第二十八章 毒を食むⅠ (前編)
ルイの血を拭いて部屋を出たヴァキアは、唐突な人の気配に振り返った。
「・・・聞きましたか?」
視線の先で、柔らかな金髪の女が寂しげに笑う。
「いいえ?何のことかしら」
「・・・・・・」
「移動の準備が出来たから、そう言いにに来ただけよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「ええ」
ラベンダー色のパンプスが踵を返す。
「───秘密会議の盗み聞きなんて、しないわ。するわけないじゃない」
普段通りに笑うビオラの頬に、細い筋が這う。
澄んだ水晶玉に亀裂が走った。
***
所変わってクーデター現場、トラスの屋敷。
その裏門。
泣き叫び、或いは狼狽え、また血を流しながら、我先にと押し合って吐き出される人々。巻き込まれ逃げ惑う者たちはほとんどが侍女で、中には側仕えの子どもまでいる。
それを見つめる皆の表情は険しい。
「・・・モンドとライダンは正面突破。俺は左。リアンは首領に付いて右から回り込め。怪我人はそっちに送る。全員、目的はコイツらを無事逃す事。元気が有り余ってる馬鹿共を間引いとけ」
建物を睨むイムルが指示を出す。
「了解」
「分かった」
首領に視線を移すと、上司は微かに頷いた。
「絶対に無茶をするな。人死を出し、戦力を減らす事は許さん。以上だ。作戦開始!」
ぱっと構成員が散る。側で見ている者があれば消えたように見えたろう。
直後。
イムルは駆け、駆けながら状況を予測する。
全くいない見張り、散らかされた武具。絶え間ない女の悲鳴とくぐもった泣き声。
室内の状態は考えるまでもない、この分では骨のある奴もいないだろう。
余計憂鬱だ。
───完全に裏路地じゃねえか。お高く止まって気取ってるくせに、貴族ってな連中もつくづく雑魚だ。
縁側に飛び乗りつつ、空中で片鎌槍を繰り出す。
鈍色の切先が、侍女を押さえ付ける雑兵のこめかみを貫いた。
悲鳴も聞かずに顔を上げるも、今のが一番マシだったのだと気付くのみ。
「ったく、お留守番の女共が見たら泣くな」
呆れて呟く。
と、脚元で泣き噦る侍女に目を止めた。
「おい」
恐怖のあまり放心状態の娘に掴み掛かる。
「てめえら誰付きだ」
「ぁ・・・や・・・うあぁぁあぁ・・・・・・!」
手首を掴まれ暴れる侍女。腰が抜けたか、力が入らず何の抵抗にもなっていない。
「答えろっつってんだろ。・・・チッ、俺こう言うの向いてねえ。侍女共の衣装まで覚えとけってか?」
女の右手首には赤紫色の痣が浮き上がって来たが、イムルは恐らく見てもいない。
「首領か阿呆共探さねえと。聞き込み一つ出来やしねえ」
改めて見渡すも、目に映るはトラウマ級の恐怖と下らない快楽。
低い士気を上げる為、兵を仕向けた者───転がる腕章から、ダリアンの息子セシル───はこれを許したのだろう。イムルに言わせれば、皆変わらぬ『堕ち切ったクソ共』。
深々と溜息を吐く。
僅かの楽しみも気力もない。
武器も鎧も放った馬鹿共が、己の相手になるとは思えない。
「クソつまんねえ、今日の仕事は蹂躙ってか」
───ま、久しぶりっちゃあ久しぶりだな。
槍が妖しく揺れる。
慌てて武具を手探る雑魚など、その眼中にはない。
そして、三分後。
満ちる怒号と啜り泣きは、一面の猩々緋と金切り声に変わっていた。




