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神々のイデア  作者: 花都
クーデター編
24/70

第二十一章 鎮魂歌

 縛られた手首が痛くて目が覚めた。


 開いてすぐ目に入ったのは、黒く塗られた十字の刃。

 

「ごめんなさい・・・。あたし、また暴れたんだよね」

 

 槍を向ける男に語り掛ける。


 

 ──なんでちゃんと出来ないの?



 ──もう二度と暴れないって、迷惑なんか掛けないんだって決めたのに。逆らえもせず暴れてばっかで、三年経ってもエミリアを抑え込めない。頭の中の声に、蓋すら出来ない。


 

 ──また、誰か傷つけたの?


 

 ビオラがいない。

 

 ジュノがいない。

 

 シュヤがいない。

 

 ルイは左手に包帯を巻いている。


 

 ──また、あたしが怪我させた?


 

 狙撃手は両手が使えないと務まらないのに。ルイは左利きなのに。

 

「リリアとヌンチャクの使い手に攻められた。直ぐに鎮圧された故、エミリアによる怪我人は無い」

 

 副頭領が話し掛けたのを見たイノスは縄を切り、彼に目配せして出て行く。


 

 敵意に酷似した気配がしなくなると、ルイがふと口を開いた。

 

「リリアとエミリアは呼応して発現する性質を持つ。今回はシャルロット暗殺の時と異なり、リリアが完全に入れ替わった状態だった。人の意思で抵抗出来る代物では無い。・・・要するに不可抗力だ、気に病む必要は無い」

 

「え・・・?」

 

「聞こえなかったのか」

 

 ルイが眉根を寄せて眇める。

 

「いや、聞こえたけど、そうじゃなくて」



  ──ルイってそんな事言う人だった?もっと冷え切って無かった?



「ルイって、好きな人いるの?」

 

「は?」

 

 質問のあまりの突拍子の無さに、驚いたか、理解した上での反応か、眉頭が更に寄る。

 

 と、数度瞬いて視線を外した。


 

「・・・・・・何処かで聞いたのか」

 

「ううん。その・・・なんて言うか、雰囲気がちょっと柔らかいから。ひょっとしたらって思っただけだよ」


 

 ──昔、クレア達と馴れ初めの話をした時に、誰かが言ったんだよね。あの頃クレアの旦那さんが急に丸くなったよね、って。


 

「なら良い」

 

「どんな人?」

 

 じろりと睨まれたが、照れ笑いで誤魔化す。

 

 視線が怒っていると言うより、恨めしげだった。

 

「・・・・・・第一に、教える義理が無い。抑もどんな、と言われても説明出来ない」

 

「──────そうなんだ」

 

 冷たいと抗議されかねない反応だが、ルイの性格を知るマイは純粋に驚いた。



 ──ルイも人の子だったんだなぁ。もっと無機質な、数式の権化とかだと思ってた。


 

 誰かを好きになるとか、大切に思うとか、そんな感情に縁があるとは思ってもみなかった。


 


 まして、二人がリネラを壊滅の危機に追い込むなんて知る由もなかった。

 



   ***

   

 

「──っ!嘘だろ・・・っ!」

 

 潰れた廃屋を前にジュノが顔を歪める。


 手の甲に血管が浮いている。

 

 

 ──騒ぐな。取り乱すな。もう遅い。俺は間に合わなかった。


 ──何言っても伝わらないのに今更、何感じようと思おうと無駄だ。俺があいつらに出来る事なんか、今となっては謎解きしかない。

 

 

 ──何で襲われた?


 

 何故秘密警察がリネラの行動拠点を把握しているのか。


 割れた拠点が一つならば、分からない訳でもない。ふた昔前とは言え前例もあった。


 だが全く別の筋で隠した二つが、よりによって同時に割れるか?


 ごく普通の民家に紛れた拠点を、正確に割り出せるか?


 傘下の家を掴んだとして、提供元まで絞り込むのは不可能だ。


 その上、本拠を提供した人たちはここを知らない。

 知る限り、遠い知り合いですらない。

 

 ──考えたくなかった。


 

 だが考えなければ。可能性はただ一つ。


 

 ──もっと早く気付いて、疑ってかかれば良かったのか?そしたらアリスとアークは死ななかったのか?


 

 ──いや。


 

 アークは良い。殺された───処刑された理由は理解している。

 結果だけ見れば俺でもそうした。

 

 だがアリスは。アリスは何故。


 

 ──十年前、俺がもっと戦えたら良かったのか?だったら死にかけることはなかった。アリスは先代達を押し切ってまで武器を取らなかった。そしたら派遣される事もなく、平穏無事とはいかなくとも、変わらず笑って生きていたのか?


