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神々のイデア  作者: 花都
クーデター編
27/70

第二十四章 全霊

 ──初めから、甘えて無いでこうすれば良かったんだ。



 長大な鞭の柄を刀のように掴み、踏ん張りを利かせて全身で振るう。

 


 吐く息は熱く、荒い。

 


 武器も含めて全身なのだと教わった。


 先端まで意識を集中させ、一振り一振り、己の魂を込めてゆくものだと教わった。



 ──今になって出来るなんて。よりによって何で今。



 アリスがいた頃、最後に稽古をつけてくれたあの日、少しも出来なかった事が。

 師匠が幾度教えてくれても、漠然とさえ掴めなかった事が。


 失って初めて、嘘のように血肉に溶け込んで来る。



 ──何度も何度も、懸命に教えてくれたのに。



 何時までも師匠と弟子でいるつもりなんか勿論無かった。

 早く仲間としてアリスの、皆の力になりたかった。


 同じ景色を見たかった。

 


 それにはあまりに才能が無かった。


 あまりに能力が低かった。


 あまりにも役に立たなかった。


 どころかエミリアに引き摺られ、足ばかり引っ張って怪我ばかりさせた。


 どうにもならない不出来な弟子。



 ──見せたかったのに。仲間として戦力になるって、戦えるって信頼して欲しかった!



 今更狡いと知っている。


 今になって爆発的に成長したって、認めてもらえないことも分かっている。


 何もかもが、悉く遅過ぎたのだ。



 それでも、戦わなければ。

 戦えなければ。


 既にヴァキアさえいないかも知れない。


 その大き過ぎる穴が埋まらなければ、リネラは大幅に弱体化してしまう。


 それだけは避けなければ。


 やらなければ。代わる戦力とならなければ。

 


 変色しかけた桃色の鞭が飛び蛇の如く空をのたうつ。


 引き摺られた利き足の膝が崩れる。


「・・・・・・アリス・・・」



 ──ごめんなさい。教わったこと、何も出来なくてごめんなさい。



 片足を出し均衡を整えようとするも、視界は回り体重は沈む。


 奔放な性格ながら可愛がってくれたアークにも、底無しの明るさで救ってくれたアリスにも、何一つ報いることは出来なかった。

 


 きっと二人は笑うだろう。


 そんなこと気にするなと。

 後は頼んだと、明るく笑って手を振るだろう。


 マイなら大丈夫、そう言って背を叩いてくれるだろう。


 じゃあまた、と。


 次会う時は平和な世だね、と。


 

 そう言う人だった。


 

 見習いになったばかりの時、戦力外の小娘を相手に、よろしくと片手を挙げた懐の深さが。


 初めて戦場に出たあの日、硬くなりすぎだと笑いかけた気遣いが。


 失った今、目の前で起きているかのようにはっきりと思い出される。

 


 喪失を覚悟していた。


 乱世に約束された明日など無い、こんな組織なら尚更。


 誰といつ会えなくなるか分からない。


 別れたら二度と会えないかも知れない。


 この瞬間が最後かも知れない。


 誰かと顔を合わせる度、言葉を交わす度、そんな思いが脳裏をよぎった。


 吹き付ける冷風に裸で晒されたような、何とも言えぬ絶望と無力感。


 二度と体験したくない灰色の記憶。


 それでも、失った寂しさは、一秒一秒を耐えていけば薄れていくと知っていた。


 そうして何か少しでも、「楽しいこと」を見つければ、色が戻ってくると知っていた。


 人が死ぬことは、「寂しい」で済むと思っていた。

 


 知らないところで大切な人を喪い、間に合わなかった己の無力を叩き付けられ呑まされる。


 そんな骨を削るような思いなど、覚悟出来ようはずもなかった。

 


 師匠を失うことが、内乱終結の一番手っ取り早い方法だとは知っていた。


 それが嫌だから、犠牲を一人に押し付けて払わせる「平和」なんてのに反吐が出るから、愛する人をもう失いたくないから。


 こうして身を捨て、人生を捧げたのに。



 ──あたしは、何のために。

 


 膝をつき、統制を失った鞭が脇を打つ。


 真っ暗な意識の隅で、それは微かに鈍く痛んだ。


 

    ***

 


