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神々のイデア  作者: 花都
ルイ編
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第三十七章 劣等 後編

 俺が奥方様の屋敷近くに棲みついたのは、残飯だか生ゴミだかにありつくためだった。食べ物が貴重なヤツほどゴミにしねぇから、飽きるほど食えるヤツにくっついてれば、食いっぱぐれもしねぇと思ったからだ。比例して、迫害される可能性も上がってくけど。


 奥方様の使者とか言うヤツが来た時は殺処分だと思ったし、出所のよく分からん武器で――ありゃ、短剣だったっけか――どーにか逃げようとした。

 まあ無駄だったけどさ。

 けど意外なコトに、思ったより丁寧に扱われて地下に入れられた。おおかた人体実験だろうと思ったが、まあ間違っちゃいなかったな。何を思ったかあの人、俺みてぇなんを百人ぐれぇ集めて来て、寝食与える代わりに武技を叩き込んだ。そんでしばらく経った時、上位二十人だけ召し抱えるっつった。

 何が起こったかは、誰でも分かるだろう。俺も含め、相手を蹴落として生き残って来たヤツらだ。同じ釜の飯食ったぐらいで、同胞ごっこ出来るワケもねぇ。

 八十人死ぬまで、地下中が血と断末魔の海だった。

 そんな状況にした挙げ句、武器とか食料とか無限に供給して来た奥方様も、結構悪趣味なトコあるよな。

 

 その頃気付いたんだが、拾われてから二十人になるまで、出されてた食料には全部毒が混ぜられてた。っつっても、それぞれが致死量には全然届かねぇぐらいだったけどさ。そういや、たまに刺されてもねぇのに死んでるヤツもいたっけか。


 そんなこんなで二十人になって、全員召し抱えるって伝達が来た。軍部の新米がやるよーな雑用とかやり出して、そんで今度は盛られる毒が増えた。それまでほとんど気付かなかったけど、眩暈したり吐いたりする時もあった。

 誰が何に弱いとか強いとか、どんぐらい耐えられるとか、全部記録取ってたんだろな。そっから結局、十五人死んだ。


 スラムの餓鬼百人の中で、トップレベルに図太くて凶暴なヤツらが残った。

 俺らは奥方様に忠誠誓って、あの人の陰の手足になった。つっても強制されたワケでも、騙されたワケでもねぇ。

 働きゃ寝食どころか、一生食うに困らねぇ給料を保障する。貴族どもの私欲で成り立ってる紛争を終わらして、誰も飢えねぇ国にする。奥方様はそう約束したし、宣言したら破らねぇ人なんはこれまで見て分かってた。バレたら尻尾切られるとしても、権力握ったクソダヌキどもを殺すってんで、復讐っつー意味でも丁度よかった。


 そっからは早かった。奥方様は俺らも捨て駒にしねぇで、ちゃんと武官みたく扱ってくれた。政治とかを知れば知るほど血を金に変えるクズが多すぎて、命令を傘に斬って斬って斬りまくった。

 だいぶ過激な自覚はしてる。死ねばいいって思ったヤツをマジで全員殺すなんざ、奥方様も俺らもイカレてる。

 けど、別の道とか考える気にもなれねぇわ。そーゆーヤツらは生きてるっつーだけで卑怯だし、俺は奥方様の盾で、矛だ。何回やり直そうが同じ道を選ぶし、この心臓が止まるまで、俺は武器であり続ける。


     ***


「……はあっ……はあっ……はあ……っ」

 跳ね起きるみてぇに覚醒したらしく、なんか知らねぇが全身痛ぇ。うなされて色々口走った記憶はあるが、長らく声出してなかったせいか音になったんは息切れだけだ。


 生きてる。……ミモザか?

 

 いつもならすぐすっ飛んでくる、平和ボケした年増を目で探す。起きあがって探そうにも、片手動かしただけで疲れ切っちまった。

 こりゃ相当動いてねぇな。二ヵ月近く寝てた時でももうちょい動けた。

 

 ……二ヵ月?何の時だ?ってか俺、今何歳(いくつ)だっけ。

 

 さっき見た左手の包帯も、なんかいつもと違った気がする。

 丁寧っつか、何つうか。神経質な奴が巻いたみてぇな。ミモザは結構ガサツだし。マァ、五人もヤンチャ坊主の世話してりゃ、細けぇトコにもこだわってられんだろ。自分で言うのもアレだが、俺ら初めの頃マジでヤバかったしな。

 ……やめとこ。ガキん時の黒歴史とか無限にあるわ。


 にしても、俺何で死にかけてんだっけ。いつもんトコで呑気に寝てたっつー時点で、奥方様は無事だし別にいーけどさ。けど俺、何かすげぇ大事なモン忘れてる気がする。


 

