第四十六章 憂世巡り
「ルイ」
気付いている事を悟られないよう、片割れの腕を引く。と、彼も察したようだ。
エミリアの襲撃を躱し、街を出ると家畜小屋が並んでいた。この先は草原が続くが、此処は人が少なく遮蔽物が多い。仕掛けるなら今だ。
付いて来るのは標準的な体格の男。気配からして、場数を踏んだ戦闘員に違いない。
「――剣士」
「承知」
長い外套が振り返り、一呼吸に三本の矢が飛ぶ。その動きが見惚れるほど流麗だ。
矢は音もなく、剣士の頭と胸があった場所を飛び去った。
気付かれた事に気付いた剣士は、矢をやり過ごして顔を上げ、消えたセラを目で探す。普段ならこのまま姿を隠して仕留めに掛かる、でも先の襲撃で手の内が知れているから、別の方法を使わないと。
毒を塗り込めた暗器に手を掛け、はたと止める。敵は障害物をうまく使って、矢をやり過ごしつつ好機を窺っていた。
――もう冷静になってる。これじゃ近付けない。
――ここは家畜小屋。夕刻だから、少しだけど灯りも点いてる。
――火元はある、大丈夫。ルイのことだから合わせてくれる。
片割れと灯火の位置関係を確認し、敢えて乱雑に物音を立て居所を知らせる。弓の射線を外して背中を見せれば、抜刀したまま追い掛けて来た。
――動きも判断も速い。でもこれは、避けられないでしょ。
細い通路を直角に曲がり、鉤付きの縄を使って屋根へ駆け上がる。トップスピードで追って来た剣士は曲がり切れず、積み上げた飼料を刀が破った。
穀類の粉が舞い上がる。
その場に伏せ、固く手を握り締めた。
――お願い、合わせて。
松明をくぐり、矢羽に火を纏った矢が空間を裂く、真っ白な靄が炎に変わる。
――勝った。
ドォンッ……
一瞬にして立った火柱は瞬きの内に消え、代わりに家畜のいななきが地上を満たした。恐怖に支配された動物たちは、扉を蹴破り綱を千切って、我先に逃げ出して通路という通路を埋め尽くす。
――身動きが取れない内に。ルイと決めた目的地は、目と鼻の先。
踵を返す、その刹那。
「――おい、ルイ。一つ教えろ」
青髪の剣士が怒鳴った。矢が飛んで来た方、家畜の澱みの向こう岸へ。
「何故アリスを殺した」
剣士には見えていないはずだが、会話が出来る距離にまで来ていた。ルイは身を隠したまま動かない。
「終戦の為」
「お前それでも副頭領か?!」
「其の刀は何の為だ。没落した王族が何を遺した?奴等の為にどれだけ犠牲が出た。最早情など要らない。そう言う段階だ」
「じゃああの殺し屋は何なんだ。お前、今さら一般人になれると思ってるのか?」
遮るようにチャクラムが飛び、刀が弾く。ぶつかった二つはもう、刃毀れして使い物にならない。
「一つと言った」
「おい待て!答えろ!」
動物が逃げ去り、漸く動けた時にはもう遅い。
「ふざけるな!」
「あーあー、だから隠していたのですよ」
声の主――突然現れた背後の人物を察し、ジュノがさっと青ざめる。
「まさか貴方まで無断出撃とはねえ。少し危なかったのではないですか?」
「……何しに来た」
「何故聞くんですか?処刑ですよ、裏切り者の」
囁いても聞こえる距離で、リネラの頭領は無感情に微笑んでいた。




