第二十五章 絆(前編)
あまりに長いので、今回から一章をいくつかに分けて投稿しようと思っています。
内容は変わらないので、引き続きよろしくお願いします!
──はぁ・・・
マイは内心で溜息をつく。
マイ独自の人脈であるルジンやヒム、リノがそれぞれ持ってきてくれた情報によると、取り逃したシャルロットが参加中の五柱会議でクーデターが起きている。
実際のところ、どれくらい被害が出ているかは情報の混乱で不明。
だが、ルーアが数千の叛乱軍に囲まれて臣下共々果てたとか、シャルロットが部下を庇って殺された、とか何とかデマが飛び交っている。
話に尾鰭がついたのか誰かが意図的に流したのかは不明瞭だが、兎に角すさまじい規模と大混乱は間違い無い。
とは言え、広いシャルロット領を挟んでいるためまだリネラ領までは伝わっていないようで、街の景色は平穏そのものだ。
権力者の息が掛かった者を除けば、末端の平民たちの生活はわりあい豊かで平和である。
武装した兵士が乱入して来ることも無ければ、物資不足で喘ぐことも無い。
治安の良いリネラ領だから、と言うのもあるが、他の領地も似たり寄ったりだ。
直接権益の絡まない人々は、争い続けるよりも友好的に近隣と接することを選んだのだ。
先程街で買った林檎を齧る。
店の人は甘いと言ったが、ハズレだったのかどうも苦い。
アリスと初めて出会った日、アリスは才能があるから拾うと言った。あの時言われた「才能」は、きっとエミリアなんだろう。
あの日貰って、二人で初めて食べたのも林檎だった。
あの人は分かっていたんだろう。
エミリアが大量殺人をすること。
だから、監視するために引き取ったのだろう。
そもそも、どうして分かったのか。
マイ自身夢にも思わなかったし、周囲に奇異な目を向けられることも無かった。
──どうしてかは分からない。謎が全て解けた訳じゃ無い。でも、分かった上で引き入れたんだ。
未来の大量殺人鬼に、笑って林檎を差し出したんだ。
あの林檎は美味しかった。
喉が渇いて空腹だったせいなのか、甘酸っぱいそれは幻のように美味しかった。
──アリス。
マイは頭を振る。
それとこれとは別物だ。
敵が勝手に自滅してくれるなら、リネラとしては願ったり叶ったりだが、問題は秘密警察だ。
誰が何を指示するか、彼らが誰に付くのか全く情報が無い。
秘密警察の練度はリネラと同等で、構成員は七人だという。
もしも漁夫の利を狙って来たら、戦える構成員が三人と、見習いの一人しかいないリネラは滅びかねない。
──どうする?リネラを守るにはどうすれば良い?
齧りかけの林檎に爪が食い込む。
──答えは簡単、攻められなければ良い。
──どうやって防ぐ?何をする?被害を出さずに防ぐには?
何かが弾ける。瞳孔が開く。
オーバーヒートしていた頭がキンと冷えた。
──別任務に出してしまえば良い───
そうすれば相手は動け無くなる。
戦う必要も無い。
敵同士で潰し合ってくれる。
もしも、万に一つでも上手くいけば、『五柱』も控えも壊滅状態に追い込める。
ゼセロも秘密警察も、戦闘不能に出来る。
──出来るのかな?あたしにそんな大それたこと。
敵は皆何枚も上手で、その通りに行く可能性なんて殆ど零で。
下手をするとゼセロにリネラ討伐の口実を与え、秘密警察まで引き込んで結託した貴族達が攻めて来かねない。
そうなったら本当に終わりだ。
──それでもやる。
やれるやれないじゃ無い、やらなきゃいけないことがある。
あたしだって、いつまでも乳飲み子ではいられない。
ルイもジュノもヴァキアもシュヤも、いなくなったアークだって、あたしの歳にはとっくに構成員だったんだ。あたしに出来ない訳が無い。
勝手したって追放されても、あたしが絶対リネラを守る。
実は、マイが情報を仕入れた時点ではクーデター勃発から丸二日しか経っておらず、歴代の見習いの中では早い方と言える。
だが、現在リネラの頭であるルイは、半日後には知っていた。
クーデター現場から早馬が飛んだのが四半刻後、最も遠いレオンの領に知れたのは五日後だから、これは異常に早いと言える。
アークが張り巡らせていた情報網が機能したお陰であろう。
本当の所は、本人にしか分からないが。
***
「お姉さんお姉さん、団子食べるかい?」
団子屋の店主が、三色団子を持ち上げる。
愛嬌のある中年の男で、出店は今日で終わりなのか、通行人に片端から声をかけていた。
何となく持ったままだった林檎の芯が、余計物欲しそうに見せたのかも知れない。
「今は良いや。ありがとう」
マイは小さく苦笑する。
先日ビオラに貰った小遣いはほとんど使ってしまった。
雲行きを考えると、数日分の滞在費くらいは残しておくのが賢明だろう。
給料など、正式構成員でないマイは半分しか貰えない。
──第一、それどころじゃ無い。
団子屋のおやじの目が泳ぐ。
通行人は誰も甘味など見ていない。
寒気が止まらない。
手負の獣の荒い息。
人々の悲鳴、ぱっと割れる人垣。
──見なくたって分かる。大切な幼馴染の成れの果てだから。
「お姉さん逃げな!」
屋台に隠れた店主が叫ぶ。マイは固まっていた。
逃げる気になれない。
「見つ、けたぁ・・・っ‼︎」
短剣を振り回し、叫ぶ声はほとんど悲鳴で。
声も、突進して来る足音も、纏う気配も全部が優しいクレアとは別人だった。
「いっ・・・・・・‼︎」
殴られるような衝撃によろめく。
視界が白く塗り潰され火花が散る。
腹から突き出た刃先が辛うじて見えた。
脇腹に広がっていく温もりがもの凄く気持ち悪い。
血脂の巻いた刃が脇腹を裂き、剥き出しになった臓腑を突き裂く。
──ほんとに、愛と憎しみは表裏なんだね。
体を真っ赤に纏う血が、地に溜るのを見た。
愛と憎悪の気色悪さを知った。
──吐きそう。
頸動脈が掻き切れる。
身体の中身が首筋に小川を作る。
土に身を強打する。
何の痛みも感覚も無い、倒れたことすら理解出来ていない。
ただ頭が朦朧として白く、思考が纏まらない。
死への理解も言葉にならない。
「──あんたが・・・っ、あんたが夫を殺すからぁ!わたしは!あんたをころすのぉ・・・・・・!あんたの・・・あんたのせいよ!生きて・・・いきて・・・死んでぇ・・・‼︎」
肩で息をし、目だけを爛々と輝かせる殺人犯の絶叫が成る前、マイの血は尽き果てていた。




