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神々のイデア  作者: 花都
クーデター編
23/70

第二十章 百鬼夜行

 日没の一刻ほど後。



 マイはビオラの隣で食器を片付けていた。


 ジュノやルイ、シュヤも手伝いに来たが、人数が多いとか手際が悪いとか言われて追い出され、不貞腐れたように武器の手入れをしている。


 ちょっと可哀想、とはマイの感想だ。皿を割ったシュヤは別として。


 

 他愛も無い事ばかり話すビオラを横目で盗み見る。

 

 あの戦いの後から、皆がどこか変だ。明らかに、マイにだけ何かを隠している。


 二月以上もヴァキアと顔を合わせていない上に、頭領の所在さえ一度も明かされない。

 

 おまけに、アリスに移動を指示したのは頭領(ヴァキア)では無く副頭領(ルイ)だと言う。

 

 その上、彼女らの任務内容もよく分からない。

 脚の速い忍び(アーク)が知らせに来たにも関わらず、呼び出しの時も大雑把な説明すら無かった。


 

 ──もしかしたらヴァキアは。


 

 不吉な想像が頭をよぎる。


 

 ──もう死んでるのかも知れない。


 

 拭き上げた食器を確認し、一枚ずつ小箱に仕舞う。


 棚を作ってしまうより、この方が拠点移動がしやすいからだとか。



 

 ふいに、掴んだ手が皿から滑る。


 

 マイの意識はそこで途切れた。


 

    ***

   

 

 ビオラは皿が砕けた音で振り返った。

 

「ちょっとマイ何してるの───マイ?」

 

 茶髪の少女が、ぞっとする程の無表情でゆらりと振り返る。

 

「ちょっと、マイ?ねえ───」

 

「ビオラ退がれ!」

 

 稲妻の如く抜刀したジュノが叫ぶ。


 同時にシュヤに突き飛ばされ、二人して床に転がった。

 

「っっ」

 

 畳に点々と血が落ちる。

 

 シュヤの右袖が赤い。

 


「エミリア・・・どうして。こんなところで」

 

「恐らく」

 

 右脚に矢筒を括り、矢を控えたルイが静かに言う。視線は既に狙撃手のそれだ。

 

「リリアが来ている」

 

 ジュノの刀がエミリアの首を断った。


 転がる首は落下しながら透け始める。


「ビオラはイノスと交代しろ。地下室ならば心配が無い。ジュノ、シュヤはイノスと共にエミリアを止めろ。俺はリリアを阻止する」

 

「了解」

 

「応」

 

 ビオラは緊張気味に頷き、奥の部屋へ走った。

 

 

 床の隠し扉が勢いよく開き、黒い十文字槍がぬっと現れる。

 

「何があっても出て来るな。頭領を死守しろ」

 

 入れ替わりに走りながらイノスが叫ぶ。


 引戸をくぐる手間すら惜しんで蹴破って行った。


 

 滑り込むように地下へ降り、青白い顔で眠り続ける頭領の枕元に座ったビオラは必死で祈る。

 

 

 早くヴァキアが目覚めるように。

 死神なぞに負けぬように。


 

    ***

   

 

 速射用の短弓に矢をつがえ、物陰に隠れたままルイは外を伺う。


 

 ──此処迄するか。


 

 たかが陽動に。

 

 領内の反乱を煽るか、或いは一般民に紛れた主戦力からの襲撃だろうと思って居たが、この大胆な攻めはイムルとか言う参謀の入れ知恵だろう。


 敵味方の区別が無いリリアは、前線に出すには危険が過ぎる。


 だが今回のように使えば、自分達の被害はほぼ無しにリネラだけを破壊出来る。



 敵ながら喝采だ。


 

 リリアならば、異常な笑い声を立てているはずだ。


 以前がそうだったように。エミリアがそうであるように。

 


 扉を開けてすぐに、ルイは異変に気付いた。

 笑い声が消し飛ぶ程のだ。


 

 ──街諸共焼き払う気か?


 

 家々に火が放たれ、轟々と黒い煙を上げて居る。


 煙に紛れてリリアが攻め来る手筈なのだろう。


 

 ──どうする。


 

 此処に燃え移るのも時間の問題。

 

 飛び出せば思う壺。

 

 魔方陣の間合いに入れば終わり。

 

 ならば此処から撃つか。

 

 しかし矢は無限では無い。無駄撃ちは避けたい。

 

 正確な位置の特定は可能か。

 

 

 ──違う。秘密警察ならば一般人を逃して居る筈。奪える命が無ければリリアの体力が保たない。


 

 それ程周到に用意されて居て気付かなかった己が腹立たしいが、今はどうでも良い。

 

 つまり放火は挑発だ。

 短期戦に持ち込む為だけの。

 

 

 ならば──


 

 鼻先で絹の長髪が揺れる。



 見開いた目に映るのは、逆向きの女の顔。

 


「きゃははっ」

 

「っ⁈」

 

 ルイを覗き込み、瞬きもせず嗤う化け物。

 

 咄嗟に弓の上端で目を突く。

 


 外した。


 だが距離は取れた。

 

 

 戦える。此の間合いならば。


 

    ***

   

 

 ──ま、これぐらい燃えてりゃいいだろ。


 

 リリアの騒ぎを遠く見つつ、イムルは松明で迎え火を放つ。


 

 無差別放火をしたい訳じゃない。


 街の人間は皆逃がしていても、家財道具までは逃がせない。

 

 

 街そのものを壊すのは殺戮と同じだからね、と首領は言った。

 居場所も財産も更地にされたら貧民になるしかないから、と。

 

 

