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推しとなり  作者: 亜瑠真白
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初心者クエスト その1

 玄関のチャイムが鳴る。それと同時に鼓動がドクンと跳ねた。

「は、はーい!」

 扉を開けると斗真君の姿があった。

「こんばんは…菜々子さん。」

 今日は約束の金曜日。

「どうぞ、斗真君。上がって。」

「お邪魔します…」

 今日をどれだけ楽しみにしていたか。一日一日カウントダウンして、昨日の夜はなかなか眠れなかった。まるで小学生だ。

 今日は仕事を超特急で終わらせて定時であがった。まあ、今日のために昨日まで残業したんだけど。部屋を掃除し、お風呂に入り、用意しておいたいい感じの私服に着替えて化粧もした。今日の私に、死角は、ない!

「適当に座って。今、お茶出すから…」

 お茶お茶、っと。私は冷蔵庫の扉を開け…閉めた。あれ?何でビールとコーラしか入ってないの!?…そういや、最近はお茶のポット洗うのが面倒くさくて作るのやめたんだった。私のバカ!コーラってちょっと子供っぽいとか思われないかな。

「…ごめん、水でいい?」

「あ、はい。ありがとうございます。」

 お水を出し、斗真君の隣に座った。

「改めまして、私のお願いを聞いてくれてありがとう。」

 それはそれはもう、本当に感謝してます。

「いいえ!助けていただいたお礼ですから!でも、僕まだ何をすればいいのかよく分かっていなくて…」

 よく分かっていないお願いは絶対引き受けないほうがいいよ、うん。今回はそのおかげでこうなっているんだけど。

「そ、そうだよね!ちゃんと説明するね。斗真君にはこの子の格好をしてもらいたいんだ。」

 私はスマホ画面を斗真君に見せた。画面では銀髪ハーフツインテールの女の子がポーズをとっている。

「この子は小鳥遊らむねちゃん。私の推しキャラ。可愛いでしょ!」

「この子…女の子じゃないですか!」

 斗真君が驚いた顔で私を見る。

「そうなんだけど、斗真君、すごくそっくりだからそれはもう神がかった仕上がりになるよ!」

 でも…

「女の子の恰好するのは抵抗あると思う。私は斗真君が私のことを信用して今日家に来てくれただけで十分嬉しかった。だからここで終わりにしてもいいんだよ。」

 本当はコスプレした姿をどうしても見たいけど、私は前回お願いの中身を説明しなかった。それはフェアじゃない。それに、無理強いさせて彼がらむねちゃんのことを嫌いになるのは嫌だ。

 彼は床へ目線を落とした。

「僕は…」

 そして私の目を見つめた。

「やります!」

「本当に、いいの…?」

 思わずそう言った。ああー、やるって言ってくれたんだからそれでいいじゃん!気が変わっちゃったらどうするの!

「はい。…僕は今までずっと内向的っていうか、消極的な性格で…でもこんな自分を変えたいと思って、実家を出ることを決意したんです。両親は大反対で2ヶ月間実家から新幹線で大学に通ったんですけど、最近やっと許可が出て一人暮らしを始めることが出来ました。でも一人暮らしを始めたからって自分の性格が変わる訳はなくて、ろくに人と話すこともできない今までの自分のままでした。ずっと変わるきっかけを探していた…それが今だと思うんです!」

 熱のこもったまなざしで見つめられるとこっちまで気合が入ってくる。

「う、うん!立派な美少女になって、新しい自分見つけようね!」

「頑張ります!」

 …ん?これで日本語合ってる?

 まあ、いっか。

「じゃあ、さっそくだけどコスプレするキャラクターについて説明するね。せっかくやるからにはキャラクターの世界観も知ってほしいの。」

「分かりました。」

「らむねちゃんは『アイドルバトル フレッシュガールズ』っていうスマホゲームに出てくるキャラクターなんだ。ゲームの設定としては、『私立詩井野学園しりつうたいのがくえん』っていう高校が舞台で、その学校は商業科とかいくつかの学科があるのね。それで、学科間の問題はその学科ごとに存在するアイドルグループによるライブバトルで決着をつけるんだ。」

「なんか…すごい設定ですね。」

「ふふ、そう思うでしょ。学科ごとの特色が出ててなかなか面白いんだよね。…はい、これ。」

 私は斗真君にスマホを渡した。

『アイドルバトル フレッシュガールズ!』

「わわっ!」

 急に音が鳴ってびっくりしたみたいだ。

「まずは一度ゲームをプレイしてもらおうかな。斗真君は普段スマホゲームする?」

「パズルゲームを少しだけ…」

「そっか、じゃあリズムゲームは初めてかな。曲に合わせて丸みたいなのが流れてくるから、それをタイミングよくタップするの。簡単な曲にするからきっと大丈夫。」

 私はスマホ画面をタップした。

『それじゃあ、いくよー。ミュージックスタート!』

「ええ!どうすればいいですか、これ!?」

「ほら、上から丸いのが流れてきたから、こっちの丸と重なったらタップして。」

「は、はい…!」

 ぎこちないながらも斗真君はタイミングよくタップを重ねる。うん、なかなか筋がいい。

「なんとか終わりました…」

「お疲れ!初めてなのに上出来だよ。」

「ありがとうございます。こういうゲームは初めてだったんですけど、結構楽しいものですね。」

 そう言って斗真君は私に笑いかけた。笑顔のらむねちゃんがそこにいる。可愛すぎるだろ…!

