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推しとなり  作者: 亜瑠真白


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29/32

ノーマルモードがデスモード8

「ふぅ…」

 お風呂に肩まで浸かって一息つく。源泉かけ流しだというヒノキのお風呂は1人で入るには十分すぎる大きさだった。

 暗くて景色はよく見えないけど、近くを流れている川の音が心地いい。

 今日は、すごく楽しい。ここまであっという間に過ぎてしまった。あとは寝て起きたら帰っちゃうのかぁ…ん?寝る…?

 すっかり忘れてた!この後、斗真君と同じ部屋で寝るんだ!そうだよ、部屋に布団敷いてあったよ!

 うわぁ…すっぴんは何度か見せちゃってるからまあいいとして、寝相とか、いびきとかヒドかったらどうしよう!?あー、今から緊張してきた…

 これ以上斗真君に醜態を晒したくない。今までだってかなり好き勝手にしてきた。コスプレさせたり、オタ活に付き合わせたり。斗真君は全部受け入れてくれたけど、本当のところはどう思っているんだろう。今日だってデートなのに付き合う前と変わらず推しに騒いで。付き合っても変化のない私に本当は不満があるんじゃないの…?

 あー、ダメダメ!今日は楽しむって決めたんだから!頬をパチンと叩いて気合を入れなおし、湯船から上がった。


 髪を乾かしてから斗真君に連絡すると、少しして部屋へ戻ってきた。手には紙袋を持っている。

「あれ、なんか買って来たの?」

「はい。亮介君にお土産です。」

「そっか。」

 斗真君の話の中には亮介君がよく出てくる。二人が仲良しだと思わずにやけてしまう。

「今回も色々と相談にのってもらったので。」

「相談?」

「い、いえ!やっぱり何でもありません!」

 斗真君は部屋の時計に目を向けた。

「そろそろいいかな…」

「どうしたの?」

「菜々子さん、これからちょっと散歩しませんか?」

「いいけど、こんな時間に?」

「はい。外はちょっと肌寒いので、上着を着ていきましょう。」

 そう言って斗真君は押し入れから濃紺の羽織を取り出した。外って、暗くて景色も見えないと思うんだけど…

 そう思いながらも私は斗真君の後ろに続いて部屋を出た。


 旅館を出ると涼しい風が吹いている。

「菜々子さん、寒くないですか?」

「うん!大丈夫。」

 目の前に木々の間を進む小路があり、地面の両端にはオレンジ色の丸い灯が点々と並んでいる。

「それじゃあ、行きましょう。」

 小路は狭くて私は斗真くんの後に続いた。

 足元の小さな明かりだけでは夜の暗闇を照らしきれない。紺色の浴衣を着た斗真くんの背中は今にも闇に溶けてしまいそうで心許なかった。

「今日はありがとうございました。すごく楽しくて、いい思い出になりました。」

 斗真くんの声に少し安心する。

「うん、私も楽しかったよ!水族館の生き物達は可愛かったし、アイフレコラボは最高だったし、旅館もすっごくよかったね!」

「今回の旅行は絶対いいものにしたくて、いろいろと考えたんです。今日のことを思い出してこれからも頑張れそうです。」

 斗真君の言葉が引っ掛かった。「いい思い出」とか「これからも頑張れる」とか、なんだか終わりみたいな言い方に聞こえる。お風呂場で感じた不安がふつふつと湧き上がってきた。私にガッカリして、もうこれで終わりにしようってことなのかな…私は足元に視線を落とした。

「菜々子さん…」

 私を呼ぶ声が遠くから聞こえてハッと顔を上げる。前を歩いていたはずの紺色の背中は、完全に闇へ紛れてしまった。

「斗真くん!?」

 足元の小さな明かりを頼りに駆け出す。絶対に会える…そう思いながらも心は不安で一杯だった。

 明かりに沿って右へ曲がると、開けた展望台のような場所に出た。月の光が辺りを照らす。そこには、

「菜々子さん!」

「斗真くん!」

 思わず抱きついた。

「えっ!?菜々子さ…」

「いなくなっちゃうのかと思って怖かった!私に嫌気がさして…もう…!」

 遠慮がちに斗真君が抱きしめ返す。

「すみません、先に歩いていってしまって。僕が菜々子さんに嫌気がさすなんて、そんなことあるはずないじゃないですか。」

「でも…!私って女子力低いし、オタクで目の前のことしか見えなくなる時あるし、他にも…」

「そういうところも全部含めて、菜々子さんの可愛いところだと思います。」

「そんなんじゃ私…斗真君になんにもしてあげられてない…!」

「それならもっと僕に話してください。悩みも弱さも。菜々子さんは1人で抱え込む癖があるみたいですから。」

 斗真君は優しすぎる。本当に私は斗真君の隣にいていいの…?

