ノーマルモードがデスモード
仕事終わり、私は及川先輩のデスクに向かった。
「あの、及川先輩…」
「ん、どうした? 仕事上がれそう?」
「仕事は大丈夫です。それで、あの、この後ご飯でもどうですか?」
「おお!行こう行こう!確か駅前に新しくいい感じの居酒屋が出来て…」
そう言ってスマホで場所を調べ始める。仕事だけじゃなくて、こういうところも有能なんだな…
及川先輩が見つけてくれたお店は、目の前で串物を焼いてくれる、確かに「いい感じ」の場所だった。
一杯目の生ビールで乾杯し、喉を潤す。今日は先輩に言うって決めてきたんだから、ちゃんと言わないと。でもなんて切り出そう…
「それで?珍しく桐生からご飯に誘うなんて、私に話したいことでもあるんじゃない?」
「あ、はい!そうなんです。実は…斗真君と付き合うことになりました。」
「そか。よかったじゃん。」
そう言って及川先輩は生ビールをクイッと流し込んだ。
「それだけですか!?」
「なぁに?桐生はもっと驚いてほしかった?」
及川先輩はからかうようにニヤッと笑う。
「いや、そうじゃないですけど…『ついに手を出しやがったな』とか言われるかなって…」
「手を出すって…」
及川先輩はハァっとため息をついた。
「あのね、桐生。『手を出す』なんて発想が出てくるからには何かしらやましい気持ちがあるんだろうけど、それって多分勘違いだから。」
「勘違い…?」
「斗真君は自分から桐生のことを選んだのよ。だからどんなに自分の立場に引け目を感じても、そのことは信じてあげて。…まあ、桐生達のきっかけは『手を出した』って言われても仕方ないかもね。」
きっかけは家に入れなくなった斗真君をうちに泊め、そのお礼になんでもすると言われた時。「らむねちゃんを現実で見たい!」という己の欲望のままに、斗真君の善意を利用した。
「で、ですよね…」
落ち込む私の様子を見て、及川先輩はふふっと笑った。
「ごめん、冗談よ。そんなきっかけがあったっていいじゃない。」
そう言ってビールの入ったグラスを持った。
「もう一回乾杯しましょ。可愛い後輩が幸せになった記念ね。」
「ありがとうございます。」
私達はグラスを合わせた。
「ところで、仕事以外で勘の鈍い桐生サンはいつ自分の気持ちに気づいたのかしら?」
「…んぐ!」
私は二杯目の生ビールがのどにつかえた。
「何ですか急に!」
「こうなる前から、斗真君に対する桐生の気持ちは『推しと似てるから好き』だけじゃなかったもの。でも桐生はあくまでも異性としては意識してないって言い張るから、ああこの子は自分の気持ちに気づいてないんだろうなって。で、いつから変わったの?先輩に教えてみなさい。」
これは完全に面白がられてるな…でもまあ、この人にならいいか。
「…変わったのは、及川先輩と一緒に行ったドリームランドの時です。」
私は別行動した時の出来事を話した。
「へぇ、いいわね。」
そう言って及川先輩が優しく微笑む。
「そういえばあの時、及川先輩の様子がいつもと違いましたよね。なにかあったんですか?」
及川先輩は珍しく視線を泳がせた。
「いや、えーっと…何だったかしら。私のことはいいから、これから仕事も少し落ち着いてくるし、せっかく付き合いたてなんだから二人で遠出でもしてきたら?」
遠出…お泊り…
「誰と誰がですか?」
「桐生と斗真君に決まってるでしょ!…はぁ」
及川先輩は頭に手を当てた。