「菜々子さん…?」

「あ、ごめんごめん!思わず見とれてしまって…」

「見とれ…え?」

「さっきプレイしてもらった曲は、らむねちゃんが所属する農業科の『ペリドット』っていうグループの『flower front』っていうの。まあ、聞く余裕なかったかもしれないけど…」

「そうだったんですね。ちゃんとは聞けてないですけど、サビのところとか優しくて好きなメロディーでした。それに3人が踊っているのも綺麗で…」

「そう!そうなんだよね!」

 分かってくれて嬉しい…!今まで誰かとこの気持ちを共有したことがなかったから私はかなり高揚していた。斗真君にグイっと近づく。

「このゲームはアイドルが踊っているところを見れるからいい!ガチャ…えーっと、メンバーのカードを集められるんだけど、それ次第では衣装や背景も変えられるし、ほんっとオタクの目に優しいゲームなの!」

「…菜々子さん、その…近いです。」

 ハッと我に返ると、斗真君の顔がこんな近い距離に…!

「ご、ごめん!つい…」

「いえ、大丈夫です。」

 斗真君はへらっと笑った。…気を使わせてしまったな。

 この関係は斗真君の信頼の上で成り立っているんだから行動には気を付けないと…あぶない女だと思われたら終わりだぞ!

「えっとね、ゲームでは私達プレイヤーがこの学園の転校生になって、好きな学科に入学するの。それでその学科のアイドルのマネージャーになって、サポートしていくって感じなんだ。」

「なるほど。じゃあ、菜々子さんは農業科の転校生なんですね。」

「そうそう。農業科のシナリオは『ペリドット』メンバーの3人を中心に進むの。私の推しである2年のらむねちゃんと、植物大好き1年の玻璃ちゃんと、実家が牧場で3年の真央ちゃんね。らむねちゃんは生物部所属で菌が好きなの。部屋に乳酸菌のぬいぐるみを飾ってるんだよ!」

「へ、へぇー…それは変わっ…特徴のある子ですね。」

「そうなのー!私は文系だったから生物の授業はあんまり受けてなかったんだけど、好きな子の好きなものって知りたくなるじゃない?実家から高校で使ってた生物基礎の教科書引っ張り出してきて読んだりしたよー。まあ、知識はまだまだ勉強中だけどね。…そう言えば、斗真君は大学で何の勉強してるの?」

「僕は工学部で、主に物理系の勉強をしています。」

「工学部…ってことは理系だよね。じゃ、じゃあ…!」

 私の気配を察知したのか、斗真君は食い気味に手をかざした。

「僕は物理と化学を選択していたので生物は教えられません!」

「そっかぁ…残念。」

「菜々子さんは…そう言えば何してる人なんですか?大学生…ですか?」

 斗真君がうかがうように覗きこんでくる。

「あ、そうだ!まだ言ってなかったね。私はこの春から社会人1年生。私達、1年生同士だねっ!」

「そうですね。はは。」

 斗真君が笑ってくれた。ちょっと、いや、だいぶ嬉しい。

「菜々子さんはクラスの中心にいるようなタイプですよね。きっと人気者だったんだろうな…」

「んー、どうかなぁ。まあ、人は好きだし、話すのも好きだし…結構楽しかったな…」

 今でも鮮明に思い出せる。中学高校と毎日汗を流したテニス部での日々。練習後は家まで我慢できなくてよく仲間とたい焼き買い食いしてたな。大学では学祭の実行委員になったけど張り切り過ぎて前日に熱出したりとか。あの時は大変なこともたくさんあったけど、今思い返せば全部が羨ましいくらい大切な時間だったな。みんなは今どこで何してるんだろ。

「僕は話すの得意じゃないので、羨ましいです。実家から離れた大学に進学したので知り合いもいませんし…自分で選んだんですけどね。」

 斗真君が自傷気味に笑う。そんな顔してほしくないのに。

「じゃあ、私と話す練習しよっか。」

「え?」

「何事も練習が一番だよ!うーん、そうだなぁ…授業でたまたま隣の席になったっていう設定で、斗真君はなんて話しかける?」

「そう、ですね…『趣味は何ですか?』」

「なんか、お見合いみたい。」

「た、確かに…」

「最初はあんまりプライベートに踏み込まないで、共感できることとか、答えやすいことの方がいいと思うよ。例えば…『あの先生、有名人の誰々に似てない?』とかね。」

「それは、ちょっとハードル高いですよ…」

「うーん、それじゃあ…」

 私は斗真君をちらっと見た。

「そのシャツかっこいいね。服はいつも自分で選んでるの?」

「え?あー、はい。服はいつも自分で選んでいます。あんまりこだわりとかはないんですけど。」

「へぇー、そうなんだ。よく似合ってるね。」

「あ、ありがとうございます。」

「…っとまあ、こんな風にその人の身に着けているものとかを話題にするのも手だよね。…あれ、どうかした?」

「何でも…ないですっ!」

 斗真君は片手で顔を押さえているけど、耳が真っ赤だ。

「でも、今のはお世辞じゃなくで本当に思ったことだからね。前に着てた服もセンスいいなって思ってた。」

 顔がいいから格好いい系の服はもちろん似合うんだけど、可愛い系の服も絶対似合うと思うんだよな…らむねちゃんのコスプレ姿が待ち遠しいっ!

「ありがとうございます…」

 時計を確認すると22時を指していた。

「もうこんな時間か。長いこと引き留めてごめんね。そろそろお開きにしよっか。」

 名残惜しいけど、年下の男の子をこれ以上拘束しておくわけにはいかない。私は斗真君を玄関まで送った。

「今日は楽しかったよ。気を付けて帰ってね…って、家は隣か。」

「はい、気持ちだけ受け取っておきます。…また、来週来ます。」

 その言葉で沈んでいた気持ちが一気に急上昇した。

「うん!…おやすみ。」

「おやすみなさい。」

 隣の家の扉が閉まる音が聞こえるまで、私は玄関で余韻を噛み締めていた。

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