 ──狙いはあくまでリネラ本部。それも討ち取りたい訳じゃねえ。


 

 ──彼奴等の方に応援が出ねえならそれでいい。


 

 リネラの連中は殺戮の神が相手でも押し返すだろう。

 スアラにガタが来る前に引き揚げる。


 

 ざっと迎え火を打って延焼を止め、松明をヌンチャクに持ち替える。

 

 反対側には川がある。迎え火はこちらだけで充分。


 

 狙撃手の弓が、覗き込むスアラの額を突くのが見えた。

 間髪入れず矢が三本、立て続けに飛ぶ。

 


 イムルは口笛を吹いた。

 

「すっげえな。馬鹿速え。リリアじゃなきゃ三回も死んでる」

 

 スアラの足元には硝子が何枚も落ちており、矢が刺さったそれもすぐ中に混じる。


 

 ──このまま行くと負けるな。


 

 ポケットから抜いたのは、箸ほどの長さの筒。

 袖から出した針を詰め、口に当てる。


 

 二瞬間。

 

 スアラが動きを止める。

 ゆらりと大きく体が振れ、円を描いて傾ぐと、支えきれずにぱたりと倒れた。


 

 吹き矢に気づいた狙撃手が壁の影に引っ込んだ。


 その射線を避けてイムルは走る。

 六角の鉄棒がヒュンヒュンと風を切る。


 

 ──来る。


 

 直感が告げる。狙われた場所が殺気に痺れる。

 

 斜め前にスライディングして地面と同化。

 返のついた矢が半瞬前の自分を射殺していく。

 

 上がる体温、戦いの興奮に身を任せ、蜚蠊のごとく不規則に動き続ける。


 

 

 ──尽きたか?


 

 矢が止まった。

 

 緩急を付けつつジグザグに走りながら、ヌンチャクを体の前で回転させる。


 このタイミングで止まるなら十中八九誘いだ。

 馬鹿正直に不利を晒すわけがない。

 

 左膝を狙った矢をヌンチャクではたき落とす。


 

 左肩がざっくり切れた。


 

 ──はァ?


 

 この切れ方は矢ではない。


 

 ──短剣でも投げたか?感覚で言や、刀傷みてえ──


 

 眼前に鈍色の刃。

 


 咄嗟にヌンチャクで払い飛ばす。


 嫌な金属音を立てて、打ち落としたそれは円形だ。


 

 ──チャクラムか。面白え武器使えんじゃねえか。


 

 狙撃手が指二本で回すそれも同じもの。


 

 ──そりゃ近づいて欲しくねえわな。


 

 狙撃手らしく近接は苦手と見た。


 間合いを詰めればこっちのもの。

 だがこれ以上受ければヌンチャクが壊れる。


 

 ──いや、まだ手はある。


 

 隙を見せないよう、これ見よがしにヌンチャクを回す。

 

 狙撃手の意識が集中するのを見計らい、

 

 回転そのままに投げつけた。

 

「っ⁈」

 

 顔の前でチャクラムを使い弾く。


 が、この場合攻撃は二段構えとなる。

 これではどう足掻いても、初撃しか防げない。


 

 ぼきり。

 

 チャクラムが手を離れる。

 前に出された左手が折れる。


 

 ──弓の引けねえ狙撃手は雑魚以下。


 

 チャクラムを逆の手で構え直す間にイムルは間合いから外れ、スアラを担ぎ上げて逃げた。

 

 ──やることはやった。後は阿呆共──セラと、ライダン次第だ。


 

    ***

   

 

 折られた左手首に顔を顰め、チャクラムを片付けて戻って来たルイに胸騒ぎがした。

 

「リリアはどうした」

 

 気絶したマイを縛り上げ、手短にイノスが問う。

 

「味方と逃げた。単にエミリアを暴走させたかっただけのようだ」

 

「じゃあ陽動って事だろ。アリスとかアークの方に本命が行ってる」

 

 立ち上がったジュノが刀を差し直す。無論、表情はいつになく険しい。

 

「よくわかんねぇけど俺も行く。とりあえずやべぇんだろうが」


 ヴァキアの動けぬ現在、リネラ最強の個人戦力であるシュヤが一歩踏み出るが、ジュノは渋い顔で首を振った。

 

「いや、俺だけでいい。シュヤは店とか見てきてくれ。リネラと繋がってる人らの方が危ないかも知れない」

 

 リネラは直接領地を治めている訳ではない。傘下には、収税や依頼など、一般市民とのパイプ役を請け負い情報収集も果たしてくれる店や宿、情報戦に特化したスパイが多くいる。

 民衆に紛れている彼らはともかく、店などは傘下にあることを公にしている。

 リネラを弱体化させたいのであれば、真っ先に狙うだろう。

 

「一人で足りんのかよ」

 

「大丈夫だ」

 

「押忍」


 

    ***


 

 二人が飛び出して行くと、荒れ果てた本部内に沈黙が降りた。

 が、何方も意に介すような男では無い。


 黙々と手当てをし、黙々と警戒を続けるだけだ。


 

 死神を宿し、未だ正式構成員で無いマイに対し、イノスは少々過剰な程に警戒して居る。


 相手が縛り上げられて気絶して居る状態ですら、片時も油断する事は無い。

 

 マイの件に限らずとも、この男の一見杞憂に思える心配は的を居る事が多い。


 その為、誰も止めようとはしない。

 マイの昇格条件を他の者より高度にして居るのも、彼の進言によるものだ。


 


 この結果を、既に二人は知っていたのかも知れ無い。


 垂れ込める暗雲の如き、沈黙だけがただあった。

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