第四十七章 タタリ
ルイがチャクラムを投げた時、セラは三人目の気配に気付いた。
いや、その距離まで気付けなかった、と言う方が正しい。
新手は一人なのに、大軍に包囲されている様な――違う、もっと不気味な威圧感。例えるなら、怪異だ。悪霊の類い。理解の及ばぬ何か、超常に酷似した個人。
――これは拙い。
声がする。剣士が何か答えている。その内に距離を稼ぐため、足音を殺し全力で走った。走った時間はゆうに五秒、なのに声は耳元でした。
「またマイですか。独断専行は目に余りますが――殺せない、というのが何とも厄介」
毒針を抜き仕込み刀を抜き、そのどちらも放つ前に止められる。討手はセラの両手首を捕らえて立ち止まり、細い目を更に細めた。
「――どうも今晩は。殺し屋さん」
ぞっと血の気が引く。よろめいて、身体が傾ぐ。それでも血は引き続ける。
――何か、おかしい。
背中が妙に、温かい。
理解が追いついた時には何も見えなくなり、がくりと膝をついていた。
「本当、多才ですねえ」
倒れる暗殺屋の首元を、赤い刃が脅かす。
「脅威なんですよ貴女。うちの精鋭を二人も屠り、副統領まで籠絡してしまった。とんでもない悪女ですね。何人の人生狂わせれば気が済むんです?虫も殺さぬ顔をして」
生温かさが背中一面に広がり、言葉は解れて形にならない。
それなのに体が痛くない。確信に近い違和感を最後に、セラは意識を失った。
***
――おかしい、ヴァキアが来ない。
疑うと同時に声がした。
「――出て来てくださいよ」
ズル、ズル……グシャ。
何かを引き摺る音、それを放り捨てる音――
――まさか。
「そこからでも見えますか?人質を取ってみたんです――」
セラはぐったりと横たわり、苦痛を逃そうと浅い呼吸を繰り返して居る。脇腹に至るまで衣服が赤い。
「貴方のだぁいじな殺し屋さん、止めを刺したら怒ります?」
敵が周囲に目を配る。其の声は笑って居る。人質を取ってモノの様に投げ捨て、此奴は、笑って居る。
「――は?」
目の前が真っ赤になった。
***
徐々に我に返り、身体の感覚が戻った時には矢が尽きて居た。怨敵は脚に矢を受け、セラから離れた所で膝を着いて居る。
――恐れて居たのが馬鹿馬鹿しい。初めからこうしておけば良かった。
手持ちの武器の殆どを投げ付け、気を引いて応急処置をする。
初めから殺しておけば――否、此奴には未だ大仕事が残って居たか。一時でも戦闘不能にして居れば、セラが死の淵を彷徨う事も無かったのだ。
出来得る限りの処置を施し、残って居た馬を使う。目立つ事を避け徒歩を選んだが、今となっては意味など無い。
ぐったりと意識の無いセラを抱え、駿馬に鞭をくれる。
人生最大の敵は、後方へ去って見えなくなった。




