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あれから頻繁に会うようになった。僕は菜々子さんへの気持ちに気づいたけど、僕達の関係にはそれほど変化がなかった。
だって、どうすればいいのか分からない…
菜々子さんの部屋に頻繁に行くようになって色々と気づいたことがある。
まず、菜々子さんは料理が苦手だ。アニメに出てきた料理を再現するんだと言って、部屋に呼んでもらったことがあった。行ってみると悲しそうな顔をした菜々子さんが出てきて、ベイクドチーズケーキになるはずだったフワフワの物体を見せた。話を聞くと、手間を省くためにアレンジを重ねた結果、こうなったらしい。その後、材料を買い直してレシピ通りに2人で作ったら、レシピに載った写真通りのベイクドチーズケーキが出来た。菜々子さんは就職で一人暮らしを始めたから、あんまり料理はしたことなかったみたい。でも、作ったケーキを食べ比べてみたら失敗した方のケーキが美味しくて、だから料理が苦手っていうよりはちょっとズボラなのかもしれない。
あと、菜々子さんの部屋にはらむねちゃん関連のグッズがちりばめられている。最初の頃は気にしてなかったけど、よく見ると出してくれるお茶のコップだったり、スリッパだったりにらむねちゃんのイラストやマークが描かれている。僕にも分かりやすいキーホルダーやフィギュアなんかも飾ってあるけど、クローゼットにはその何倍ものグッズが閉まってあるらしい。グッズの値段がどれくらいか分からないけど、一体いくら使っているんだろう…
それに、隙をみて僕にらむねちゃんの恰好をさせようとしてくる。やってって言われても僕が『しない』って言うと『そっか、残念』ってすぐにひっこめるから、どのくらい本気かは分からないけど。あ、でも一度『小鳥遊らむね コスプレ衣装 flower front』って書かれた段ボールが届いていたから、やっぱり本気なのかも…
『してほしいって言うなら、また着てもいい』って言ったのは僕だし、絶対にいやってわけじゃないけど、ちょっと複雑な気持ちだ。あの時は菜々子さんとの関係を終わりにしたくなくて思わず言ったけど、僕はらむねちゃんの代わりとしてしか意味がないんじゃないかって不安になる。でも、僕の顔がらむねちゃんに似ていたおかげで菜々子さんと仲良くなれたんだから、仕方ないって思う自分もいる。
それと、もう一つ。
「あれ。菜々子さん、最近ちょっと疲れてますか?」
「ああ、そうかも。何で分かったの?私そんなに疲れた顔してる!?」
そう言って菜々子さんは顔を押さえた。
「そんなことないですよ。何となくです。」
実は嘘をついた。菜々子ちゃんの調子はリビングの目立つ位置に飾ってあるらむねちゃんグッズの配置で分かる。笑顔だったり、可愛い感じのらむねちゃんが前に置いてあるときは元気な時。舌を出していたり、ダークな感じのらむねちゃんが前に置いてあるときは疲れてる時。今日は悪魔の恰好をしたらむねちゃんがセンターに置いてあった。
「何となくかぁ…もうすぐね、初めてのプレゼンがあるの。その準備が大詰めだから、ちょっとね。」
「そうだったんですね…」
そう言えば前に言ってたなぁ。
「斗真君がらむねちゃんのコスプレしてくれたら元気出るんだけどなぁ…?」
そう言って菜々子さんが僕を横目で見る。
「し、しません…」
「そっか、残念。まあ、本番まであと少しだから頑張るよ。」
ほら、やっぱりすぐひっこめる。なんか断ってばっかりで悪い気がしてくるな…
代わりになるか分からないけど、
「じゃあ、無事にプレゼンが終わったらお祝いしますか?」
「いいの!?すっごく元気出た!斗真君、ありがとう!」
菜々子さんは僕に満面の笑顔を見せた。
僕の言葉でそんな風に喜んでくれるの?
