容量いっぱい(後編)
〈私は水川玻璃。ガーデニングが趣味のお母さんの影響で、小さい頃から植物が大好きだった。私の運命が動き出したのは小学5年生の時。たまたま訪れた詩井野学園の文化祭で園芸部が造った庭園を目の当たりにした。その美しさに感動して、この高校に入学しようと決めた。こんなに素晴らしい庭園を造る園芸部に入ったらきっと毎日が楽しいだろう。未来の姿を想像して期待が膨らんだ。そして私は詩井野学園農業科に入学することができた。〉
〈しかし、現実は全てが上手くいくわけではなかった。〉
「園芸部が…もうない…?」
「確か去年だったかな…部員が一人もいなくなって廃部になったんだよ。何年か前までは部員もたくさんいて、活気ある部だったんだけどねぇ。」
〈先生から告げられた言葉は、私を絶望させるのに十分だった。園芸部に入ることだけを目標にして今まで頑張ってきたのに、私はこの学園でどうやって過ごせばいいんだろう。〉
〈先生は別れ際に『5人集まったら部活動として認められる』と教えてくれた。でも、私には人を集める気力なんて、残っていなかった。〉
〈足は勝手に中庭へ向かっていた。あの時と同じ場所。でも違う。あの時みたいな輝きはない。〉
「はぁ…」
「新入生かい?」
「ひゃっ!」
〈声の方を振り向くと、そこには作業着姿のおじいさんが立っていた。〉
「驚かせてすまないねぇ。中庭で立ち止まる生徒なんて珍しいからつい声をかけてしまったよ。ここも昔はずいぶん立派な庭園だったんだけど、ここを管理してくれていた園芸部がなくなってからはこんな状態でねぇ。今は用務員の私が管理しているんだけど、園芸に関しては素人なもんで。お嬢ちゃんにも見せてやりたかったなぁ…」
「…知っています。」
〈私とおじいさんは今、あの素晴らしい庭園の景色を共有しているんだ。〉
「私は以前見た素晴らしい庭園に感動して、この学園に来たんです。それで、さっき園芸部が廃部になったって聞いて落ち込んでいたんですけど、あの庭園を大切な記憶として持っている人がこの学園にいるって分かっただけで救われました。」
「そうだったのかい…じゃあ、お嬢ちゃんにいいもの見せてあげるよ。ついておいで。」
〈いいものってなんだろう…私はおじいさんの後をついていった。〉
〈おじいさんは学園の随分奥まった場所で立ち止まった。そこには半透明のビニールで覆われた小屋があった。〉
「ここ…ですか?」
「そうだよ。中を見てごらん。」
〈そう促されて、私は扉を開けた。〉
「わぁ…!」
〈鮮烈な色彩が私の目を奪う。赤、黄色、青…一体何種類の花が咲き誇ってるんだろう。どの植物も生き生きと輝いていて、まるであの時みたいな…〉
「すごい!すごいです!この素晴らしい温室はおじいさんが?」
「いやぁ、これは園芸部の卒業生の一人がつくってくれたんだよ。昔みたいに中庭全部を世話するのは難しいけど、小さい温室なら管理もしやすいって言ってね。『後輩たちに植物の美しさを知ってほしい』って言ってたなぁ。」
〈…あった、私の目指すもの。無くなっていなかった。〉
「最後に君みたいな子に見せられてよかったよ。」
「最後って、何でですか!こんなに美しいのに…」
「美しいから、だよ。今まで世話してくれていた子が就職で遠くへ行ってしまうんだ。私一人じゃ、この美しさは守ってあげられない。だから、植物が元気なうちにガーデニング好きな地域の人に株を譲ろうかと…」
「私にやらせてください!」
〈ここには私の憧れていたものが詰まっている。必ず守ってみせると心に決めた。〉
〈それから時間のある時は温室へ向かった。今までここを管理していた卒業生がメモを残してくれていて、それを見ながら植物のお世話をした。用務員のおじいさん、伊藤さんも時間があるときは一緒に手伝ってくれた。〉
〈放課後、一人で植物のお世話をしていると、温室の扉が開いた。伊藤さんかな?〉
「こんにちは、伊藤さ…」
「お邪魔します!」
〈現れたのは、一人の女子生徒だった。〉
〈…あの人、見覚えがある。確か、農業科の新入生歓迎会でポニーテールの人と一緒に歌ってた。なんか、アイドル?なんだっけ。私とは別の世界の人。〉
〈そんな人がここに何の用だろう。もしも植物を、私の大切なものを傷つけそうになったら、私が守るんだ。〉
「ここにしよう!」
〈その人はミニバラの前でしゃがんだ。そして持っていたカバンを開け、中から取り出したのは…スコップ!?〉