「マイ、しっかりして」


 柔らかい手がマイの肩を叩く。


 冷やした手拭いを頸に巻いて体温を下げながら、鞄から水筒を取り出し、目覚めた彼女に水を飲ませる。


「ビオラ・・・?」


「手のかかる後輩ね。水分はちゃんと摂らなきゃだめよ。ほら、もっと飲んで」


 マイが水を飲む間、濡らした手拭いで汗を拭いてくれる。


「ありがと・・・」


 空になった水筒を返そうと顔を上げると、橙色の物体に衝突した。


「何、これ?」


 目を瞬く。どうやら生の果物らしい。


「食べたら元気が出るわ。わたしのとっておきよ」


 変わらないふんわりした表情で、いつも通りの厚意をくれる。


「良いの?ビオラが食べたら?」


 半ば強引に渡された柿の実を見つめ、マイは笑顔の内科医を見上げた。


「良いのよ。お裾分けだもの」


「ありがと、流石だね。なんか、お姉ちゃんみたい」


「ふふ、お母さんって言わなかったのは褒めてあげる」


 スカートを整え、マイの隣に腰を下ろしてにっこり笑う。



 いつも通りを装う目元に、黒々と影が凝って見えた。



「・・・ビオラ、大──」


「頑張りましょうね。寂しいけれど」


 中身の詰まった柿の皮は、爪が当たると簡単に裂けた。


「・・・・・・あたし、強くなるからね」


 どこか血の色を思わせる果実は、握り直しても滑り落ちそうになる。


「負けない、もう二度と。何が相手でも」


「そう」


 ビオラがふわっと笑う。短い金髪が揺れる。


「頼もしいわね」


 色素の薄い世話係は、白い指を口元へ当てて微笑んだ。


 

    ***

 


 時は数日遡る。


「遅い」



 夜の闇が希釈され、深い藍色に変わる頃。



 漸くやって来た秘密警察を一言に斬る。


 灰色のフードを被り、同色の覆面をした少女は無言で跪いた。


「賞金首及び忍者を殺害。──御命令の通り」


 無感情な目が先を促す。

 秘密警察は床に置いた仕込み杖を軽く揺らした。


「大太刀使い」


「そう。下がれ」


「・・・」


「下がれ」


 ルーアが頬杖をつく。

 小柄な少女は微動だにしない。


「ライダンが捕まった」


 顔も上げぬ、機械的で平坦な声。


「彼れは誰の兵」


「下がれ!」


 叩き付けられる激情の塊。


 背後に控えていた近衛兵が剣を抜いた。



 喉笛に切先が当たろうと、セラは姿勢を崩さない。



「彼れは誰の兵」


 喉に赤い線が滲む。


「彼れは誰の兵」


 真冬の空の如き眼に映る感情は一つ。


 ルーアが身じろぎする。


 近衛は剣を退げた。


「腕章くらい見分けろ。戯け」


 サーベルが鞘に収まる。


 暗殺屋が音もなく消える。


 近衛が拾い上げた橙色の腕章には、トラスの紋が押されていた。


 

「盆暗」


 ルーアは精巧な飾りの施された壺を、漆喰の白い壁に叩き付けた。


 血の気のない薄い唇を、引き伸ばして笑みながら。


 

    ***

    


 秘密会合、その翌日。



 各々身支度を整えた四柱が一堂に会し、


 ──とは言葉ばかりで実際、バラバラも良いところだが取り敢えず同じ部屋に集まり──、


 苛々した空気が充満する中、光沢のあるドレスを揺らしてルーアが登場する。



 常人ならば卒倒しかねないほど害意に満ち満ちた八つの目に注視されているが、彼女は気付かぬ振りを押し通す。


 本当に振りかは誰も知らない。



「言いたい事があって呼んだ」


「口の利き方ってのをご存知ないみたいだね。道端で這いつくばってる溝鼠にでも学んで来たらどうだい?」


 新調した舞姫の扇を弄び、シャルロットが溜息を吐く。


「溝鼠など見た事もない。いかにも穢らわしい下民の考えそうな事だ」


「ルーア殿と話してるんだけどね。知能指数ゼロの海鼠(ナマコ)にこの喩えは難しすぎたかい?すまなかったね」


「海鼠か。謝罪せねばならぬな」


「どちらに?」


「ルーア殿は手厳しいですな」


「要件があるなら早く言い給え」


 舌打ちしたトラスが貧乏ゆすりを始める。



 肘置きを叩く指が震えているのは、怒りのためだろうか。



 どちらにせよ、この状況では気付く者もないだろう。


「してトラス殿、奥方候補は既においでかな?」


「飲み過ぎですよレオン殿。生来も相まって目も当てられないね」


「何の。下戸のシャルロット殿には一生掛かっても分からぬでしょうな」


「酔っ払いたかないだけさ。当たり構わず絡んで、みっともない」


「負け惜しみがお好きですなあ」


「そっくりお返し致しますよ」


 

