表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々のイデア  作者: 花都
クーデター編
32/70

第二十七章 泡沫夢幻(中編)

「どう言う積りか教えて貰おうか」

 ルイが睨むのに構おうともせず、頭領は笑みを崩さない。

「言うまでもなくご存知では?」

 頭領はあくまで笑顔。だが珍しく開いた目は怒気を孕み、当然一切笑って居ない。

「無様な格好ですね。貴方が払った犠牲はそれだけですか」

 折れた左手に目をやり、ヴァキアが皮肉にせせら笑う。

「僕が眠っていた間、随分と勝手を働いてくれましたね。お陰で情報の要もリネラの信条も抹殺されてしまった」

「裏切り者は処刑が掟だ。貴様の発言だぞ」

「ええ。だから僕は、最優先でここへ来たのですよ。無論意味は分かりますよね?」

 あからさまに不機嫌なルイを軽く去なし、頭領がまた笑う。

 首を傾げる。明らかな挑発。

「聞くまでも無い。貴様こそ知って居るだろう」

「ええ。野暮でしたね、相手が相手ですから。───では、答え合わせをしましょうか。まずアークの裏切りについて、結論から言うと僕は黙認していました。あちら側とは言え二重間諜でしたから。どの道時が来れば『五本槍』に殺される身ですし、ならばそれまでは『五柱』最有力幹部とパイプを繋げておいた方が賢明でしょう。気づかないとはルイらしくありませんね。・・・ああ、後ろ暗いところがあるからでしたね。貴方にも」

「今日はベラベラと良く喋るな」

 ルイが唇の片端を吊り上げる。ヴァキアはうっすらと嘲笑を浮かべた。

「シャルロット襲撃を急遽早めたのも、彼の配置を決めなかったのもそれゆえです。何を企んでいるか知りたかったので。そもそも今、シャルロットが死んでいない時点でおかしいんですよ。僕は彼女の左肩を、骨に至るまで斬りました。蛇毒の耐性などあるはずがない。あの状態でなら、即死だったとしてもおかしくありません。にも関わらず彼女は生きている」

 頭領が息を吸う。

「ここまで来れば、どれほどの盆暗でも分かるでしょう。後は簡単です。内通によって、利を得る者を探せばいい」

 切先が喉の柔らかい皮膚をごく僅か凹ませ、薄らと血が滲む。

 だがルイは笑った。此れまで誰も聞いたことのないであろう、笑い声まで立てて。

「傍若無人は貴様だろう。俺に利など無い」

 薄い唇を歪め、まだ笑う。

「本当に滑稽だな!俺に幾度も、理に囚われるなと説教したのは貴様だろうが!」

 

 本来なら、頭領は此処で気付くべきだったのだ。彼が此れ程はっきりと感情を顕にした事に。その意味に。

 

「・・・利があらずとも」

 頭領は低い声で言った。

「明白です。証拠は売るほどある」

 其の口元は微塵も笑って居無い。

「本部、支部が同時に割れたこと。それぞれに待機している戦力まで、秘密警察が知っていたこと。内部からの情報なしに、特定するのはまず不可能です」

「ほう?」

 吊り上がった唇から白い歯が覗いて居る。

「アリスに移動を指示したのは貴方でしょう?アーク一人で足りる仕事にわざわざアリスまで呼びつけて、二人でデマ拡散と緑翔草の交渉に当たらせた」

 苦虫を噛み潰し、ヴァキアは続ける。

「そしてその先で、主戦力の二人に襲われ亡くなっています。───ご存じですよね?アリスが───」

 言葉を切る。ルイを睨む。息を吸う。

 

 そして───

 

 

    ***

 

 諜報員に怪我をさせ、取り逃がした日を含めても、二日も経たぬうちに追手が掛かった。

 死にたくない。見つかったら殺される。リネラに勝てる訳がない。

 生きたい。何がなんでも生きたい。世界中から害虫みたいに扱われて、自分が人間だって信じられないまま、蝿の集る生ゴミになるなんて。

 人でありたい。人らしく生きたい。

 優しく、楽しく、笑って生きたい。

 

 だから私は、その手を取った。彼と二人で生き延びられると思っていた。

 甘かった。甘過ぎた。駆け引きも交渉も、何一つ分からないほど子どもだった。

 突然現れて、助けてあげると言ったその女は、秘密警察の『拷問妃』だった。

 彼を置き去りに、私一人拾われた。

 

