第二十七章 泡沫夢幻(前編)
───裏切り者の末路だな。
アークの死を確認した時、ルイが抱いた感慨はそれだけだった。
アリスのそれにしても、気の毒程度の認識に過ぎ無い。それ以上の感情の起伏など持ち合わせて居無い。
第一、その対価は途方も無い。
六十余年間、誰も止められなかった紛争が終結した。ゼセロは徴兵も重税も不要となり、困窮する者は格段に減る。戦乱からの自衛の為、或いは賞金狙いの為に武器を取る民は消え、住民は掠奪や偽首狩りに怯える必要も無い。存在理由を達成したリネラは間もなく解体するだろう。
イデアは本当の意味での理想郷へと脱皮し、人々が戦火に晒される事無く暮らせる世が遂に現実となった。
此れ程の成果の前に、多少の犠牲に何の問題があろう。リネラは目的を成した。
故に、眼前のその男は、不可解以外の何物でもなかった。
「───おめでとうございます」
顔に腕に首に、赤い傷痕の凸凹と残るヴァキアが、細い目を開いて微笑する。
「全て計画通りのようですね」
───そうか、此奴。
何時から背後を取っていたのか。何時からルイを見張って居たのか。
抑も、目覚めたのは?
今、そんな問いに意味は無い。
賽の河原を引き返しても、端正な顔が傷痕に覆われても、変わらず気配は景色に溶け込んで居る。
「眠っていた間の報告は受けました。裏切りには処刑が我々の掟ですので、貴方の行動は正しいと言えましょう」
「副頭領を切り捨てて置いて良く言う」
強烈な殺気に肌を刺されながら、ルイは頭領に向き直り、唇の端で笑った。
窮地に陥る程、頭の芯が冷え、思考が冴える。それがルイと言う男であり、骨身に染み付いた幼少からの癖だ。
細い目が幾度か瞬く。
「ああ、なるほど。惚けるかと思ったが、見縊っていたらしい」
毒の有る嗤い。組んだ腕を其れとなくジャケットの内ポケットへずらして居るのも、当然知って居るのだろう。
「ならば当然、用件もご存知でしょうね」
ヴァキアが剣に手を遣る。ルイがチャクラムに指を掛ける。それは全く同時、そして。
ヴァキアが消えた。
引き延ばされ、止まった一瞬。
時間が動き出した刹那。
「───何だ此れは」
喉笛を射す、サーベルの切先と。
込められた殺意と。
理解出来ぬ筈は無い。
ヴァキアの笑みが深くなる。
「貴方も同罪です。ルイ」
***
───秘密警察に入る時の事は、余り思い出したく無い。汚泥、恥辱、鮮血に満ち満ちた私の人生の中でも。
セラは寝台に横たわり、震える右手で髪留めに触れる。金属をリボンで包んだ、青い髪留め。
───私は。
裏切り者は、死ねば良いのに。
彼女が秘密警察へ加入したのは六年前、推定年齢で十一歳の時。国中で唯一誰の主権も及ばぬ、本部の麓の貧民街から、リアンの手によって引き上げられた。
世界中から虐げられ、衣食住の全てが足りぬ忌むべき場所から、貴族に庇護された食うに困らぬ場所へと。共に暮らした幼馴染を生贄にして。
彼女の居た場所では、盗むも殺すも日常茶飯事。生きたければ奪うしかない。
殺しと命はイコールだった。それが普通で、当たり前の常識。
だから身に付けた。
幸か不幸か、彼女には飛び抜けた才能があった。同じく、彼にも。身体の出来上がっていない子どもながら、目を付けた相手を逃す事は一度しか無かった。
その一度が運の尽きだった。
二人が襲ったのは、リネラに属す諜報員だった。
これを書いてる現在、作者は正月太りでお腹パンダです。
まあ、上がる頃には10kgぐらい痩せてるでしょう。知らんけど。
アイス食べよ。




