表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々のイデア  作者: 花都
ルイ編
70/70

第五十一章 彼岸花

 ……おかしい。


 セラは何故か目を覚まし、何故かルイが倒れている。

 

 ――死んだのは、私のはずなのに。どうして?

 これは死後の世界なの?

 

「……おきて……」

 ルイは隣にいるけれど、意識がない。

「……ルイ?おきて」

 ぐったりと体を投げ出して、ゆすってもびくともしない。衣服越しなのに体が燃える様に熱い。

 違う、私、死んでない。

 死んでないばかりじゃない。

 

 ――私、なんてことをしたの。

 

 頭が締め付けられる様に痛む。

「ねえ、ねえってば……お願い…………わたしが、助けて(殺して)なんて……言ったから」

 人生を壊してしまった。

 だから――だから、せめてこの人だけは助けなければ。


 息を詰めて片膝を立て、ぐっと体重を乗せて体を支える。ふらついても倒れるには至らない。まだやれる。私が倒れている場合じゃない。

 目の前が黒く狭窄しても、頭は妙に冴えていた。


    ***

 

 ――痛い。

 

 ルイが過労で倒れてから四半刻。

 傷の痛みや体力の限界と戦いながら、倒れた彼をどうにか布団へ寝かせ、眩暈を堪えて井戸端へ出て来たところだ。

 高熱を出しているから冷やしてやらねばならないし、水分もきちんと補給しなければならない。それで水を汲みに来たのだが、脚は立たないし、井戸に寄りかかって滑車を引くのは無理がある。

 意識のないルイの体は想像以上に重く、せっかく縫ってもらった傷は熱を持ち、またじわじわと出血していた。

 

 ――なんとか、立って。

 

 崩れた脚を、叩いて叩いて立ち上がる。井戸の縁に手をついて支えにし、慎重に、桶を吊るす紐に利き手を伸ばし――

 

 背に、激痛が走った。

 

「っ……‼︎」

 目の前で白く火花が散る。尖った痛覚信号が神経を貫き、脳まで刺される。

 

 ――拙い、

 

 なすすべもなくセラは落ちる。見えず、分からず、ただ真っ直ぐ堕ちていく。

 もがいた右手は徒労に終わり、深く頭が落ち込む。

 

 ――ルイ、ごめんなさい。

 覚悟して、ぎゅっと目を閉じた。


 

 目を開けると辺りが明るかった。

 井戸に落ちたのに何故。その疑問を潰すように、中年の大男が狭い視界に入り込んで来る。

「嬢ちゃん、傷開いちまってるぜ。無理すんな」

 どっくんどっくんと脈を打つ痛みの隙間から、男の声が干渉してくる。

 「……大、」

 大丈夫と続けようとして、喉元の現実に気付く。

 もはや取り繕えない。


 生まれてからほとんど初めて、知らない人の前でセラは泣いた。頭も心もぎちぎちに詰まって、もう頭が回らなかった。

「…………助けて……」

 大丈夫と強がる為に開いた口は、気付けば悲鳴を上げていた。

「……もう無理。助けて…………」

 何も考えられない。相手が信用出来るのか、敵か味方か。それすらもう、どうでも良かった。

 

 弱音を吐いたら、びくとも動けなくなってしまった。

「はいはい、宿に居るんだから宿の奴使えな。一人でなんもかんも抱え込むんじゃねーよ」

 あやすように言って、軽々と担ぎ上げる。粗雑そうに見えて、傷に響くことはなかった。

「おーいカミさーん、奥の部屋見てやってくれや。医務室使うわ」


 

「……ほいっと。旅人の嬢ちゃん、聞こえるかい?」

 涙で霞むけれど、男が振った手は何とか見える。

「自己紹介が遅れたな。俺はここの主人みたいなことをしててな、名は翼羽。こう見えて医術もかじってんだ。ちょっとばかしだがね」

 治療台に寝たまま頷くのが精一杯だったが、それでもこの男には伝わったようでありがたい。

「とまあ、その前に水飲め。ひっでー顔だ」

 起き上がっちゃ逆戻りだな、と、わざわざ布に含ませて飲ませてくれる。

 

「背中の方は終わったが。あんた傷だらけだな。その腕もケガだろ?包帯替えて良いかね?」

「……ぁ、」

 

 ――これは。

 

 気付かれたくない――

 誤魔化しの言葉が纏まらなくて、身体を縮める。投げられた善意が、善意だからこそ苦しい。

「おっと悪いね。清潔にしとけよ」

 出した手を引っ込めて、翼羽が快活に笑う。

 かえって泣きたくなってしまった。

「……大丈夫、です。……霜焼け、なので……」

「そうかい。礼には及ばねーよ」

 顔を見る事もせず、足りない言葉でも、礼として取ってもらえたみたいだった。

「……戻り、ます。……ルイが、倒れてしまって」

「連れなら、うちのカミさんが見てるから大丈夫さ。どー見ても嬢ちゃんこそ重症だ、今日はもう動くな寝てろ」

「……でも」

「んじゃ俺はカミさんと代わるな。でもは良いから寝てろ。あんた、体ぼろぼろなんだから本当に死ぬぞ」

 じっとしてろよ、と言い置いて、翼羽が出て行く。

 

