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推しとなり  作者: 亜瑠真白
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初心者クエスト その2

「菜々子さん!聞いてください!」

 斗真君はうちに入るなりそう言った。ウキウキというか、この前より表情が明るく見える。

「どうしたの?」

「友達が、出来ました!」

「おお!良かったね。」

 先週、話す練習したんだよな。もしかして、私のおかげ!?…いやいや、調子に乗らないの。

「昨日、学食で隣の席になったんですけど…」

 そう言って斗真君は友達が出来たいきさつを説明してくれた。よっぽど嬉しい出来事だったんだろうな。話す様子を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。

「…それで、今日も一緒にお昼食べたんですよ。亮介君…あっ、彼、亮介君っていうんですけど、話しやすいっていうか、一緒にいてすごく楽しいんです!」

「うんうん。よかったねぇ。」

「…菜々子さん、ちゃんと聞いてます?」

「ごめん、あまりに尊すぎて…」

 斗真君はよくわからなかったのか、頭に?を浮かべていた。

「菜々子さんのおかげです。ありがとうございました。」

「えっ!でも、さっきの話だと、私のアドバイスってあんまり意味なかったような…」

「菜々子さんが先週、一緒に練習してくれたから、一人じゃなかったから頑張れました。」

 そう言って斗真君は笑った。ただでさえお顔が最上級に尊いのに、内面もこんなに尊いとは…はぁ、今までどうやって生きてきたんだろう(二回目)。

 あー、だめだめ。こんな気持ちのままじゃ距離感、バカになっちゃう。NOT、怪しいお姉さん。冷静に冷静に。

「じゃ、じゃあ、そんな頑張り屋さんの斗真君に今日の課題を発表します!」

「お願いします!」

「今日はこれを観ます!」

 私はDVDを取り出した。

「DVD?」

「アイフレ…あっ、『アイドルバトル フレッシュガールズ』のことね。去年アニメが放送されたの。アニメを観てもらうのが一番、ストーリーを理解しやすいかと思って。」

「なるほど…」

「じゃあ、流すね!」

 私はDVDプレーヤーの再生ボタンを押す。

 テレビの画面には青空と校舎の映像が映し出された。

『ここは私立詩井野学園。7つの学科を有し、様々な生徒が集まる女子高である。』

 ナレーションとともに、学園で学ぶ生徒たちの姿が次々と映る。

『ここで始まる学園生活は個性あふれる彼女たちと、そしてあなたの物語。』

「アニメの1話から7話はそれぞれの学科の紹介回なの。そして、記念すべき第一話は…」

『大変…っ、大変だよ…っ!』

 らむねちゃんが廊下を走っている姿が映った。

「可愛…っ…尊い…!」

 画面いっぱいに現れたらむねちゃんに思わず両手を合わせる。

「…菜々子さん、このアニメ観たことあるんですよね?」

「うん。もうセリフを丸暗記するほど観たよ。」

「そうですか…」

『きゃあっ!』

 廊下の曲がり角でらむねちゃんは誰かとぶつかった。

『いてて…』

『らむね…廊下は走っちゃだめだぞ。』

 らむねちゃんが顔を上げるとそこにいたのは真央ちゃんだった。

『真央ちゃん…』

「この人はペリドットの3年生ですね。」

 斗真君が言った。私はDVDの停止ボタンを押す。

「おお!よく覚えていたね。」

「先週の後、気になって少しネットで調べたんです。3人の顔は覚えました。」

 なんて、出来る子なの…!

「でも、菜々子さんの推しのらむねちゃんと僕ってそんなに似てますかね…?」

 斗真君が自信なさそうに私を見る。自分の顔だと毎日見過ぎて冷静に判断できないのかな?ゲシュタルト崩壊的な?

