第三十八章 寒風 後編
同じ頃、セラと分かれ拠点へ戻るルイにも訪客があった。配属された拠点に程近い路地裏だとは言え、移動中の構成員を捕まえるのは至難だ。ならば相応の実力と、理由が有る訳だが。
「ねえ」
立ちはだかった人物に、流石のルイも少々驚いた。
理由は単純、其れが見習いであったから。そして、彼女が此処に居る事自体が、配置及び任務諸々の指示を完全に無視していたからだ。
最も、其れすら彼の表情筋を活動させるには及ばなかったが。
長い茶髪を微風に揺らし、小柄な見習いがにんまりと笑う。
「秘密警察と繋がってるの、ルイなんでしょ」
――此の小娘、ヴァキアに何か仕込まれたな。
既に相手の間合いに入って居る。気配の消し方が殺し屋の其れだ。と成れば、あの男は見習いを嗾けて代理戦争を仕組んで居るか、或いは俺を始末させて、尻尾を切るつもりか。
――見縊られたものだ。
「やっぱ答えてくれないよね。暗殺屋さんに何したら、反応してくれるのかな」
とは言え、彼が此の見習いに空恐ろしさを感じて居るのは事実である。
アリスの見立ては間違っていなかった。
其れは、死神の存在だけではない。
「……あは」
心なしか色の消えた頬を見、小柄な悪魔は滲み出るように笑う。
「ねえ副頭領、力比べしよっか。使えるものは全部使おうよ。懸けるのはお互いの全部ね。あたしが勝ったら――」
意地悪く言葉を切り、にいと笑みを貼り付ける。
「次はあの子、壊れるだけじゃ済まないよ」
――マイの性格上、此の手の脅迫は不自然だ。人格そのものが混ざって来て居る。残り時間は幾許もない。
「……やってみろ。やれるものならな」
短刀を振り抜いてチャクラムを弾き、若葉色の目がうっそりと細くなる。
彼の投げたチャクラムは、狙われた方にとっては突如眼前に現れて見えただろう。巧妙に隠しては居ても、互いに汗が伝って居るのは言うまでもない。
「んー、今は退きかな。あなたより、暗殺屋さんを狙った方が堪えそう」
──中距離未満の接近戦では、圧倒的に俺が不利。
普通の人間ならば一射で仕留められるが、生憎この見習いは違う。其の上、この状況を見込んでの完全武装だ。矢で磔にして動きを封じる手は一度使って居るし、此奴の鞭に対抗するのは相当苦しい。
今エミリアが出れば打つ手が無い。
アリスとアークを殺した事が知られて居る以上、何の道切り替わってでも襲って来る。此処は退かせ、稼いだ時間で外堀から封じるべきだろう。
──不死ひとつで勝てると思うな。
──エミリア。
***
――やっと見つけた。
心音が捲し立てる。
――ルイがあの殺し屋と繋がってたんだ。だから誰も止められなかった。
アリスとアークが殺された時、ヴァキアはシャルロット襲撃で負傷して昏睡状態だった。そういう緊急事態には、普段以上に権力が集中する。それを狙った。
――許せない。殺し屋から消してやる。
頭の中で声が言う。
その主はマイか、エミリアか、何れにせよ今の彼女はまるで奴隷だ。
殺し屋の居所は一度掴んでいる。部下には追跡の得意な人間もいる。そう難しい事ではない。
心配そうな顔を作って、親戚の娘が家出したとでも言えば、大抵の人は快く情報を提供してくれた。マイは平凡な町娘に見えるし、三年もリネラにいれば、自ずと裏道にも詳しくなる。
そうして辿り着いたのが、この骨董品屋だった。店にありがちな造りで、一階が店舗、二階が住居になっている。ごく普通の個人経営店なだけに、人を匿っても見つかりづらい。実際に、秘密警察の人間は旅人に扮し、そうやって渡り歩く事も多いと聞く。
ほど近い宿に泊まり込み、標的の帰還を待つ事数日。東の空が白む頃、俄かに建物が騒然となった。
「……あちゃー」
――嵌められたな、これ。
「観念しろ、この悪魔!」
抜き身の刀を手に怒鳴り込んで来た男、以下およそ五名。気配からして、建物を囲って更に十余名。
「ここ自警団強いんだよね。あたし近接苦手なんだけどな」
――あはっ
頭の中で何かが笑う。
激流の中へ倒れ込むように、マイは囁きに身を任せた。
「ふふ……あはははは」
距離を取りざま、長大な鞭で牙突を放ち、腹を貫いて刀を奪う。一人を死体ごと階下へ蹴落とし、背後からの突きを逸らして数合打ち合う。袈裟斬りにされながら動脈を断ち斬り、左右の肩が泣き別れたまま残り二名も始末する。階段を駆け上がって来る増援を察知し、三角跳びで頭上から奇襲。
ものの三十秒で、戦える人間はいなくなった。
それから、マイも。
「あははははっ、うふふ、あははははははは」
狂ったように笑いながら、血をすくってごくりと飲み干す。
「勝ったつもり?これで勝ったつもりなの?!あはは馬鹿みたい!あはははははははっ」
マイでもエミリアでもない『何か』は高笑いしたまま、民草には目もくれずに姿を消した。




