしたけど、落ち着いたら自分たちが俺の友達にどれだけ失礼なことを言ったか、理解してもらわないと。」
帰ることにしたのは僕のためというより自分がケンカになりそうだったからなんだ。先輩たちのことは苦手になったけど、怒ってはいないし、こんな風に自分よりも怒ってくれる人がいるって、嬉しさが心を上書きするよ。
「本当にいいってば。」
「そうか…」
僕の返事を聞いて亮介君は不満そうだった。
「あー、思い出したらまた腹が立ってきた!斗真を女子の代わりみたいな言い方して!斗真は斗真だってのに。ほんと、ごめん!」
「亮介君が謝ることないよ。」
「だってさあ、試合終わった後は斗真、笑ってたじゃん。だからちょっとは楽しめたんだな、よかったって思ったのに!あー、もう!こんな気分じゃ帰れないわ!これからなんか美味しいもん食べに行こうぜ!」
それは嬉しい…でも、今日は金曜日。今日だけはだめだ。
「行きたいけど、ごめん。今日はこの後予定があって。」
「そっかー…残念だけど、しょうがないな。今度、暇なときに行こうぜ。」
「うん。」
家に帰ったらまずお風呂に入らないと。今着てる服、汗臭くなってないかな。菜々子さんの家に行く日だから良さそうな服を選んだんだけど、心配だから別の服に着替えようかな。
そういえば、菜々子は僕のことをらむねちゃんに似てるって言って、らむねちゃんのことを可愛いって言うんだから、僕のことも、その、可愛いって言ってることになるのかな。でも、さっきみたいに嫌な気持ちにはならない。先週も一緒にアニメを観てすごく楽しそうにしてたし、らむねちゃんへの愛情が純粋だから嫌って思わないのかも。
そうだ。先週のアニメで一つ思い出したことがあった。
「ねえ、亮介君。」
「ん?」
「オートクレーブって知ってる?」
らむねちゃんが言ってた決め台詞。農業科特有の用語なのかと思って、農学部の亮介君に訊きたかったんだ。
「あー…あれね。なんか、高温の蒸気で圧力をかけて実験器具とかを滅菌する機械だったかな。研究室見学で見せてもらったわ。それがどうした?」
「えーっと、その…」
アニメキャラクターの決め台詞ってちょっとややこしいから、簡単に言うと…
「し、知り合いの女の子が『悪い子たちはみーんなオートクレーブしちゃうぞ』って言ってて、どういう意味かなって…」
「その子、相当クレイジーだな…」
オートクレーブは滅菌する機械なんだもんね。確かに、意味を考えると怖い事言ってるんだな…
知ってるか分からないけど、このことは菜々子さんに秘密にしておこうと僕は思った。