 私は拳を握った。

「安心して!らむねちゃんの古参ファンである私が言うんだから間違いないわ!」

「あ…そ、そうですか。」

「玻璃ちゃんもこの後出てくるからね。さあ、続きいくよ!」

『こうやって人とぶつかることだってあるんだからな。気を付けるんだぞ。』

『うん。分かった…』

『それにしても、そんなに急いでどうしたんだ?』

『ああっ!そうなの!真央ちゃん大変なの!助けて!』

 そう言ってらむねちゃんが真央ちゃんの腰に抱きつく。

『どうしたんだ!?』

『実は…』

 そこで画面は暗転し、街の風景に切り替わった。

『助けて!なーんて言うからすっごく心配したのに、まさかこんなことなんてな。』

 そう言う真央ちゃんとともに、らむねちゃん、そして玻璃ちゃんが街を歩いている。

『こんなことじゃないもん!今日はビフィズス菌のぬいぐるみの発売日で、限定50個なんだよ!これを逃したらもう一生手に入らないかもしれないんだよ!』

 そう言ってらむねちゃんはぷくっとむくれた。

『それにしても、私達まで連れてこなくてもよかっただろ。』

『そうですよ。私だって温室で植物のお世話してたのに。』

『だって、一人じゃ心細かったんだもん。3人でいれば無敵だって、そう思えるから。それにね…』

 らむねちゃんは2人の手を握った。

『いろいろ言っても、らむねに付き合ってくれる優しい真央ちゃんと玻璃ちゃんのこと、らむねは大好きだよ。』

『らむね…』

『お店はこの角を曲がったところなんだ。販売開始まであと30分を切ったから早く並ばないと…』

『そんなに人気あるのか。』

 3人が角を曲がると、そこには道を塞ぐように人だかりができていた。

『らむね!この人だかりじゃ通れないぞ。』

『そ、そんなぁ…』

 らむねちゃんは肩を落とした。

『他にお店へ行ける道はないんですか?』

 玻璃ちゃんが尋ねる。

『お店に行くにはこの道を通るしかないの。どうしよう…』

 真央ちゃんが人だかりの外側にいた女性に声をかけた。

『すいません。ここはどうして人が集まっているんですか?』

『なんだかご近所トラブルみたいです。飼っている犬の鳴き声がうるさいとかベランダから木がはみ出しているとか…大声でケンカしているから野次馬が集まってきてこんなことに…私はこの奥の店に用事があってきたんですが、道を通れそうもないのであきらめて帰ろうかと思っていたところです。』