「ちょ、ちょっと待ってください!」
〈お花を守らなきゃ、そう思ったら体が勝手に飛び出していた。〉
〈その人の持っているスコップに手をかけようとした時、何かに足を滑らせてバランスを崩した。〉
「わぁ!」
「きゃあ!」
〈私達は重なるように地面に倒れた。〉
「いてて…急に突撃してくるんだもん、びっくりしたよ。」
「あなた!ここで一体何をしようとしていたんですか!」
〈ここのお花をもっていこうとしていたんだ。そうに決まってる。〉
「ちょっと菌を調べたいなと思ってね。」
「菌…?」
〈予想外の答えに言葉が出てこなかった。〉
「そう!ここの植物ってすっごく綺麗でしょ!前にね、ここの扉が開きっぱなしになってたことがあって、それで知ったんだ!ここの植物が綺麗なのは土壌細菌が関係してるんじゃないかと思って、どんな菌がいるのか調べたいって思ったの!だから今日は土をちょっともらおうと思って。もちろん、植物を傷つけたりしないよ!」
〈そう言う彼女の瞳に嘘はないように見えた。〉
「なら、いいですけど…」
「ねぇねぇ!もしかしてあなたがここを管理してるの?名前は?私、小鳥遊らむね!」
「水川…玻璃です。ここは今まで卒業生がお世話してて、最近私が引き継いだんです。」
「そうなんだ!ねえ、このお花はなんていうの?」
〈そう言って小鳥遊先輩は近くのお花を指さした。〉
「これはかすみ草です。かすみ草はここにある白色の他にピンクのものもあって、花言葉は『清らかな心』。」
「へぇー!面白い!もっと聞かせて!」
〈こんな風に興味を持って聞いてくれるのは、正直嬉しい。中学では植物の話を出来る友達がいなかったから。それから私は温室のお花を一通り説明した。〉
「はぁー、楽しかった!ねえ、玻璃ちゃん。また来週、ここに来てもいいかな?」
「…好きにしたらいいんじゃないですか。」
「うん!じゃあ、好きにするね!」
〈一人で温室にいるこの時間が好きだ。大好きな植物に囲まれて、他人の目を気にすることなく、自由でいられる。この間はちょっと変わった先輩が入ってきたけど。…でも、ああやって好きなものの話が出来るのは楽しかった。〉
〈私は大きく息を吸い込んだ。〉
「~♪」
〈私は植物と同じくらい歌が好きだ。でも人前で歌ったことはない。ここで植物たちに聞いてもらうだけで十分だ。〉
「~♪」
〈最後まで歌い終わると、拍手が聞こえた。驚いて音の方を振り向く。〉
「勝手に入って悪いな。綺麗な歌声が聞こえたから思わずお邪魔してしまったよ。あたしは富田真央。君は?」
「み、水川玻璃です…」
「玻璃、いい名前だな。名前の通り、水晶みたいに透き通ったいい声をしてる。」
〈聞かれてたなんて恥ずかしい…でも、大好きな歌を褒めてもらったのは初めてだ。〉
「それに、ここは美しい花が咲いているんだな。学園にこんな素敵な場所があったなんて知らなかったよ。」
「目立たない場所にありますから。…でもそれだけじゃなくて、みんなきっと植物に興味が無いんです。」
〈そうじゃなかったら園芸部が廃部になんてならない。卑屈な気持ちが言葉に溢れた。〉
「そうかな?みんな、案外気づいてないだけだと思うけど。少なくともあたしは、ここの植物に興味が湧いてきたな。もちろん玻璃にもね。」
「わ、私ですか!?」
「そうだよ。もしよかったら、もう一曲聞かせてくれない?もっと聞いてみたいな。」
「…じゃあ、少しだけ。」
〈歌声を誰かに聞かれるなんてありえないと思ってたのに、気づいたらそう返事をしていた。富田先輩が自然で、とても居心地が良かったからかもしれない。〉
〈_放課後、ある空き教室にて。〉
「真央ちゃん、あのね!」
「ん、どうした?」
「らむね達、ずっと2人でアイドルやってきたでしょ。先輩達が卒業して、真央ちゃんが入学したてのらむねを誘ってくれてから。真央ちゃんと2人なのはすっごく楽しいんだけど、これからはもう一人を入れて3人でやっていきたいの!もっと仲良くなりたい子がいるの!」
「奇遇だな。あたしも紹介したい子がいるんだ。」
「そうだったの!?じゃあらむね達、4人組になっちゃうかも!」
「だな。じゃあ、早速会いに行ってみるか。」
「うん!」
〈放課後、温室に向かっていると伊藤さんに声をかけられた。〉
「水川さん、大変なことになったんだよ。」
「大変なことって…一体どうしたんですか?」
「温室が取り壊しになるかもしれないんだ。」
「えっ…」
