ノーマルモードがデスモード6
順路に沿って館内を見て回り、さらにはらむねちゃんの音声案内をおかわりするためにもう一周し、そろそろ出発しようという話になった。ガラス張りのエントランスホールには夕陽のオレンジ色が差し込んでいる。
斗真君がスマホから顔をあげた。
「もうすぐバスが来るみたいです。」
「了解。それならちょっと急ごうか。」
そう言って踏み出したその時、右足のかかとがジンジンと痛むのを感じた。見るとパンプスに血がついている。
あー、やっぱり慣れない靴なんて履いてくるんじゃなかったなぁ…さっきまではアドレナリンがばんばん出てたから気づかなかったけど、一度意識に入ると踏み出すたびに痛む。
「どうしたんですか?」
歩みの遅くなった私を不思議に思って斗真君が立ち止まる。
「いやぁ…ちょっと靴擦れしちゃって。」
カッコ悪いなぁ…勝手に張り切って、結局こうやって迷惑をかけている。大人なのに、恥ずかしい。
斗真君は私の足元に目を向けた。
「え、うわぁ!血、出てるじゃないですか!痛いですよね!?」
「あー、大丈夫。絆創膏持ってるし、大きい方のバッグにはスニーカーも入ってるから。とりあえず、そこのベンチで絆創膏貼ろうかな。」
私はちょうどすぐ近くにあったベンチに腰掛けた。ボストンバッグは水族館の入り口にあったロッカーに預けてるから、後で履き替えよう。ハンドバッグから絆創膏を取り出すと、斗真君が目の前に跪いた。そして私に向かって手を差し出す。
「僕がやります。」
「え!?いいよそんなの!」
「僕がもっと気を付けていれば…菜々子さんは熱中すると他に意識が向かなくなるって知ってたのに…」
それはちょっとひどくない?
斗真君は靴に手を添えて私の右足を優しく持ち上げた。
「あっ、そんな!汚いから!」
「本当に嫌ならやめます。でも菜々子さんスカートですし、自分でやるよりも早くできますよ。」
ぐぅ…そう言われると弱い。
「…じゃあ、お願い。」
「はい。」
斗真君は私の靴を脱がせ、自分の膝の上に乗せた。わ、私の足が、斗真君の上に…!
そして絆創膏を傷口に添えた。
「菜々子さん…」
丁寧にテープを貼りながら口を開く。
「今日、とっても綺麗です。もっと早く言いたかったんですけど、なかなか言い出せなくて…」
その声はいつもより低く響いた。私から斗真君の表情は見えない。ねえ今、どんな顔してるの…?
吸い寄せられるように手を伸ばした。
「よし、出来ましたよ!」
その時、斗真君が顔をあげた。伸ばしていた手が止まる。
「どうかしました?」
「ううん、何でもない!ありがとう!」
うわぁ、自分、今何しようとしてた!?
靴を履いて立ち上がった私に、斗真君が閃いたような顔を向けた。
「そうだ!僕がカバン持ってきましょうか?ああ、でもそれだと菜々子さんを一人にしておくことになっちゃうな。知らない男の人に声かけられたりしたら困るから…」
さすがにナンパはないんじゃないか?
「それならいっそ、僕が菜々子さんをお姫様抱っこして…」
「歩けるから!大丈夫!」
斗真君が絆創膏を貼ってくれたおかげで、歩いても痛みはなくなった。過剰に心配する斗真君だったが、私の歩く様子を見てひとまず落ち着いたらしい。
水族館を後にし、私達はいよいよ目的の旅館へ向かった。
バスで最寄り駅まで移動し、そこから電車で約1時間半。水族館とのコラボがどうだったとか、最近の学校や仕事がどうだとかで話は尽きなかった。
「はぁー!着いた!」
大きく伸びをする。山奥の温泉街に建つその旅館は、サイトの写真で見た時の印象よりも綺麗で立派だった。
「いいところですね。」
「そうでしょ!色々探してたらいいプランがあったからここにしたんだ。楽しみにしてて。」
「はい!」
受付でチェックインを済ませると、係の人から最後に案内があった。
「女性の方はあちらの棚からお好きな浴衣をお選びください。」
近くに行ってみると色とりどりの浴衣が並んでいる。
「斗真君、好きな浴衣選べるって!」
「嬉しそうですね。」
「だってこういうのって楽しいじゃない?いっぱいあって迷うなぁ…斗真君はどれにする?」
「菜々子さん、僕は女性の方じゃないんですけど…」
「どうしても…?」
私の腕の中には既に自分が着るようじゃない、白地に水色の小花柄やピンク地に桜柄の可愛らしい浴衣を抱えていた。
「そんな顔したってダメです!ここは家じゃないんですから!どこで誰に見られるか分からないんですよ!?」
「確かに、斗真君の可愛い姿を他の誰かに見せるのは許されないね。」
「そういうことじゃないんですけど…」
この様子じゃ可愛い浴衣を着てもらうのは無理みたいだ。今度、家で着てもらう用をネットで調達しておこう。
「じゃあ私はこれにしようかな。」
手に取ったのは山吹色の生地に青系の花があしらわれたもの。
「いいですね。似合いそうです。」
「そうでしょうそうでしょう。なぜならこれは、ある方程式から導き出した答えなのです!」
「どういうことですか?」
「これは私が『アイフレ式』って呼んでるんだけど、まずアイフレメンバー19人の中から自分に一番近いと思うメンバーを選ぶの。私の場合はseek red sweetの風間玖藍ちゃんね。それでここからがミソなんだけど、アイフレの公式がいろんなタイミングでイラストを作ってくれる訳ね。それはもう春夏秋冬の私服コーデから浴衣みたいなイベントコーデまで。そのイラストを真似した服装をすればおのずと自分に似合うものが選べるということなんだよ!」
この方法は一年くらい前に発明したもので、オシャレに疎い私にとっては何かと重宝していた。
「なるほど…でも」
そう言って斗真君は私の手から山吹色の浴衣を取り、代わりにさっきまで私が抱えていた小花柄の浴衣を差し出した。
「この浴衣だって、きっと似合うと思いますよ。一番似合う服よりも一番着たい服を着たらいいんじゃないですか。」
斗真君には見透かされていたみたいだ。玖藍ちゃんの服よりもらむねちゃんの服の方が、本当は好きで着たい服なんだって。
「あ…すいません、余計なお世話ですよね。菜々子さんには菜々子さんの考えがあるのに…」
そう言ってひっこめようとする手を、私は握った。
「そんなことない!」
そしてその浴衣を受け取る。
「私、この浴衣にするよ。」
斗真君は微笑んだ。
「はい。きっと素敵だと思います。」