 らむねちゃんは女性の前に進みでた。

『お姉さん、あきらめなくて大丈夫ですよ。らむね達が何とかしますから。』

『おいおい!そんな簡単に言っていいのか?』

 真央ちゃんが呆れたように言う。

『もちろん。つまり、この騒ぎを落ち着かせればいいんでしょ。人の心をつかむのはアイドルの得意技なんだから。』

 自信ありげならむねちゃんに対し、玻璃ちゃんは不安げな表情をしている。

『で、でも!ステージも衣装もないし、本当に私達のことを見てくれるでしょうか…?』

『大丈夫。らむね達は学園ですごいグループ達とせっさ、えーっと、何だっけ?』

『切磋琢磨、な。』

 すかさず真央ちゃんがフォローを入れる。

『そうそう!切磋琢磨してるんだから!それに比べたらこんな困りごと、納豆菌より小さいもん!』

『それはちょっと分からないです…』

 そう言って玻璃ちゃんは目を逸らした。

『仲間のピンチは助け合わないと、ね。』

 らむねちゃんは前かがみになり、女性のカバンについている乳酸菌のストラップを撫でた。

『2人とも、一緒にやって、くれるよね?』

 そう言って上目遣いで2人を伺った。真央ちゃんは大げさにはぁっとため息をつく。

『しょうがないな。なあ、玻璃。』

『はい。』

 そう言いつつ、2人の顔には期待感が滲んでいた。

『それじゃあ、いくよー!ミュージックスタート!』

 らむねちゃんの掛け声とともに音楽が流れる。

「この曲…」

 斗真君が呟いた。

「そう!先週、斗真君にゲームでプレイしてもらった『flower front』なの!代表曲だから一番に聞いてほしくて、先週選んだんだ。」

 突然始まったペリドットのパフォーマンスに、集まった人たちは次第と心が奪われていく。

 そして、曲が終わる。群衆からは大きな歓声が上がった。

『みんな!聞いてくれてありがとー!これからは道を塞いじゃだめだよ。悪い子たちはみーんなオートクレーブしちゃうぞ♡』

 そう言って画面いっぱいに映し出されたらむねちゃんはウインクした。

「ぐわぁぁ…」

「なんでやられたみたいな声出してるんですか…」

 呆れたような声で斗真君が言う。

「だって…だって!これは破壊力抜群でしょ…決め台詞からのウインク…強すぎる…」

 3人のパフォーマンスのおかげで人だかりは解消された。

『らむねはお店、行っておいで。』

 真央ちゃんがそう声をかける。

『でも…』

 らむねちゃんが見つめる先には仲の悪そうにしている男女の姿があった。

『大丈夫です。トラブルの方は私と真央先輩で解決しますから。』

『2人とも…ありがとう!』

 そう言ってらむねちゃんはお店の方に走っていった。

 ここでエンディングが流れる。

「この曲はアイフレにでてくるアイドル全員で歌ってる曲なの。朝に聴くと、今日も一日頑張ろー!って気持ちになるんだよねー。」

「確かに、元気が出る曲ですね。」

 エンディングが終わると、両手にY字のめいぐるみを3つ抱えたらむねちゃんが映った。

『お、お待たせぇ…』

 走ってきたから息が切れている。

『2人はどうだった?』

『私はベランダのプランターを上手く剪定する方法を伝授してきました。思ったよりも植木が大きく育って困っていたみたいで。』

『あたしは実家の牧場に招待したよ。最近急に吠え始めたっていうからストレスが溜まっているんじゃないかと思ってな。うちの牧場なら走り放題だろ?それに犬は母さんの方が詳しいから、見てもらった方がいいだろう。』

『そっか…よかった。頑張ってくれた2人に、はいこれ。』

 らむねちゃんが手渡したのは両手に抱えていたぬいぐるみだった。

『これ…いいんですか?』

 玻璃ちゃんが尋ねる。

『うん。お店の人がね、私達のライブを見ていてくれたみたいで、人だかりを解消してくれたお礼だって。みんな、ぬいぐるみを買えて嬉しそうだった。』

 らむねちゃんはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

『3人でお揃いだね。』

 そう言って嬉しそうに笑う。

『そうだな。これを見るたびに今日のことを思い出すよ。』

『はい。刺激的な経験でした。』

 3人で夕焼けの街を歩く。

『ふわぁ…らむねはもう疲れちゃったよ。真央ちゃん、おんぶしてぇ。』

 そう言ってらむねちゃんは真央ちゃんの背中に被さった。

『お、おい!自分の足で歩け!…はぁ、玻璃もなんか言ってやってくれよ。』

 そんな真央ちゃんの耳元に玻璃ちゃんが口を寄せる。

『そんなこと言って、顔が嬉しそうですよ。らむね先輩に甘えられるの好きですもんね。』

『ちょ、玻璃!』

『んにゃ。なんか言った?』

 真央ちゃんの肩越しに眠そうならむねちゃんが顔を出す。

『なにも言ってないっ!』

 そこで場面が切り替わる。ラストシーンはバスの最後部席で3人が眠っている。真ん中に座るらむねちゃんは真央ちゃんの肩に頭を預け、真央ちゃんはらむねちゃんの頭を抱いている。そしてらむねちゃんと玻璃ちゃんは手を繋いでいる。3人の幸せそうな寝顔が夕焼けに照らされている。

「はぁぁぁー…」

 私は大きく息をついた。

「ど、どうしたんですか?」

「尊い…」

「え?」

「この一つのシーンに込められた意味が分かる?私には分かっちゃうんだなぁ!バスに乗り込むなりウトウトし始めるらむねちゃん!そんな様子を見かねてそっとらむねちゃんの頭の後ろに手を回し、自分の方に引き寄せる真央ちゃん!そしてそんな2人を見て優しくらむねちゃんの手を握る玻璃ちゃん!これだよ!たぶんね!」

