第三十四章 膿 前編
仇の分身たる人間を滅すべく、マイとスアラを蝕む化け物にも過去がある。
それも、気が遠くなるほど永い過去が。
二つに裂かれ悪意で染まり切った死の女神リアは、神代以来数千年、何度でも蘇っては倒され、倒されてはまた滅ぼしに来た。
つまりマイとスアラの前には、何百という宿主が存在したのだ。
内乱が起こったのは彼女らの一つ前、いわば先代死神の頃。
一般にはあまり知られていないが、彼女は頭が切れたとされる。
紛争を起こした真犯人は、ナナァの参謀であった先代リリア。
彼女は幼少より女王の側近く仕え、天敵である生の神の一族が、王族なのだと知っていた。
彼女らが代々親族ばかりで子を成したのは、その力を失わぬためとも。
一人では、或いは人心が離れれば、とても死神に勝てぬことも。
半分以下に血の薄まった王族は、もはや餌でしかないことも。
リリアに思考を侵された彼女は、干魃が予期された時、イデア全土の作物を、探せる限り枯らし尽くした。
そして嘘を撒いた。
この飢えは人災である。この渇きは人災である。予期していながら、糧食を枯らした王家が招いた災いなのだと……。
飢えて冷静さを欠いた民によって、噂は尾鰭がついて拡大した。
王族は大悪人になった。ナナァは民を見殺しに、贅をすする最悪の愚帝になった。
紛争が起き、人が死んだ。
ディグミアは他神の創り出すものを具現化し、命を与えられる。そうして死神に力を失わせ、果ては封印すらやってのける。
他神――人々に協力する意志がなければ、何も出来はしない。
そして天敵はいなくなった。
王族は捕らえられ死んでいった。
宿主はいなくなった。
死人の山をつくり出し、リリアはもっと強くなった。
誰ひとり対抗出来ぬかと思われた矢先、生まれもって頑丈とは言えなかったリリアの器は、とうとう負荷に耐えかねた。
彼女は衰弱し、生命力を吸われて木乃伊のように死んだ。
同時期に現れたエミリアは、己の中の怪物を厭い、岩壁に雪の積もる北部の山奥へ逃げ込んだ。
静かに餓死を望んだものの、ついに暴走し、送り込まれた王族の刺客に封じられた。
その刺客どもも、百姓一揆に首を取られた。
――「お前にしか頼れない、頼む。この国を、守ってくれ」
積み上げて来たものを否定され、完膚なきまでに潰されてなお、ナナァは敵と化した民のために戦い続けた。
商人を取り纏める者を呼び、裏切れ、と言った。
妾にそむき、新政府をつくれ。
商いは人々の要、そのお前だけは敵になるな、お前だけは光であれ。民を導き、守り、見張っていろ。
貴族の暴虐を許すな。富裕層の横暴を許すな。暴力に頼る統治を忌め。
そのために、お前は妾に弓を引くのだ。
その者は膝を着き、涙を流して平伏した。
――「御心のままに」
そして頭をしていた商業連合を発展させ、利に聡い貴族どもを取り込んで統治組織へ発展させた。
その名を、ゼセロと言う。
神代の言葉で商いと言う。
商いをもって、民を豊かに、荒れた国を再び育てようと言うのである。
側近の肩を痛いほど掴んだ、誇り高き最後の女王は、その功績を伝えられる事なく消えていった。
今はただ、国を荒らし尽くした大罪人とのみ記憶されている。