 

 ──俺も来れば良かったのか?俺が行けば、俺じゃなくてもあと一人付けば何か変わっていたか?


 

 ──アリスの代わりに、別の構成員が行けば良かったのか?そうすれば助かったのか?そいつなら秘密警察でも退けられたのか?

 

 

 答えは出ない。出す必要もない。


 ・・・そんなもの、とっくの昔に知っている。


 

 

 ──「そこで、なにしてるの?」

 

 黒髪の、幼い少女の無邪気な声。

 


 

 二人は無念だっただろうか。

 人々のために戦う事を選び、描いた絵の完成を見る事なく他者の絵具に混ざった二人は。

 

 

 

 ──「帰らないの?ボスにおこられるよ」

 

「ボス?」

 

「私のおばさん。あ、言うなって言われたんだった」



 

 ほとんど忘れかけていた、十七年前のやり取りが鮮明に蘇る。



 

「いえ、ないの?だれもいないの?」

 

「いる!みんないる!・・・・・・でも、だれも、うごかないんだ」

 

「・・・?ねてるの?」

 

 少女が首を傾ける。

 傾けすぎて、真横を向くほどに。


「昨日も、今日も、ずっと。死んで、だれもへんじしない」


 

 

 俺の家族は略奪に来たゼセロの兵士に殺された。


 子供らしく、家族の事が大好きだった。

 でも涙は出なかった。

 

 壁に迸った地獄絵図が、八歳の子供だった俺から思考を奪って、脱力と叫び出したい困惑で埋め尽くしていた。



 

「私のいえ、きてもいいよ」

 

「いえ?」

 

「うん。みんないるよ。レンとシルラがね、ときどきあそんでくれるの。名前なに?」

 

「ジュノ」

 

「私、アリス!ジュノも、私のいえに住んだらいいじゃん。そしたらまいにち、あそべるもん」



 

 子供らしい無邪気な無責任に引かれ、リネラに加入してシルラと言う槍使いに師事した。

 

 俺の家があった辺りはその直後、跡形もなく焼き払われたのだと後で知った。

 

 

 ──済まない、アリス。不甲斐なくてごめん。助けてくれたのに助けられなかった。リネラ構成員として、師匠に誓った守るべき人を守れなかった。


 

 ──ごめん、ごめんな。もう叫んでも届かないよな。これから俺たちが何したって、この先何がどうなったって、もうお前には関係ないよな。


 

 ──子どもの頃、仲間外れにされてあれだけ嫌がってたのに。また真っ先に外してごめんな。



 ──この国を変えたいって武器を取ったこと、命懸けで戦ってきたこと、知ってて何も出来なかった。変わった世界を見せられなかった。

 


 ──ごめん。本当にごめん。


 

 もうこの声も届かない。謝っても変わらない。



 ──ごめんな。志を無駄にはしない。必ず成し遂げる。無念は俺たちで晴らす。だから頼む、許してくれ。


 

 手をついた、乾涸びかけた血溜まりが、滴る雫でまた湿る。

 

 アリスの残影が波紋に消える。


 

 握りしめた拳から、乾き残った血が溢れていった。


 

    ***

   

 

 時は少し遡り、同日、夕刻。

 

 リネラ所属の密偵らと口裏を合わせてデマを流し、拠点に戻っていたアリスは不意に、空気の流れが凍りつくのを感じた。


 

 ──刺客・・・!

 

 

 だとしたら、拠点移動は罠か。

 

 リネラ内部に、秘密警察に通じている者がいる。


 

 ──仲間に売られたって事じゃん。一番嫌な展開。


 

 アークはまだ帰って来ていない。標的をアリスのみに絞り、彼の留守を狙ったのか。

 

 あるいは──

 

 

 ドンッ

 

「アーク⁈」

 重いものがぶつかる音。

 

 薄い戸板が割れ、赤い忍び装束の、かつての仲間が倒れ込む。

 

 口唇から大量の血が溢れる。


 

 ──そんな、真逆。


 

「起きなって!ほらアーク!」

 

 漣が伝わるように、足元から一度大きく痙攣する。


 

 ──駄目だ・・・。もう、とっくに手遅れ。


 

 鼓動に合わせ、ドクドク流れ出る血が止まる。


 

 ──最悪。よりにもよって、()()の答えがアークなんて。


 

 グレイブを構える。


 アークの死因は、袈裟斬りの刀傷。つまり相手は剣豪、狭い建物内ではこちらが有利だ。誘い込んで守れば──

 

 

 ──え?


