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神々のイデア  作者: 花都
クーデター編
37/70

毒を食むII 前編

 吐血。

 

 頽れる男の喉の奥で、血溜まりがガボガボ鳴る。

 

「何だよ」

 心底つまらなさそうに、イムルが吐き捨てる。

 片鎌槍の穂先が、金髪の青年の肩口を裂く。

 剣士の断末魔は悲鳴にもならず、吐く力もない己の血で、静かに窒息していくのみ。

 

「くっだらねえんだよ、どいつもこいつも。てめえの武器は死んでも離すなって、お師匠様とやらに習わなかったのか?半人前の癖に偉っそうにしゃしゃり出て来んじゃねえよ!教え子がこんな気障な野郎じゃ、どうせ師匠もロクでもねえな!」

 感情のまま、整った顔を槍が引き裂いて血を飛ばす。

 濃い灰色の外套は、惨状を写し取ったように真っ赤だ。

「いいか?ここでやってんのは殺し合いだ。それすら分かってねえんだろ?死に際までナメた喋り方しやがって、なり損ないの癖に役者でも気取ってんのか⁈散り際のロマンだなんだってのは、戦場に持ち込むもんじゃねえんだよ!」

 てめえごときが現場指揮官とか抜かすんじゃねえだろうな。

 止めどなく悪態を吐くが、セシル軍の分隊長は折れた三本の剣に囲まれて動かなくなっている。

 

 イムルはまた舌打ちした。

「生齧りが予備持つから、雑な攻撃しか出来ねえんだよ。・・・クッソ不味い仕事だぜ。外套ばっか汚れやがる」

 

 

 屋敷の一角を占拠していたセシル軍が制圧されたのは、秘密警察突入から僅か十六分後のことであった。

 

    ***

 

 ───まずいまずいまずいまずい!


「アリーの班も行って!あたしとチアも隠れるから」

 

 同じ頃、シャルロット邸も既に戦場だった。

 ───ふざけてるわけ?最短で半月は掛かるって、プロの予測なのよ⁈

 嫌な汗が止まらない。トラスは多分、ずっとずっとぼんくらな振りをしてた。現状こそが敵の正体。

 ───なんて役者なのよ。奥方様も『五本槍』も欺くなんて、とんでもない食わせ者じゃない!

 展開速度を見るに、兵の練度も現『五柱』の軍事派に引けを取らない。せめてあと十五分はないと、誰一人逃げられない。

 

 近付く足音。思い切りクレシェンドの掛かった絶望の響きに、壁も床も揺れだした。

 

 ───最っ悪、これじゃ本当に間に合わないわよ。大手門から来たんじゃないわけ⁈

 

「プラン八で行くわよ。逃げ道分かってるわよね」

 半身になって、横目で親友を確認する。

 チアラは血相を変えた。

「馬鹿なこと言わないで!エリィとじゃなきゃ、ぜったい行かない!」

「馬鹿はあんたよ」

 今まで出したこともない、氷みたいに冷たい声。

「自分のことすら守れないのに、残ったって邪魔なだけだわ」

「エリィは・・・」

「うるっさいわね!あたし一人なら何とかなるって言ってんのよ‼︎」

 

 ───余計なこと言わないでよ。バレちゃうじゃない。

 

「・・・わがまま言ってごめんね。ぜったい無事で、もどってきて」

「あたりまえじゃないの!将軍家を舐めるんじゃないわ!」

「・・・エリィ、チアラね───」

「とろくさいわね、来ちゃうじゃないの」

 

 一呼吸。

 悔いはない。こうして選んで、綺麗な気持ちで散れるだけ幸せ。

 

 

 ───一人が持ってる幸せの総数は、決まってるんだって思ってる。

 

 隠し扉が音もなく閉まる。掛け金もかかったはず。

 もう、逃げ道はただの壁。

 

 あたしの幼少期は幸せだった。明るくて豪胆な父上と、陽気な使用人たちと暮らす日々。毎日毎日、淑女教育をすっぽかして稽古場やら厨房やらに入り浸って、それを父上は咎めるでもなく稽古をつけてくれて。一人で出来ることが増えていくのが、本当に楽しかった。