「僕は菜々子さんが思っているよりもずっと、菜々子さんのことが好きですよ。」

 優しい声が心に響く。今は斗真君の言葉を信じよう。

「私も、好き。」

 強く抱きしめると、斗真君もそれに応えた。体を離すと、斗真君は言った。

「菜々子さん、見せたい景色があるんです。」

「うん。」

 開けたその場所はよく見ると川に張り出したつくりになっていた。斗真君に促されて木製の手すりまで近づく。

「そろそろです。3、2、1…!」

 斗真君のカウントダウンとともに視界は一気に明るくなった。川辺にはオレンジ色の光が照らされ、真っ赤な紅葉が美しく輝いている。

「綺麗…」

「この景色を一緒に観たかったんです。雨だとこんな風には見えませんから、晴れてよかったです。」

 水面にまで燃えるような赤が反射している。チラと隣を伺うと、斗真君の瞳が水面を映してキラキラと輝いていた。

「これから先も二人でたくさんの思い出をつくっていきたいです。」

 そっか…思い出は終わりなんかじゃなくて、これから増やしていくものなんだ。

「そうだね…ありがとう、斗真君。」

 斗真君との未来があるって安心したら、少し欲が出た。

「ねぇさっき、もっと話してほしいって言ってたよね。さっそく一ついいかな?」

「もちろんです!なんでも言ってください!」

「相談なんだけど、私の彼氏がね、付き合ったのに敬語のままなの。そろそろタメ口になってもいいと思うんだけど、どう思う?」

「タメ口…ですか?」

「なんでもって言ってたよね?」

「ぐぅ…っ!菜々子さ…」

「あ、さん付けもなしにしよっか。菜々子って、ほら、呼んでみて。」

「な…な…」

 視線は泳ぎ、口元はわなわなと震えている。

「ななこ…さん!もうっ!急にそんなの無理です!僕ばっかり恥ずかしい思いさせてズルいですよ!もう…もう…」

 そう言って顔を伏せた。

 これはやり過ぎたか…?助け船を出そうとした時、斗真君は顔をあげた。目と目が合う。

「菜々子さんも、もっと恥ずかしい思い、して…?」

 潤んだ瞳で見つめられて、心臓がバクバクと打った。

 な、何だこの可愛い生き物は…!このままでは理性が根こそぎ持っていかれてしまう…

「し、仕方ないなぁ。今日はこのくらいで許してやろう。」

「はぁ…よかった。これ以上はちょっと心臓が持たないです…」

「私も…」

 思う存分紅葉の絶景を堪能した後、私達は再び細い小路へと入った。暗闇の中にいると来るときに感じた不安が胸をかすめた。

「ねえ、斗真君。」

 先を歩く斗真君が振り返る。

「何ですか?」

「あの…手、繋いでもいいかな…?」

 私は手を差し出した。

「も、もちろんです!」

 触れた手は優しく私の手を包んだ。

 手を引かれて歩くなんて、なんだか子供みたい。でも、このぬくもりがあるから安心して進んで行ける。これから先もきっとそんな気がした。


「それじゃあ電気消しますね。」

 パチンと明かりが消えて、隣の布団に斗真君が入る気配がする。

「斗真君、手、出して。」

「あ、はい。」

 私は差し出された手を握った。やっぱり安心できる。

「おやすみ。」

 そう言ったところで記憶が途絶えた。


 目を覚ますと、障子から朝陽が差し込んでいる。私は布団を出た。

「菜々子さん…おはようございます…」

 私の気配で起こしてしまったのか、斗真君が眠たそうに目をこすりながら言った。

「まだ寝ててもいいよ。朝ごはんの時間までまだあるし。」

「いや、起きます…せっかく菜々子さんといられるので…」

 そう言って顔を洗いに行った。寝ぼけたままそんなことを言うなんて可愛すぎる…!

 さっきまでより起きた顔になった斗真君が戻ってきた。

「菜々子さんは早起きなんですね。」

「今日はなんだかバチッと目が覚めたんだよねぇ。」

 いつもは目覚ましをかけなければいつまでも寝ていられるくらいなのに、今日は不思議と目が覚めた。なんだか体の調子もいい。

「昨日の夜は布団に入ってすぐ寝てましたもんね。」

「斗真君はあんまり眠れなかった?」

「僕は…その…何でもないです。」

 そう言って斗真君は顔を逸らした。


 それから私達は旅館をチェックアウトしたのち、温泉街を散策して家路についた。

 電車で横に並んで座る。始めは話していたけど、家に近づくにつれてなんだか寂しくなって私は口をつぐんだ。

 ああ、今日がずっと続いたらいいのに。帰りたくない。もっと、ずっと、一緒にいたい。どうせ隣の部屋に住んでいるのに、そんなことを思うのはちょっと贅沢かもしれないけど。

 その時、ぽんと肩に何かが触れた。見ると斗真君が私の肩に寄りかかって眠っていた。朝、眠そうにしてたもんなぁ。その時の斗真君を思い出して思わず口元が緩む。

 大好きな推しにそっくりな、私の大好きな男の子。似てるから好きなんじゃないよ。君だから好きなの。でもまたコスプレしてほしくなったら、「しかたないですね」って笑って許してくれないかな?

 君のあいにふれたらむねが一杯になって、この先もずっとうまくいく、そんなことを思っていた。

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