「園芸部がないのに温室を維持する必要がないと判断されたらしい。今までは卒業生が管理しているっていう後ろ盾があったけど、それももうなくなってしまったから…」
〈最終決定は一週間後らしい。伊藤さんはそれまで先生たちに掛け合ってくれると言っていたけど、望みは薄いだろう。〉
〈心が一気に冷たくなるのを感じた。私の大切な温室がまた消えてしまうの…?〉
「どうしよう…」
〈その時、遠くから声が聞こえた。〉
「玻璃ちゃーん!」
〈声の方を振り向くと、小鳥遊先輩が富田先輩の手を引いてこっちに走ってきていた。〉
「真央ちゃん、紹介するね!この子は水川玻璃ちゃん!」
「えっと…驚いたな。実はあたしが紹介したいって言ってた子は玻璃なんだ。」
「えええ!」
〈紹介?なんの話をしているんだろう…〉
「玻璃ちゃん!」
「玻璃。」
「「一緒にアイドルにならない(か)?」」
「はい!?」
「玻璃ちゃんが来てくれたら、もっともーっと魅力的なアイドルになれると思うの!」
「それに玻璃は歌が上手いから、たくさんの人にその歌声を聞いてほしいな。」
「えっ、玻璃ちゃんの歌聞いたの!?真央ちゃんいいなぁー!」
「…む、無理です。できないです。アイドル、なんて…それに今、それどころじゃないんです。大切な温室が、取り壊されるかもしれなくて…」
〈言葉にしたら涙が込み上げてきた。泣いたらだめだ…泣いたってどうにもならないでしょ…〉
「まだ、決まったわけじゃないんだよね?」
「え?」
「決定じゃないなら、手の打ちようがあるな。」
「早く計画しないと時間無くなっちゃう。今から作戦会議しよう!」
「そうだな。」
〈そう言って2人は歩いていこうとする。〉
「ほら、玻璃ちゃんも一緒に行こう!」
「…2人はどうしてそこまでしてくれるんですか?」
〈2人は顔を見合わせた。〉
「どうしてって、そりゃ、なぁ?」
「私達2人は玻璃ちゃんと玻璃ちゃんが大切にしている温室に心を射抜かれちゃったんだよ。どこまでも大切にするに決まってる!」
「らむね、閃いちゃいました!題して、『玻璃ちゃんもお花も好きになってもらおう大作戦』!」
「どういうことだ?」
「温室でMVを撮影するの!歌うのはもちろんらむね達3人でね。それを学園のみんなに見てもらったら、玻璃ちゃんの可愛いさも温室の素敵さもいっぺんに伝えられると思うんだ!」
「なるほどな。ところで曲はどうするんだ?あたし達2人の曲を使うか?」
「らむねね、玻璃ちゃんと出会ったあの瞬間から伝えたい言葉が溢れてくるの。だかららむねに書かせて!」
「じゃあ、新曲に決定だな。…玻璃、どうする?」
〈私は…〉
「やります!大切なものを守れる希望があるなら!」
「うん!じゃあ、決まりだね!」
〈それから数日後、2人に呼び出されると本当に曲が出来上がっていた。初めて聞いた時に『この曲を歌いたい』って強く思った。3人で練習を重ね、ついに本番を迎えた。〉
〈温室に私達3人の声が広がる。ここで一人歌っていた時とは全く違う、声の重なる楽しさ。大好きなこの場所がいつもより輝いて見える、ワクワクする!〉
〈私達は撮影したMVを学園中の人たちに向けて公開した。反響は…驚くほどだった。〉
〈「学園にこんな素敵な温室があるなんて知らなかった」「温室を取り壊さないでほしい」といった声が多数あがり、取り壊しの計画はなくなった。それだけではない。園芸部に入りたいと私を訪ねてくる生徒も現れた。〉
「よかったな、温室の取り壊しが無くなって。」
「はい。2人のおかげです。」
「ううん!玻璃ちゃんの想いがみんなに伝わったんだよ!」
「そう。頑張ったんだからもっと自分を褒めてもいいと思うぞ。」
「そう…ですかね。」
「ところで玻璃。」
「なんですか?」
「園芸部に入りたいって言う子の申し出をみんな断ってるらしいじゃないか。どうしてなんだ。部活動になった方がいろいろと活動もしやすいだろうに。」
「そもそも私は園芸部員じゃありませんから。それに…」
「それに?」
「やりたいことができたんです。私…富田先輩と小鳥遊先輩と一緒に、アイドルになりたいです。」
「ほんとに!?嬉しい!」
「それでいいのか?」
「はい。学園に来て、あの温室を守ることが私のやるべきことだと思っていました。でも2人に出会って、今までの人生では考えられないような経験をして…興味が湧いてしまったんです。2人の側にいたらどんなにすごい景色が見られるんだろうって。」
〈植物は大好きだけど、私のすべてではない。私は一歩踏み出したんだ。〉