そのことが嬉しくて、体が熱くなった。
今日はお昼に菜々子さんの部屋でプレゼンのお疲れ様会をする予定になっていた。
朝ごはんを食べていると、スマホが鳴った。
「菜々子さんから…?」
僕は電話に出た。
「もしもし、どうしたんですか?」
「斗真君…ごめんねぇ…」
声がいつもと違う。ガラガラしてるみたいだし、元気もない。
「昨日から、ちょっと調子が悪くて…一晩で絶対治そうと思って、昨日は風邪に打ち勝つためにかつ丼弁当食べて、10時間睡眠とったんだけど…朝起きても具合が良くならなくて…世界の宝である斗真君にうつすわけにはいかないから、今日は会うのやめようね…またね。」
そう言って電話が切れた。
菜々子さん、風邪!?具合悪いのにかつ丼弁当とかどうなんだろう…いつもよりも変なこと言ってたし…
菜々子さんの部屋と隣り合った壁に目を向ける。この壁の向こうで苦しんでるんじゃないかな。1人暮らしだから買い物にも行けないし、困ってるかも…
居てもたってもいられなくて、僕は部屋を飛び出した。
僕は近くのドラッグストアでゼリーや風邪薬を買い、菜々子さんの部屋のピンポンを押した。
しばらくすると、扉が開いた。
「はい…」
出てきた菜々子さんはパジャマ姿で、赤い顔をしていた。
「菜々子さん!ゼリーとか買って来たので食べてください!」
パジャマ姿なんて異性にはあんまり見られたくないかも。僕は目をそらしながら、食料や風邪薬の入ったレジ袋を差し出した。
渡して部屋に戻ろう、そう思っていた。
菜々子さんはレジ袋を受け取り損ねて、ペットボトルやカップが床に転がった。
「ああ…ごめんねぇ…」
そう言って落ちたものを拾おうとする菜々子さんの体がよろめいた。
「…っと!」
支えるために菜々子さんの体に触れる。
熱い。想像よりも具合が悪いみたい。
遠慮していた気持ちが吹き飛んだ。
「すいません!お邪魔します!」
僕は菜々子さんを支えて部屋に上がった。
ひとまず菜々子さんをベッドに運んだ。
「風邪うつしたら悪いから、ここまででいいよ。ありがとうね…」
ベッドに腰掛けた菜々子さんは赤い顔でそう言った。こんな様子を見て、放っておけないよ。
「だめです。菜々子さんが何て言っても、熱が下がるまで帰りません。」
「そんなぁ…」
菜々子さんは肩を落とした。
「熱はどのくらいですか?」
「んー…朝起きて測ったら、38.3℃?だったかな…」
やっぱり高い。
「薬は飲みましたか?」
「苦いの苦手なんだよね…」
そう言って顔をそむける。それは熱が下がらないわけだ。
「僕、風邪薬買ってきましたから!よかったら飲んでください!」
「うう…」
「早く具合治して、プレゼンのお疲れ様会したいです。」
「…すぐ飲みます。」
菜々子さんは苦い顔をしながらも薬を飲んでくれた。そして、ベッドに横たわる。
「何かしてほしいことはありますか?」
「頭が熱くて…体が寒い…」
「分かりました。ちょっと待っていてください。」
僕は菜々子さんの部屋のカギを借りて、自分の部屋から毛布と氷枕を持ってきた。さすがにクローゼットから毛布を探すのは気が引けた。
「気持ちいい…」
毛布をかけ、氷枕を頭の下に入れると、菜々子さんの表情が少し和らいだ。
「スポーツドリンク、枕元に置いておくので飲めそうなときに飲んでください。あと何かあったら声かけてください。何でもやりますから。」
「ふふっ…斗真君は優しいねぇ…」
そう言ってへにゃっと笑う。
「斗真君にお世話になるのはこれで2回目だね…」
「そうですね。」
前は菜々子さんの誕生日。いつもの時間に菜々子さんの部屋のピンポン押したら反応が無くて、しばらく待ってみたけど一旦自分の部屋に戻ることにした。仕事が長引いているのかもしれないし。それから1時間、2時間と経って、段々心配になってきた。
もしかしたら何かあったんじゃないか。部屋で倒れているんじゃないか。
一人暮らしだから何かあっても気づいてもらえない。もしそうだったら、どうしよう…
もう一度菜々子さんの部屋に行ってみよう。そう思った時、特徴的なヒールの鳴る音が廊下から聞こえた。それだけで、どれだけ安心したか…