 

 入り口の両側、両断された柱が平行にずり落ちる。

 天井から土混じりの埃が降り注ぐ。

 

 

  ──嘘過ぎでしょ。


 

 断末魔の轟音を上げ、壁も柱も巻き込んで屋根が陥没。

 山のように舞い上がる砂塵が辺りを埋め尽くす。

 

 掃除しときゃ良かったなんて、能天気過ぎる後悔が浮かんだ。


 

 ──普通さ、出てこないからって建物ごと壊す?


 

「ふっ、あはははははっ!」

 

 大量の砂埃で目も開けられぬ中、黒髪を束ねたグレイブ使いが建物から飛び出し、吹っ切って笑う。

 

「ははははっ!良いね、やるじゃん!楽しくなって来ちゃった!」

 

「それは良かった」

 

 大太刀を担いだ男が満面の笑みで正面に立つ。

 どうやら敵にも関わらず、褒められて本気で喜んでいるようだ。


 

 ──強い人ほどズレてるなぁ。


 

 それはそうと。

 

「ねえもう一人いるでしょ?隠れてないで出て来れば良いじゃん、照れ屋さん?」

 

 背後で切先のような気配がする。

 暗殺屋らしく存在は分かるが、位置が恐ろしく掴みづらい。


 この男と戦いながら警戒し続けるのはまず無理だ。

 

 呼びかけたとて当然、返答もなければ張り詰めた気が揺らぐ事もない。

 

「無視か。つまんないじゃん。地味に傷付くし」

 

「オレが相手するぞ」

 

「それはどうも。もう一人の方──女の子かな──に相手して欲しかったけど、まあ良いや。あんたの方が強そうだし。名前何?」

 

「ライダン」

 

「そっか。もう知ってる気もするけど、私はアリス。殺す相手の名前なんだから、ちゃんと頭に叩き込んでよね」

 

「分かった、必ず墓場まで持って行くぞ」

 

 ドヤ顔で胸を張るライダンに吹き出しそうになる。

 

「それ使い方おかしいから。別に秘密じゃないし」

 

 敵対心は見事にゼロ。

 

 こうなると、さっきからずっと変わらない暗殺屋が可哀想になってくる。

 

「言葉は難しいな」

 

 眉尻がしゅんと下がっているのは、見間違いではなかろう。

 

 

 息を吐き、担いでいた大太刀を構える。


 威圧感に腹の底が重くなる。


 

 ──相手にとって不足なし。


 

 グレイブが動き、不敵な笑みが浮かぶ。

 

 戦闘は好きだ。


 

 振り上げた太刀、攻めるグレイブが火花を散らす。


 一度引き下がると見せ、地を蹴り斜めに跳躍。

 空中で構え接地の瞬間に大腿部を突く。

 

「身軽だな。長物使いにしては珍しい」

 

「そう言うあんたは遅いよね」

 

 挑発はしても、驕りや油断など僅かもない。

 刹那でも気を緩めようものならアリスは真っ二つだろう。


 

 ──ライダンの間合いは普通の刀の一・三倍、長物の有利が通用しない。


 

 側面からグレイブをぶつけ、斬り込む刀の軌道を変える。

 

 脇腹が空き、長刀が突く。察知したライダンが横っ跳びに避ける。


 

 ──こんな刀、簡単には折れないか。


 

 横薙ぎを受ける。刃が衝突、鳥肌の立つ音と共に潰れる。


 

 と。

 

 後頭部で雪風が疾る。


 咄嗟に姿勢を屈めて避け、グレイブを思い切り滑らせる。


 

 ──手応えあり。


 

「う、っ」

 

 突きを喰らった殺し屋の刀が空を切り、間髪入れずライダンが攻め来る。

 

 

 間合いを取ろうと、グレイブを伸ばしたのがいけなかった。


 

 ゆっくり、ゆっくり、大太刀が動く。


 下段に構え直すグレイブも、斜めに後退するアリスもまた遅い。


 

 ──拙った・・・!