 ――「オレがいいって言うまで寝てろよ!」

 

 静かな部屋に、ライダンの声がした。

 

 ――「よっし、終わり!もう痛いとこないか?」


 ある、と言えば、助けてくれたかも知れない。泣きながら、震えながらでも、服の下――不自然な火傷や痣を見せたら、守ってくれたかも。


 ――「……無い」


 地下室が怖かった。逃げたかったのに、一言の勇気が出なかった。いつも、いつもいつもいつも。取り繕う言葉はいくらでも出たのに、たった二文字が言えなくて、私を消し去ってくれる暴力を求めた。それが、

 ……相棒を殺した。

 

 消えたかった。これ以上何もしたくなくて、誰かに縊って貰いたかった。

 誰かに――あの人に。泣き落として、願いを無視して、頼み込んで。そのせいであの人を壊してしまった。

「ほんとに……最低」

 消えるべきは私なのに、死ぬことも許して貰えない。破滅を望めば望むほど、大切な人が犠牲になる。いつまで生きて、苦しめば良いのだろう。

 

 廊下から、ふくよかな女性の足音がした。

「お邪魔しますね、っと」

 紫陽花色の着物を纏った中年の女性が、目を合わせて人の良さそうな微笑みを浮かべる。

「あたしは香蘭。ここの女将をやってるのよ。しばらく面倒見せてもらうからね。よろしくね」

「……お願いします……」

 抵抗しても、ろくなことがない。

 ただ流されていれば良いのだ。流されて従順にしていれば、これ以上悪い事は起こらないから。相手の気分を害さないなら、決められた未来が悪化する事はない。

「一緒に来た男の子はね、疲れが溜まってるだけみたいだから。何日かゆっくりしていたら治るさ。だから、心配しなくていいのよ」

「……面倒かけて、すみません」

「そんなの謝らなくていいわよ。宿ってのは、そういう所なんだからさ」

 そんな事を言われたって心配で堪らない。

 でも、怪我を押して部屋に戻れるだけの気力、体力はどこにもなかった。

「もともと、旅の合間に一休みする場所なんだから。ここには怖いものも苦しいこともないわ。のんびりしてお行き」

「…………休むって、なんですか」

 なんだか抽象的なことを言う人だ。

 寝てろ、とは、よくライダンに言われた。寝転がっていても気ばかり急いて、まともに眠れたことは殆どない。

 リアンに扱かれているとき、動きが止まれば休むなと叩かれた。休むとは、動かないでいる事だろうか。

「んー、ひと呼吸おくことかねえ」

 香蘭は、慣れた仕草で額の汗を拭ってくれる。

 彼女の言う「休む」は、予想と少し違うみたいだった。

「頑張ることとか……特に、嫌なこと、苦しいことをね、ストップする時間を作ることさ。気分転換って言えばいいかも知れないねえ」

 考えを纏めるように、指が髪の生え際をなぞる。頭を撫でるなんて子供扱いが、今は嫌でなかった。

「紐みたいなものでね、ゆとりを持たせるのが大事なのよ。あんまり引っ詰めると切れちまうだろう」

 あんたたちは引っ詰めすぎかもねえ、とこぼす笑みが、胸に複雑な模様を描く。

「……引っ詰め、すぎ」

「なんでも自分でやろうと考えすぎなのよ。意外と、助けてくれる人っているもんさ。人間、独りじゃ生きちゃいけないわ」

「……育ちが良いんですね」

 息を詰めるようにして絞った言葉は、耳で聞けばずっと冷たかった。

「いません、そんなの。……弱ければ、強いものに喰われるだけです」

「…………そうなのかも、知れないねえ」

 香蘭の手が頬を撫でる。動けないのを良いことに。

「……宿(ここ)には色んな人が来てね。それぞれが、それぞれの世界に住んでるって、会うたびに感じるのよ。一人ひとりに地獄があって、天国がある。外からは見えないけれどね」

 交わることはあっても、同じ世界には存在出来ない。詰まる所人は孤独だ。

「あんたにはあんたの、地獄があると思うよ。それが何なのかは知らない。あんたが話さない限り、詮索もしないよ。でもね、それを束の間忘れる時間も必要なのさ。非日常ってやつさね。旅で例えりゃ、それは宿だ。ここは綺麗ごとが通じる場所なのさ。あたしたちが、そう作ったからね」

「……通じなければ?」

「お帰りいただいてるよ」

 悪戯っぽい含み笑いに、この人の真実を見た気がした。

「……ありがとう、ございます」

「うんうん、今日は寝なさい。近くにいるから、何かあったらこれで呼んでね」

 手元に置かれた鈴が、ちりん、と澄んだ音を立てる。眠れるとは思わなかったが、警戒心は消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