「は、はぁ…」

「ほんっと尊い!可愛い!最高!大好き!」

 言いたいことを言い切って一息つく。そして、我に返った。

 やばい。感情が爆発してしまった。いつもは1人で見ているから誰かに話せることが嬉しくて、つい。…さすがに引いちゃったかな。

 恐る恐る斗真君の方を伺う。

「ふっ…あはは。」

 斗真君は笑い出した。

「え?」

「あ、すいません。菜々子さんがあまりにも楽しそうで、僕も何だか楽しくなっちゃいました。」

「引いて…ないの?」

「引くなんて、そんな!菜々子さんが好きなものの話をしている姿、いいなって僕は思います。」

 そう言って斗真君は目を伏せた。

「僕にもそんな風に夢中になれるものが出来たらいいなぁ…」

「出来るよ!」

 私は思わずそう言った。

「絶対出来る!私が保証する!」

 斗真君っていつも少し自信がなさそうで、「そんなことないよ。もっと自信もっていいんだよ。」って励ましたくなる。

「…って根拠はないんだけどね。」

 熱くなってしまった自分が恥ずかしくて、私は頭を掻いた。

「でも、菜々子さんが言うなら何だかそんな気がします。」

 そう言って斗真君は微笑んだ。

「そう言えば、このお話に出てくる学科って他にどんなものがあるんですか?」

「えっとね、まずらむねちゃん達がいる農業科でしょ。それに、商業科、芸術科、特進科、家庭科、外国語科、それに工業科だよ。」

「僕、工学部なので工業科のアイドルってちょっと興味あります。」

「確かに!工業科のアイドルは『Ω(オーム)』っていって、2人組なんだ。アニメでも2人の息ピッタリなところが面白くてねー。確か4話だったかな…」

「観てみたいです。」

 斗真君が興味を示してくれたことが嬉しくて、私のテンションはもう一つギアが上がった。

「ほんと!?嬉しい!えっと、じゃあ、4話だけ観る?」

 本当は全部観てほしいんだけど、全部なんて長いし、そんな贅沢は言えない。

「いえ。他のグループのお話も観てみたいです。…その、菜々子さんがよければの話ですけど。」

 斗真君は私の様子をうかがうようにこちらを見た。そんなの…いいに決まってるじゃん!

「もちろんだよ!じゃあ、何かお菓子とかも用意するね!」

「あっ、ありがとうございます。」

 立ち上がったついでに時計を確認する。斗真君はああ言ってくれてるけど、さすがに未成年を日付が変わるまで引き留めておくのはよくないよね。今日はあと1、2話観て、続きは次回にしよう。

 テーブルにはお菓子とジュース。アニメ鑑賞の準備は整った。

「さあ、観よう!」


「いてて…」

 腰と首の痛みで目が覚めた。目の前のテーブルにはお菓子の空き袋と飲みかけのジュース。あれ、私またアニメ観ながら寝ちゃってた?机、片付けてからベッドで寝直そ…

 その時、右腕の重みに気が付いた。恐る恐る、そっちに目を向ける。

「…!」

 声を上げそうになるのをどうにか抑える。私の右腕には…斗真君が寄りかかって眠っていた。

 あああ!思い出した。昨日は斗真君と一緒にアイフレのアニメを観て、2話の商業科を観て、3話の家庭科をつけて…そこから記憶がない。

 そう言えば、今何時!?時計を確認すると午前2時を指していた。

 あー…悪いことしたなぁ。私は斗真君の方を見る。…そういえば、この状況ってあのシーンに似ている。

 ちょっとなら、いいかな。だって、間近であのシーンを見れるなんて、この機会を逃がしたら絶対後悔する。

 私は斗真君の顔を覗き込んだ。…あれ。

 あんなに今までそっくりだと思っていたのに。しかも同じシチュエーション。なのに、なんか違う。

 可愛くて格好いい男の子がそこにいる。

 何で。意識したら急に心臓がうるさくなる。落ち着け。この子は、彼は、違うでしょ。

「ん…、ななこさん…」

 その時、斗真君が目を覚ました。眠たそうに目をこする。ほら、アニメのらむねちゃんにそっくり。きっと寝ぼけていたんだ。よかった、さっきのは勘違いで。

「起きた?ごめんね、こんな時間まで。オートロックなんだし、私のことは放っておいて自分の部屋に帰ってもよかったのに。」

「あー、それは…」

 斗真君が困った顔で目を逸らす。

「どうしたの?」

「あの…菜々子さんが、その、僕の腕を掴んだまま寝ちゃって…その…」

 その言葉を聞いて、一気に目が覚めた。

「ご、ごめんなさいっ!」

「あ…いいんです!菜々子さんが寝ちゃった後、全学科のお話、観終わりましたし。そこまで観たところで僕も寝ちゃったんですけど。」

 斗真君は立ち上がった。

「それじゃあ、僕は帰ります。遅くまでお邪魔しました。」

「いえいえ!本当にごめんね!」

「全然大丈夫です。」

 玄関まで送り、扉に手をかけたところで斗真君が振り返った。

「…また来週、アニメの続き観てもいいですか?」

「もちろんだよ!」

「ありがとうございます。…おやすみなさい。」

「おやすみ…斗真君。」

 扉が閉まった。

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