 たっぷり四半刻はこんな調子が続き、護衛の兵士も苛立ちを募らせ、秘書官のミラフが四つ目の頭痛薬を口にした頃──


「昨日」


 唐突にルーアが話題を変えた。


「この国に六十年以上続いた内乱が終結した」


「ほほう・・・ルーア殿はお手柄ですな」


 レオンが身を乗り出し、ルーアに触れる距離まで接近する。


 対するルーアは特段避けるでも向き合うでもなく、その対応は無視に等しい。


「私は何処ぞの馬鹿息子とは違う」


「話の順序守らない上に、マウントは忘れないんだね」


「賞金首が死んだ、とな。漸くこの国にも平和が戻ったか」


 応酬の只中で、ダリアンは眠そうに頬杖をついている。


「事実を述べたまで、シャルロット殿」


 いやらしく笑むセイウチ髭が、ルーアを前にすると紳士的にさえ見える。


「どうですかな、平和を祝して一献」


「毎日酔っ払ってる盆暗オヤジとは飲みたくないね」


 ルーアに向けて持ち上げた盃をそのままに、シャルロットを振り返ってにったりと笑う。


「シャルロット殿の再婚のご予定は?当ての一つはあるのですかな?」


 またもミラフが頭痛薬を口にする。


「自分はアンタが心配ですよ、それが妻に捨てられた中年の台詞かい?再婚出来ないのはレオン殿じゃないか」


「シャルロット殿は断捨離と言う言葉をご存知ないのかね?」


「所詮、断捨離されたのはレオン殿でしょうよ。お世嗣にまで捨てられたら終わりだよ」


「シャルロット殿は性格がお悪いようで」


「自分は親切心から助言申し上げてるんだけどね」


「レオンの言う通りであろう。仲の良いのは美しき事象だが、この輝かしき日に口論は似合わぬでな」


 明らかに面倒くさくなったらしいダリアンが口を挟む。


 名目上とはいえ、『五柱』筆頭となった彼の言葉に背くと後々厄介だ。面々は仕方なく居住まいを正した。


 面の皮一枚とはいえ、笑顔で。完璧な表情で。 



「・・・そうか・・・」


 珍しく黙っていたトラスが声を漏らす。


 ルーアに侮辱され黙っていたことも衝撃だが、最も驚くべきは彼の沈着さだ。


 かつてのディエゴのごとくどっしりと構え、動揺したり腰を浮かせたりする様子はない。


 それに異変を覚えたのは、ミラフだけではないはずだ。


 シャルロットの目が大きくなる。


 

 彼女はまだ、忍びが賞金首と共に殺されたことを知らない。


 まして彼が殺された理由など知る由もない。


 仲間の内通、主人の危機を察知した『炎』は屋敷へ戻り、まだ参じていない。



 トラスの侍女頭が小さく笑った。


 広間を取り囲む足音がした。

 


「ならば『五柱』も解体だな!」



 勝ち誇った嘲笑に、電流のごとき怖気が走る。


 それは主人も、秘書も同じ。



 ──奥方様!



 咄嗟にミラフは主人の後ろへ飛び出した。


 急所を外した刃が、着物の肩を長々と裂く。


「っ・・・・・・‼︎」


「ミラフ‼︎」


 残った左腕で秘書を支えたシャルロットが、膝を躙って前に出る。


 ミラフを庇う位置だ。



「騒ぐな見苦しい、落ち着き給え。どうせ演技なのだろう?私設部隊とやらがあるのだから。その女もか?」


「御下がり下さい。問題有りません」


 傷口を押さえ起き上がる。


 さすがに呼吸は荒いが、声は平静そのものだ。


「盾になんかなるんじゃない!」


 剣戟の間を縫って壁の向こうからも聞こえる悲鳴、動揺。


 侍女にまで及ぶ無差別な襲撃の中、トラスは高らかに笑っている。


 己を蔑む者どもの阿鼻叫喚に、醜く笑っている。



「お嬢様‼︎」


 異常事態に顔色も変えず、護衛に守られて悠々と立ち上がったルーアが左手を出す。


「剣を持て」


「なりませんお逃げください!」


「膾斬り。でなきゃ気が済まない」


 氷雨色の目が爛々と燃えている。


 小姓らしい小柄な青年は今や泣き出さんばかりだ。


「体勢を立て直しますから一度退いてくださいお嬢様!このままでは全滅します‼︎」


「だから戦う。あれが用意した屋敷など、逃げ込んでも同じ事」


 差し出されたレイピアを抜き放ち、軍配の如く掲げ振る。


「情けなど捨て去れ!我が道を阻む者は刻み捨てろ!」


 小姓を含めても、護衛は十名に満たない。


 三倍の敵に囲まれ、いつ敵の後詰めが来るとも分からぬ状況であっても、奮い立ち挫けぬ様は将そのものだ。


 いくら兵が借り物でも、軍と近しいルーアを慕う兵士は多い。



 先陣を切る武者の喉笛を、レイピアが貫いた。

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