 ちっちゃくてふわふわした、はちみつみてぇな髪色の女の子、とか。

 

 くりくりの目に涙いっぱい貯めて、俺らなんかの心配してくれる子。俺が怪我ばっかするモンで、心配とか、寝ずの番とか、苦労ばっかさせちまってる子。

 たしか、すっげぇ腕のいい医術師だった。怪我する度に、包帯とかきっちり巻いてくれて。

 ミモザと入れ替わりで来たよな、あの子。初めはけっこう俺らのコト怖がってたっけ。話しかけたらピクって飛び上がるのが可愛くて、脅かして遊んでたらエリアナにキレられた。

 我ながらガキすぎんだろ、マジで。

 

 てか、ソレはどうでも良くてだな。チアラは普通の女の子だしいいとして、将軍家の令嬢やってるエリアナまでピリついてたのが気になる。どっちもだけど、別にスラムの出だからってだけで差別するような子じゃねぇ。

 つーか、なんでミモザが抜けたんだっけ。


 

 ……なんでじゃねぇ、覚えてる。

 

 鈍りきった頭が、俺の内側のどっか柔らかいとこに刺さったままの楔に触れた。


 死んでも忘れねぇ。

 ミモザは殺された。息子同然の『雷』に。


 黒い感情が腹で吹き荒れ――

 ――情けねぇコトに、なけなしの体力を使い果たした俺は気絶した。


    ***


 次に目覚めたんは、水飲まされてる最中だった。

 湿らせた布巾を絞ってた手がだらんと落ちて、チアラのルビーみたいな目が瞬く間に潤んでく。

「……白、刃、さん……っ」

「あー……」

 良かった、いちおう声は出る。

「ごめんな、本当」

 一言喋るだけで苦しいとかマジかよ。

「……ごめん」

「……ほんとにそうよ。なにやってるの……」

「ごめん」

 あのまま死んだと思ってた。留鸚の木偶に手も足も出ねぇで、そのまま殺される。そんでウチの将軍がトラス軍片して、クーデターは全部終わって。俺の死体も片されて、その後で侍女が戻って来る。

 見つかりやしねぇと思ってた。俺はこの子から逃げたかった。

 敵の血を被って、誰のかも分からん腸の中で死んでるのを――俺の一番悍ましくて汚ねぇトコを、見せたくなかった。

 

 汚ぇトコを、仕事を。 ……ああ、そうか、戦場を見せたくなかったのか。


 戦場も、スラムも、俺の世界は人間のクソみてぇな部分の塊だ。憎しみっつーモンを知らねぇまっすぐなこの子の前でぐらい、ただの賑やかなヤツでいたかった。薄々バレてるにしても、実感とか関わりのない、どっか遠い世界の出来事であって欲しかった。

 

 この子はけっこう強いし、守られるだけの繊細なお姫様じゃねぇってのも分かりきってる。けど、チアラが生きてる世界――医術とか、そーゆー人助けと真逆の場所だけは見せたくなかった。一切合切、ただの俺のエゴだとしても。

 

「なんで」

 細い喉がひゅっとしゃくり上げて、小さい手が涙を拭う。

 それでも絶対目を逸さねぇ。そーゆートコが、本当にすげぇ。

「なんで、あんなことしたの?」

「……ごめんな」

 さすがに誤魔化すのは不誠実だろうな。

「すげぇ……ロクでもねぇ理由だけどさ」

「ちがう、チアラ怒ってるの。チアラは……あなたが」

 遮ったチアラは小刻みに震えてる。

「自分のことを数えてないから怒ってるの!なんで数に入れないの!なんで自分のこと、そうやっていつもいつも雑に扱うの⁈なんで捨てられるものに自分を入れるの⁈……なんで」

 下向いたチアラのスカートに、真珠みてぇな雫が落ちる。

「周りの人がいること、考えられないの?悲しむかなって、なんで思えないの?」

 

 これこそ知らねぇ世界だった。

 