 

 血が凍る。汗だくになって動いていたのに、寒くて寒くて仕方ない。


 

 ──終わりだ、やってしまった。



 長い長い、永遠に終わらぬかのような一瞬間の後。

 

 大太刀の厚い刃は、グレイブの柄部にしっかりと喰い込んでいた。

 

 

    ***


 

 ──私は、無力だ。

 

 

 走馬灯が駆け巡る。

 

 

 医術を習ったのに、十年前のあの時、私じゃジュノを助けられなかった。

 それどころか、足手纏いにしかなってなかった。

 

 懸賞首の私のせいで、大切な人が傷ついていくのが嫌で、それだけは、何歩譲ってもどうしても嫌で。

 物心つく前に死んだ両親の命懸けの願いも、師匠達の必死の思いも無視して武器を取った。


 何度も何度も反対され拒否されながら、先代の副頭領に頼み込んだ。


 

 それなのに、結局自分の身でさえ守れない。


 

    ***


 

 あの日からずっと、ジュノみたいになりたかった。

 

 ジュノみたいに強くなって、私ではない誰かを守れるようになりたかった。

 

 ジュノが私にしてくれたように、死にかけてでも誰かを守って、当たり前だって風に笑って、誰かの幸せを願って、本当にその力があって。

 

 

 何が足りてないんだろう。

 

 とっくにあの頃のジュノは超えたはずなのに、必死に鍛錬し続けてるのに、全然誰の、何の助けにもなれてない。

 

 死神(エミリア)を野放しに出来なくて、暴れ出しても面倒を見よう、どうせ私が狙われるんだし、責任持って私が止めようって決めたのに。

 

 結局私じゃ勝てなくて、何も出来ないで離脱して、仲間に迷惑ばっかり掛けた。


 あれの暴走なんて絶対マイのせいじゃないのに、大事な弟子に、罪悪感なんか植え付けてしまって。


 本当に何がしたいんだろう、ジュノなら上手くやれるのかなって、毎日毎日そればっかり。


 いつまでも大人になれないで馬鹿みたい。


 いつだってジュノははるか先を行ってて、もうずっとずーっと追いかけてるけど、背中だって見えそうになくて、ゴールがあるかも分かんない。


 

 何度も泣いて、数えきれないほど心が砕けた。

 

 私のせいで、埃を被った血筋だけの、何の力もない私のせいで、皆死んでく。

 傷ついてく。


 約束された幸せな未来が、私のせいで血塗られて壊れていく。


 

 そんなの。

 

 私は何処にでもいるただの人間で、王族の血、生の神の血なんか引いてたって、何の力も持ってないのに。


 私が生きてたって誰も幸せにならないし、誰一人守れない。


 私なんかより、そんな凄い力のある人に生きて欲しいのに。

 

 街の人達みたいに私も武器を持って、自分で自分の身を守ったら、きっとそれが一番なんだって思って。

 薄っぺらい理屈に、力をなくした神の血に、命を捧げて何になるって。


 

 頑張った。私、自分でも信じられないくらい努力してきたと思う。


 それでも結果は叶わなかった。

 どれだけ努力したって、目眩のするくらい鍛錬を積んだって、千切れそうなくらいの苦難を耐え抜いたって、思った通りに行かなかった。

 

 やっぱり、叶わないことだってある。

 出自だって変えられない。

 

 叶えられないことは、どうしたって叶わないのだ。諦めるしかない。


 何も成せない人生かも知れない。

 でも、無駄だったとは思わない。

 

 

 自分の死に方を選べるって、人に許された最大の贅沢なんじゃないかな。


 ペナルティ背負って生まれてきたけど、生の神(先祖)は私を特別には愛さなかっただけだ。

 見放してなんかいなかった。


 

 生きなきゃ、なんて思わない。

 

 私には賞金が掛かってる。生きていれば災いを呼ぶ。

 

 リネラの皆に、私のせいで傷ついて欲しくない。

 会ったことのない誰かにも、偽首狩りなんかのために死んで欲しくない。

 

 相手は秘密警察。

 

 金目当てで襲ってきている訳じゃないし、私が死んだこともちゃんと広めてくれるだろう。


 刺客としてはこれ以上ない。難しいことは考えず、ただ笑っていればいい。


 

 何も辛くなんかない。


 この身に注ぐどんな惨劇も恐るるに足りない。


 恐れるのはただ、人びとが理不尽に傷つけられる世界だけ。


 

 ──最後まで見てやれなくてごめん、マイ。後はよろしく。死神の片割れ、神の子の貴女に、この国を託すね。内乱は必ず私が終わらせる。だから後は任せるね。


 

 長い長い一刹那が過ぎ去り、大太刀がグレイブを切断する。


 背後で地を蹴り、風を裂く音がひどく鮮明で。

 

 暗殺屋の長い外套がはためく。


 

 赤銅色の夕陽が差した。


 

 ──今、この命を以て、六十年続いた紛争が終わる。この期に及んでは、微塵の後悔も無念もない。


 

 ──さようなら。今はこの身いっぱいに、晴れやかな思い。

 

 

 アリスは振り返り、刃に向かって微笑んだ。


 

 

 もう、誰の幸福も奪われないことを願って。

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