第三十一章 脊髄 後編
シャルロット邸の地下通路は蜘蛛の巣に似ている。複雑な道筋や隠し扉などに加え、現在はクーデターに対抗すべく多量に罠が張られているため、よく知らぬ者が立ち入れば戻っては来られないだろう。
その何処かにある階段を、一人昇る男がいた。年の頃は四、五十代、鍛え上げられた肉体に鉄槍を持ち、同じく武人らしき若者を担ぎ上げている。
「おーいエリィ、いるか?」
幾らか上がると天井に扉が現れる。巧妙に偽装されてはいるが、例の如く彼のノックであちこち凹んだ。
「――いい加減にしてよ父上、力加減くらい覚えて」
鬱陶しそうに扉を開けたのは、長い黒髪の若いメイド。纏う洋装の給仕服で、副侍女頭のエリアナと分かる。
「頼まれた通り回収して来たが、正直起きるか分からんぞ。チアラ嬢もいるか?」
「いるわ、右の部屋まで運んで。止血終わってるわよね?」
「やっちゃいるが効果は微妙だ、血が出すぎとる。左肩と脇腹に深手がある」
「リネラの時のも治ってなかったのよ。ほんっと、馬鹿にもほどがあるわ!」
泣きそうな顔で悪態を吐きながら、寝台に下ろされた『白刃』の傷を検める。
「俺に出来るのはここまでだ。後は頼んだぞ、我が娘」
「言われなくたってやるわよ。いっつもいっつもチアのこと泣かせやがって、起きなかったら殺してやるんだから!」
「思い詰めるんじゃない」
泣き叫ぶ勢いのエリアナの肩を、幼い子にするようにごく軽く叩く。
「体には気を付けろよ。チアラ嬢もな」
「・・・ぐだぐだ言ってないで仕事しなさいよバカ親父。分かってるってば」
あくまで突き放す娘に対し、イジュンは乾いた笑い声を立てた。
「頼もしいな。お言葉に甘えるとしよう」
将軍は通路へ戻り、扉を閉める。
現実は、平等とか公平なんてものが嫌いらしい。もう一つの戦いは、涙声と共に幕を開けた。