「思い上がらないでよ!それで助けられてもなんにも嬉しくない!」

「ごめん」

「ばかっ!」

「……ごめん」

「今の『白刃』さんには仲間がいるの!奥方様だって、エリィだって、……チアラだって」

 薄化粧の目元真っ赤にして、ぐすっと鼻を鳴らす。

「いなくなっちゃったら、悲しいでしょ……」

 こーやって誰か泣いてくれんのって、すっげぇ幸せなコトなんだよな。自分の内側にいねぇ、興味ねぇヤツだったら、泣くほど心配するなんざ出来るわけねぇ。

 貧民街出ても何も変わってなかった。俺はマジで最低だった。

「…………ごめんな。何も見えてなかった」

「ほんと。何も見えてない」

「ごめん。……もう()()()()から」

「やらないって、言ってくれないのね」

「本当ごめんな。俺は、そゆ時のために、いるんよ」

 やべ、息切れてきた。そろそろ喋れんくなりそ。

「知ってるわ」

「ん」

「チアラのわがままだもの」

「大事なコトだろ。俺が、外道っつーだけ」

 長いまつ毛が、不満そーに持ち上がる。

「外道なんて言わないで。奥方様を、ずっと支えてきてくれたんでしょ」

「そんな、ご大層なヤツじゃ、ねぇよ」

 謙遜じゃねぇ。貢献してても結果論だし、俺は指示を言い訳に暴れてただけだ。生まれた場所に胡坐かいてふんぞり返る、貴族ってヤツらが腹の底から憎かった。……今でも、ほとんどのヤツは憎い。

「別に大義とかねぇよ。荒れてただけだ」

 喋りやすいように横向いて、息整える。つか何で喋ってるだけで全力疾走並みに息上がってんだよ。シャンとしろ俺の体。

「でも、助けてくれたわ。エリィのことも、侍女たちのことも、……チアラのことも」

「気まぐれでな。俺はチアラが思ってるよーな……デキたヤツじゃねぇよ」

 貰い慣れてるから、貰ったモンを素直に受け取れる。そーゆートコまで俺とは真逆だ。

「消毒しましょうか。まだ治りきってない傷もあって。左肩は、傷自体は大きくないから塞がってはいるんだけど、場所が、その……動かしにくくなってると思うの。ごめんね。うまくできなくて……体だいじなのに」

「イヤ何で謝んだよ、俺死ぬ気だったんだぜ?蘇生してくれたん、チアラだろ。あとエリアナと」

 マジで本心だ。チアラが謝る理由とかあるワケねぇし、なんなら謝んのはそんなカオさせちまった俺だろ。つーかチアラは殴っていいし、俺は土下座していい。

「うん……」

 曖昧な返事だけして、包帯を外してくれる。あん時は全然気づかんかったけど、腕の傷でも十針以上縫うレベルだったらしい。

「や……コレ、しばらく起きれもしねぇかも」

 何秒か上げといただけで、もう腕震えてきてるわ。仕事しろ筋肉。

「そんなの当たり前でしょ?生き残るかどうかの瀬戸際だったもの。これから戻していけばいいわ」

 何がウケたか分からんが、チアラはくすくす笑い出した。

 屈託ナシで笑うの自体、久しぶりなんだろな。アネモネとか鈴蘭みてぇな、かわいい笑顔。

 

 

 生まれて初めて、貴族になりてぇなってちょっと思った。

 俺らは待遇が同じっつーだけで、真っ当な上級武官はちゃんと貴族位持ってる。上流貴族のチアラとかエリィにも、見劣りしねぇ高ぇ家柄。

 教養とかちゃんとしてんだろうな。槍働きじゃ負けなかったが、ソレで勝ち取れねぇモンは絶対ぇある。

 ぶっちゃけ俺みてぇなヤツ、平和になったら用済みだ。奥方様なら置いといてくれるんだろうが、体力以外取り柄ねぇってのはそーゆーこった。

「……ありがとな。あと悪りぃ、『紅』とかいたら呼んでくれねぇ?起きてるうちに色々喋りてぇんだが、立てねぇもんで」

「ふふ、そんなの謝らなくていいのに。チアラ、はずした方がいい?」

 あー、かわいい。なんかこの子の笑顔で浄化されるわ。そろそろ消えてなくなるわ。

「や?むしろヒマだったら聞いててくれね?エリアナと二人いてくれたら助かるわ」


 

 『闇夜』と『炎』は留守なんで、とりあえず『紅』とは俺が抜けた分の話をする。さすがにもう戦えねぇだろうし、『炎』が出てカバー出来る分も限界がある。増員も考えたけど、結局は今いる連中でやり繰りした方が効率いいってんで、例の無敵なオッサン――将軍のイジュンが屋敷に詰めるコトになった。正式な移動の前に、発案者のエリアナが親父さんに話通しといてくれるらしい。

 俺のせいで色々ゴタついてんのに、寝てるだけってのもな。と思ったけどマジ動けねぇし。

 一応チアラの見立てでは生活出来るぐれぇまで回復するらしいんで、動け次第諜報だけやるけど。何かあっても何も出来ねぇっつーのがな。まぁいねぇよりマシだけどさ。

 

 諸々がどーにか一段落ついて、俺はまたトロトロ眠り込んだ。

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