「じゃあ、これから新しいグループになるってことで、名前はどうしよっか?」
「そうだなぁ…」
「私から、一ついいですか?」
「うん、聞かせて。」
「私達を繋いでくれたのは植物だと思うんです。だから、新緑みたいな美しい黄緑色の宝石からとって、『ペリドット』なんてどうでしょうか。」
〈私は一呼吸置いた。選んだ理由は色だけではない。〉
「宝石には花言葉みたいに石言葉と言われるものがあります。ペリドットの石言葉は夫婦の愛、そして運命の絆。」
〈私と出会ってくれた2人との絆がどうか運命でありますように。〉
「運命の絆、か…いいな!」
「よーし!今日から私達はペリドットだ!」
〈こうして私達『ペリドット』が誕生した。〉
私はスマホを置き、額に手をあてた。
「はぁー…」
「いいお話でしたね!出会いのシーンとか、そのキャラクターらしいというか!…あれ、あんまりよくなかったですか?」
「…違うの、もう良すぎて…余韻にどっぷりはまって、現実に戻れなくなってるからちょっと待ってもらっていい?」
「わ、分かりました…」
数分後、私は現実に戻ってきた。
「もうすっごくよかった!玻璃ちゃんが最初、らむねちゃんにツンツンしてるところは今の関係性が分かってるからこそ萌えだし、真央ちゃんはさすが人の心を開くのが上手いなぁ!私も花言葉とか石言葉とか調べてみようかな…」
「はは、それも楽しそうですね。…それにしても、菜々子さんがゲーム強いからサクサク進められましたね。」
「まあ、伊達に何年もアイフレオタクやってないからね。」
イベントは1話読むごとにライブバトルがあって、それをクリアすることで次のシナリオが開放される。今回はペリドット有利な効果があったから、普段からペリドット最優先で強化してる私にしてみればこれくらいの難易度、チョロいチョロい。
「さーて、イベントシナリオコンプリートしたし、次はガチャかな。」
シナリオコンプリートでガチャが引けるアイテム、『ステラ』が手に入った。
イベントガチャは特別キャラの確率が高いけど、必ず出るとは限らない。今回の特別キャラのらむねちゃんは絶対に手に入れたい…!
「斗真君、お願いします!」
私は斗真君にスマホを差し出した。
「僕でいいんですか!?」
「だって、一緒にコラボカフェ行った時も斗真君がらむちゃん引き当ててくれたでしょ。少しでも恩恵にあやかりたい…っ!」
「あれはたまたまでしたけど…菜々子さんがそれでいいなら。」
「お願いします!」
「じゃあ、押します…!」
「お願い…!」
斗真君がガチャのボタンを押すと、画面には10枚の扉が映し出された。9枚は白色、残る1枚は金色。
10連だからSランク以上のカードが1枚確定なんだよな…らむちゃん!私のところに来て!
白色の扉が次々と開き、残るは金色の扉1枚。扉が開く。
部屋には…小さな鉢植えがいくつも並んでいた。そしてカードが映し出される。
「うん、特別キャラの玻璃ちゃんは嬉しい。とても嬉しい。でも、らむちゃんが出るまで回す!限界まで回すぞ!」
「限界って何ですか…?」
「はぁ…」
「出ない、ですね。」
その後2回引いても、特別キャラのらむねちゃんは出なかった。ウィークリークエストなんかをこなして、あと一回10連を引けるくらいはステラを集められるだろう。でもそれで出なかったら…限界突破《課金》をするしかない。
「さあ斗真君、もう一回だ!」
「行きます!」
画面には8枚が白色の扉、2枚が金色の扉。いい感じだ。
白色の扉が開いて、ノーマルカードが映し出される。次に金色の1枚目。
1枚目は…中村魅亜ちゃんのSランクカード。あと1枚…!
最後の扉が開く瞬間、私は怖くてとっさに目を瞑った。
「菜々子さん!」
斗真君の声に、私は目を開いた。
そこには特別キャラ「花の妖精たち」のらむねちゃんが映し出されていた。
「斗真君!」
私は斗真君に抱きついた。
「斗真君、ありがとう!やっぱり持つべきものは引きの強い良き理解者だね!」
嬉しい。この喜びは言葉では上手く言い表せない。
「な、菜々子さん…」
「あっ、苦しかった?ごめんね!」
慌てて離れる。
「そうじゃ、なくって…」
「?」
斗真君は顔を伏せた。耳が赤い。
「…いつも通りでいようって決めてたのに、こんな…菜々子さんが悪いんですよ…」
「ご、ごめん…」
いつも通りでいてくれようとしてたんだ…その優しさに、赤くなったお顔に、また鼓動が速くなった。