 彼はとうに死んだと思っていた。あの時リネラに処刑されたと思っていた。

 だから裏切り者だと己を呪った。感情を抱くなと罰し続けた。一番大切な人を売って拾った命など、人命ではないと戒め続けた。

 己を呪って、壊して、憎んで、殺した。それでも未だ足りないはずだった。裏切られて殺される思いなど想像もつかない、分かるまで報いを受け続けなければ。そう決めた。

 彼は死んだと思っていたから。

 

 一人前になって幾らか経った頃、その人は既にリネラに名を連ねていると知った。

 きっと、私より才があったんだ。昔から器用だったから。何でも上手に出来たから。私とは違うから。

 もしあの人が私だったら、きっとこうはならなかった。私は本当に、どうしようもない卑劣な馬鹿。

 

 生きているなら会いたい。あれだけの仕打ちをして合わせる顔がない、でも謝らなければ。恨まれているなら受け止めなければ。

 ともあれやっと、清算出来る。

 

 今思えば多分、この時私は死にたかったんだろう。

 会えば殺されると思っていた。仮に違っても、密会が判明すれば死罪は免れない。

 それで良い。逃げたかった。ただ他の選択肢を知らなかった。教えてもらった事がなかった。否、想像力が貧弱過ぎた。

 秘密警察は抜けられない。前例などない。私をはるかに上回る使い手達を相手に、死ぬまで一人で逃げ続ける能力も、気概もない。

 武器を調整すると嘘を吐いて、スアラに手を振って出掛けた。

 

    ***

 

「ご存知ですよね、アリスが生を司る神の末裔であったこと」

 切先から血が一滴流れ落ちたが、ルイは普段通りの鉄面皮を崩さ無い。

「だから有罪か?六十余年前の王家討滅戦にて、血筋の無力は証明された筈だが?」

「相手に関わらず、身内殺しは大罪ですよ」

 愚図る子供をあやす如くヴァキアが笑む。

「申し上げましたよね?僕は裏切り者を断罪するために来たのだと。そろそろ核心へ移行しましょう。貴方と秘密警察の暗殺屋は、古い知り合いだそうですね。彼女の名はセラと言う」

 すらりと長い脚が左肩を蹴る。

 壁に押し付けられた骨が軋み悲鳴を上げるが、ルイの纏う空気は寸分の揺らぎも無い。

「アリスとアークを殺害した、主戦力の片割れです」

「回りくどい話の進め方をするな。時間の無駄でしか無い」

「二人を殺したのは貴方ですよね?」

 ルイが目を細める。眉根に皺が寄る。

「何故とでも言い───」

「理由など聞くまでもない!」

 塗ったままの土壁に、赤い飛沫が散る。閃いたサーベルがまたルイを指す。

「・・・怒鳴るな。騒々しい」

 首元の血を拭う。

 ヴァキアが脚を下ろした。

「其れだけの為に来たのか、貴様は」

「ええ。───貴方の処刑のためだけに参りました」

 訓練された暗殺者さえ隠し切れぬ殺気。

 その息は荒い。

「阿呆か」

 ルイがふっと笑う。

「少しは冷静になればどうだ?頭領が愚物では如何にも成らんぞ」

 問の答えは澄んだ刃。

「俺が何の対策も採らずに居ると本気で思うのか?」

 包帯で巻いた左手がサーベルを押し退ける。

「拠点の位置を暴露したのは俺では無い。二人の暗殺を命じたのも俺では無い」

 ヴァキアに向き合ったまま、静かに移動して後ろ手に扉を開ける。

「処刑と言ったが、他の構成員は知って居るのか?」

 

 カタン。

 

 扉が閉まる。

 追う手はない。確実な証拠もなしに、構成員を騒がせる訳に行かない。

 ヴァキアは息を吐き、垂れる血液を手巾で拭う。

 

 無論、処刑は脅しに過ぎない。会話の最後はほとんど茶番だ。しかし得たものはある。

 アークが拠点の位置をルーアに流し、秘密警察に命令が出たとはっきりした。

 と考えれば、シャルロットの屋敷内にもルーアの密偵が存在する。彼女にしてみれば、アークはシャルロットに入れ込みすぎたのだろう。リネラ総戦力による襲撃からシャルロットを守るため、彼はあまりに無茶をしすぎた。

 

 ルーアは知ってしまったのだ。

 ものの数秒でシュヤを都合よく動かしたアークの教唆力を。その恐ろしさを。そして震え上がった。貴重な人材も情報源も、惜しげもなく放棄するほどに。

 

 ヴァキアはまた息をつく。

 剣が鞘に収まった時には、普段通りの穏やかな頭領の顔に戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