 

 次はあの子の番。

 

 両の足を踏ん張り、重心を若干だけ前にして肩の力を抜く。両の拳を軽く握る。基本かつ最も得意な、中段の構えだ。

 

 父・イジュンの言葉が蘇る。

『将軍は兵に守られるんじゃない。命に代えても彼らを守るためにいる。それがあってこそ、兵は命懸けで戦うわけだな。二つが揃って初めて、一個の組織として成り立つってものだ。エリィも将軍家の息女なら、これだけは覚えておくがいい』

 ───部下や親友に手出しはさせない。あたしだって将軍家、父上の娘。女でも、家を継がなくても、「奉公」の解釈は武人と変わらない。あたしの犠牲は無駄じゃない。

 そうよね、父上。

 

「・・・舐めないでよね」

 振われる敵の刀が光る。よく手入れされた上物だ。

 

 振り上げからの斬撃を、近間に入って無効化。

 一歩引きつつ返す刀を二歩詰めて乱し、脇腹に鉤突き。

 エリィの攻撃を前のめりに躱し、反撃の突きを放って来た右手に手刀を振り下ろす。

 距離を取って、止めていた息を整える。

 

 ───いける、大丈夫。こんな相手なら・・・!


 駆け出した瞬間。

「───え?」

 身体が空を滑る。強かに背を打ち付けて肺の空気が叩き出され、こっちは息が止まってるのに、容赦なく真剣が伸びる。

 

 ───まずい、足払い!

 

 首を狙った一撃から、伏せて転がってどうにか逃げる。次はない。

 こんな状況なのに、舌はやたら鮮やかに味覚を主張してくる。

 

 敗北の味と己の血。


 幸せの総数は決まってる。

 じゃなきゃチアラが報われない。

 

 ───ああ、お終いね。大口叩いたくせに遅滞戦闘も出来ないんだ、あたし。

 ───みっともな。ほんと、馬鹿みたい。

 ───せめて目だけは閉じてやるもんか。

 迫る真剣、迫る死。見開いた目には流星のようで。

 

 

 ザシュッ

 

 目線を跳ね上げた先には、血の滴る白い刃。

 身を起こしたエリィを庇うように、槍の柄が伸びやかに行手を阻んでいる。

「アホか。お前ぐれぇで太刀打ち出来んなら『五本槍』(俺ら)いらねぇだろ」

 やたらとチャラい短髪。耳でピアスがジャラジャラ言ってる。

 毎度毎度、女の前でいい格好して、でもボロが透けて見えるところ。

 

 刺客が背骨を見せて倒れている。

 

「・・・っ『白刃』じゃない!タラシが背中で語るんじゃないわよ‼︎」

「こっわ!何で急に暴言⁈俺今助けたんだけど!って、んな事言って泣いてんじゃねぇか。よしよし怖かっ

「奥方様はどうしたのよ!職務怠慢‼︎」

 床をべしべし叩いて激怒。こんな奴に助けられるなんて耐えられない!なんで、よりによって残ってるのがこいつなのよ!なんで『紅』じゃないのよ!最低限、あいつならこんな事言わないわよ‼︎

「おー恐ぇ、縛り上げたんエリィじゃねぇか。ってか命の恩人に吐く台詞じゃねぇよ、酷ぇな!てめぇがさっさと逃げやがれ!」

「うるさいうるさい!無駄口叩いてる暇があるなら、さっさと騒ぎ収めなさいよね!」

「ったく口の減らねぇ嬢ちゃんだな。分かってらそれぐらい」

「誰が嬢ちゃんよ!」

「ハイハイハイわーったよ姐さん。───怪我してねぇ?立てる?」


 こめかみで何かブチっと言った。

 

 なんでサラッと手なんか取るのよ、このタラシ‼︎

「大っ嫌いよそう言うとこ!無駄にイケメン発揮しないでくれる⁈」

「無駄にって何だ無駄にって!俺はフツーにイケメンだっての・・・立てよ。逃げねぇの?」

 絶叫に仰反ったタラシが呆れる。

「・・・・・・挫いたのよ」

「んじゃさっさと言えや・・・」

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