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神々のイデア  作者: 花都
ルイ編
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第四十章 兎

 「『白刃』さん、入るね」

 襖越しに声がかかって、一拍あとでエプロンかけたチアラが入って来る。

 メイド服にフリルエプロンとか、考えたヤツ天才じゃねぇのか。かわいさの数値カンストしてるわ。

「包帯替えましょ」

 からのまばゆい笑顔。今日も幸せです。

 

 早く動けとか感覚戻れとか、自分の体をせっつくことしばし。最近やっと立ち歩けるようになった。職務復帰にゃほど遠いが、今はこの辺で満足するっきゃねぇわ。こんなんでも成長成長。

 こんな可愛い子に面倒かけて癪だけどさ。

 

 会う度に思うが、こんなヤツ実在してんのかってぐらい、マジでいい子だ。

 下らねぇコトで鈴転がすみたく笑ってくれて、上流貴族のお嬢サマなのに、俺らにも当たり前に接してくれる。その当たり前がどんだけすげぇか、身に染みて分かってら。

 ちっちゃくて、可愛くて、笑うと陽が差したみてぇにあったかくて。感情表現めちゃくちゃ豊かで、自分がどんな風に見えてんのか全ッ然分かってねぇ。

 その清らかな無防備さが、眩しい。


 俺だけ見ててくんないかな。ウサギみてぇなくるくるの目に、俺だけ映してみてくれんかな。


「どうかした?」


 覗きこんでくる目には、今は俺しか映ってねぇ。

 華奢な手掴まえたらどんな顔すんだろ。

 キスしたら?

 押し倒したら?

「……わり、ボケっとしてた」

 多分声も出せねぇで、見開いた目にすぐ絶望と恐怖がいっぱい溜まって、静かに零れ続けるんだろう。ちょっとは寄せてくれてるんだろう信頼なんかが最悪の返し方されて、もう笑えなくなる。


 嫌だ。そんなチアラ考えたくもねぇ。


「寝すぎて頭まで鈍ってんのかね。なんかシャキッとしねぇのよな」

 煩悩ばっか煩ぇよ。幸せを願うって決めただろうが。

 俺とこの子じゃ住んでる世界が違ぇんだよ。

「ふふ、そんなの当たり前よ。生きてただけで奇跡だもの。みんなのこと、守ってくれてありがとう」

「どしたん、急に改まって」

 勝算なんざハナからねぇわ、黙ってろ。

「お礼、ちゃんと言えてなかったなって思って。エリィやチアラのこと助けてくれたのも、侍女をみんな無事で逃がしてくれたのも『白刃』さんでしょう?ほんとに、ありがとうね」

「や、別に大したコトしてねぇから。正面切って言われるとなんか照れんね」

 真っ直ぐホメてくれんのは、チアラが純粋で無垢だから。めちゃくちゃキレイな女の子なのに、俺なんかが触ったら汚れちまう。

「ふふふ、『白刃』さんは優しい人よ」

「ホメ殺そうとしてる?」

「思ったこと言っただけなのに」

「はは、やめとけって、野郎はすぐ勘違いすんだからさ。そんで悪ぃ男っつーのは、甘いツラして狼なんだぜ。俺みてぇに」

「嘘だぁ」


 ころころ笑う声とか、表情なんかも小動物みたいで、どのツラ下げてか守りてぇとか思っちまう。我ながら図々しすぎて嫌んなるわ。

 俺もドロドロに汚れたクソ狼じゃなくて、牙も爪もねぇふわふわの白ウサギだったら、この子の横に居れたんかね。

 そんなん一ミリも俺じゃねぇわ、とか虚しいツッコミ独りで入れて、思考っつータラタラの未練を意識の底に押し込んだ。


 

    ***


 

 ――最悪、全然ついて行けないんですけど。


 マイはしばし固まったまま、握らされた書状と闖入者を交互に見比べる。

 書状には一分の隙もない行書体で「部下をマイに預ける」旨だけが書かれており、状況のヒントどころか署名すらない。

 使者――と呼ぶ以外にない――の女は三十半ばを過ぎて見えるが、体つきは鞭のようにしなやかで、動きはきびきびと無駄がない。おまけに一言も喋らず、憎しみすら感じる視線でこちらを射抜いて来る。


 ――とりあえず整理しよう。こんな所にまで性格の悪さ出てるし。

 

 使者の様子を見る限り、彼女も説明はされていないらしい。副頭領の部下だったのが突然島流しに遭ったわけだから、怒りの矛先がこちらに向いていても頷けるが。

 

 この恐ろしく短い書で分かるのは、ルイは出奔を隠す気もないと言う事。配下の人を巻き込まないのは、リネラに反逆するつもりはないから。

 個人的な理由で脱走するついでに、部下やマイを混乱させて時間を稼ごうって魂胆だ。個人攻撃を仕掛けて来た辺り、エミリアを恐れているとも取れる。


 ――ルイが個人的に繋がってた、あたしと直接関係ない人達なんだよね。手間掛かるなあ。


 エミリアを出せれば王手を掛けられる。放っておいても良いのだが。


 ――あの人の影響力、どうも未知数なんだよね。舐めてると、あっという間に返り討ちにされちゃう。


 少し悩んで、笑みを作る。

 この人は部下の纏め役のはず。放っておくのは危険すぎる。

「あたしはマイ、アリスの弟子。あなたは?」

「……」

 たっぷり一分は沈黙を挟んで、女は存外柔らかい声を出した。

「カルヴァ。副頭領付きの統括を頼まれていた。宜しく」

 無口で顔にも出ないところは上司にそっくりだ。

 腹の内はどうあれ、一旦は庇護下へ入る事にしたらしい。彼女らにしてみても、下手に事を荒立てたくないのだろう。

「うん、宜しくね」

 お互い弱みを握り合っているんだし、後は不可侵条約でも結べば良い。

 

 覚悟していた諸々の話し合いは、驚くほど和やかに終わった。

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