菜々子さんは今まで見たことがない様子だった。いつもは人を惹きつける力があって、自分に自信を持っているからこその輝きがあって。そんな姿に僕は憧れていた。それなのにその日は輝きが無くなっていて、僕が何とかしないとって咄嗟に思ったんだ。
今日もそれに近いかも。風邪で元気のない菜々子さんに何でもしてあげたいって思った。
近くで寝息が聞こえる。菜々子さんはいつの間にか眠ったみたいだった。
好きな人がすぐそばで寝ている。ドキドキはするんだけど、今はそれよりも心配の方が大きいかも。
僕が押し掛けたこと、迷惑じゃなかったかな。もしかしたら、他に看病してくれる人とか…
そうだよ。彼氏…とか。何でそれを考えなかったんだろう。
もし、もしも菜々子さんの彼氏がここに来たら、僕ってどうなるのかな。
友達?なのかな…でも僕は菜々子さんのことが好きなんだし…
僕って菜々子さんにとってどんな存在なんだろう。僕はいつも自信ないし、話も上手くないし。いいところがあるとすれば、らむねちゃんに似ているこの顔くらい…
その時、突然うめき声が聞こえた。
「うう…」
声の方を向くと、眠っている菜々子さんが苦しそうな顔をしていた。
悪い夢でも見ているのかな。
僕は近づいて、毛布から出ていた菜々子さんの左手をそっと握った。
「う…」
菜々子さんの表情は変わらない。
どうしてあげたらいいんだろう。起こしてあげても、眠ったらまた悪い夢を見てしまうかもしれない。
悔しい。目の前で好きな人が苦しんでいるのに、なにもできないなんて。
その時、一つの考えが浮かんだ。僕だから出来ること。
「待っていてください。」
僕は菜々子さんの側を離れた。
手順は覚えていた。菜々子さんがしてくれてみたいに上手くは出来なかったけど。
僕はベッドの側に膝立ちした。短すぎるスカートが揺れる。
「菜々子さん。」
僕が声をかけると菜々子さんはゆっくり目を開いた。
「らむね…ちゃん…?」
僕は菜々子さんの手を取る。
「本物のらむちゃんだぁ…夢でも見てるのかなぁ…」
そう言って微笑んだ菜々子さんはまた目を閉じた。
もう苦しそうな表情はどこかへ行ってしまった。
「ん…」
数時間後、菜々子さんは目を覚ました。
「菜々子さん、具合はどうですか?」
「うん、大分よくなったよ。…あっ!斗真君聞いてよ!なんとね、夢にらむねちゃんが出てきたんだ!ほんと最高の夢だったよ!私の枕元で手を握ってくれてて、すっごくリアルだったぁ…」
「そうですか。それはよかったです。」
僕は菜々子さんに笑い返した。上手く笑ってみえたかな。
らむねちゃんの衣装やウィッグは部屋の隅にまとめて置いてあった。クローゼットに閉まってあったらきっと見つけられなかったと思う。
こんな風に菜々子さんを喜ばせることが出来たのはこの見た目のおかげ。それなら今のままの僕が菜々子さんを好きだなんて、菜々子さんにとっては邪魔なことなんじゃないかな。僕は僕が出来ることで菜々子さんを幸せにできるなら、その方がいい。
「…髪、銀色に染めようかな。」
ぽつりと呟いた。
「だめっ!」
菜々子さんが大きな声を出すから驚いた。
「いや…ごめん。髪色なんて個人の自由だし、私がだめなんて言える立場じゃないんだけど。斗真君ってすごく綺麗な黒髪だからさ、染めちゃうのはもったいないなーなんて。」
そう言って照れたように自分の髪を触った。
喜んでくれると思った。銀色に染めて、髪を伸ばしたらもっとらむねちゃんに似るから。その方が菜々子さんも嬉しいと思った。
でも、その返事は、らむねちゃんの代わりとしてじゃなくて僕自身を見てくれてるってことですよね。
その瞬間、心にスイッチが入った。
「…斗真君?」
「菜々子さん、前に『夢中になれるものが僕にも出来る』って言ってくれましたよね。」
「え?ああ、うん。言ったよ。」
「僕、見つけたんです。」
「へえ!よかったね!なになに?」
「それは菜々子さんです。」
「…へ?」
「好きです。今はまだ僕のことをらむねちゃんに似て可愛いって思っているかもしれないですけど、カッコいいって必ず思わせます。だから、覚悟しておいてください。」
このままの関係を続けるか?
答えはもちろんNOだ。




