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神々のイデア  作者: 花都
クーデター編
22/70

第十九章 ツキモノ

 その男は今、珍しく起きていた。


 起こされなければ三日は寝ているという男が、だ。


 主人の護衛官として五柱会議にも付き従っていながら、何もないと見るや即座に昼寝を決め込んだ男がである。


 

 理由はただ一つ、主人の危機だから。



 詰所に戻ると『白刃』と『闇夜』が談笑していた。


 此方に気づいた四つの目が驚き、ついで戦闘準備を整える。

 


「寝てろ。『白刃』には関係ない」


 

 『炎』はいきなり剣を抜いた。

 

隊長(リーダー)⁈」


 何事かと絶句する『白刃』を無視して、『闇夜』のノド元に切先を突き当てる。


 

 肌が粟立ち、波打って震える。


 だが眼前の男は微動だにしない。

 

 

「・・・・・・おはよー、たいちょー」


 『闇夜』がいつも通りにへらーっと笑う。



 その笑みが少しわざとらしい気がした。

 


「奥方様をリネラに売ったのは何故だ?答えろ!」

 


 ヘラヘラと笑ったままの『闇夜』の目から、ふっと光が消える。


 

 内通者は口の端を曲げて笑った。


 

    ***

   

 

 乾いた土を踏み散らし、師匠のグレイブが脹脛を裂く。

 

 斜めに退いて躱しつつ、足先へ斬撃。

 


 グレイブが滑らかに守りを固め、樫が弾く。



 極限まで研ぎ澄まされた美しさは演武そのもの。


 複雑に波打つ鞭は、魂の震えに共鳴するよう。

 


「ほらほら、遅い遅ーい!」

 

 叱責するや否や、容赦ない横薙ぎ。

 


 ──退がっても届くはず。間合いを変えるのはグレイブの得意だし。

 


 後退を諦め、向き直るように柄で受ける。


 桃色の平紐が綻ぶ。


 

 手合わせしている時のアリスに、普段の笑顔は無い。

 だが、目も表情も普段の比で無いほど輝いている。


 心底楽しんでいるのは、別に弟子でなくとも容易く分かる。

 


 ──あたしも。


 

 左手で牙突。

 桃色の蛇が襲い掛かり、一点目掛けて伸び切る。

 


 アリスはするりと刃先を引き寄せ、真正面から悠々と受け切った。


 

 目が挑発的に笑っている。

 

「それだけ?」

 

「まさか」


 

 濡羽色の前髪が一束風に戦ぎ、さらりと散った。


 

「・・・ブーメランか。いつの間に仕込んでたんだ」

 無表情な呟き、手が切れるほど真剣な目。


 

「なるほどね。やるようになったじゃん」

 

 張り詰めた糸をふっと緩め、師匠は明るく笑った。

 

「ほんと⁈」

 


 ──こんなに素直に褒められたのは、初めてかも。

 


 自分のあまりの幼さに呆れつつも、早まる鼓動はどうにもならない。

 

「構成員になれるように、もっと頑張るから!」

 

「あとちょっとじゃん。頑張れ頑張れ」

 

 アリスがグレイブを構え直す。


 同時にマイも鞭を──両手で扱えるよう柄を取り替えたものを、刀のように構えた。

 


 頭が冴え渡る。行動予測が脳裏に積み上がって行くのを、はっきり感じる。


 

 以前には無かった事だ。

 

 

 グレイブが動く寸前。

 

 鞭を振る寸前。


 

 突如小男が降って来た。


 

「ウワァァァァ」


「えぇええええぇ」


「ちょっとぉぉぉ」


 

 ガッシャーン‼︎


 

 マイの上に落下するアーク。

 

 仰天するマイ。

 

 救出しようと突進したアリス。


 

 三人纏めて搬送されたのは言うまでもない。


 

    ***

 

    

「・・・・・・・・・」

 

 四半刻後。黒装束の男に見下ろされ、アークは───何故かアリスとマイも───正座させられていた。


 ビオラやルイ、ヴァキアは離せない用があるらしく、暫く寝ていれば治るからとこの男が付いたとか。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「「〜〜〜・・・・・・!」」


 

 ──頸を伝う冷や汗がすごい。怖すぎるよこの人。


 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・ねえ何か喋って⁈」

 

 痺れを切らしたアリスが何とも形容し難い表情で叫んだ。


 

 心の底から同意する。お願いだから何も言わずに睨み続けないで。

 

 

「・・・・・・避けろ」

 

「へっ⁈」

 

 えっ?えっ⁈

 

「いや、まずアークじゃん。何でマイに怒るのさ」

 

「・・・言うだけ無駄だ」


 

 ──アーク、諦められてるよ。


 

「予測して無かったんだもん」

 

「・・・だが避けろ。見習いならば」

 

「無理に決まってんじゃん。見習いで避けれるんなら隕石降って来ても避けれるよね?イノス」

 

「・・・・・・えっ?」

 

「えっ?」

 

「え?」

 

「ア?」


 

 ──何この空間。


 

「・・・任務外の怪我を増やすな」

 

「そだね、うん。アーク、降って来た理由は?」

 

「ンァ?あーっと確か、頭領代理が呼んでンだよ。あのチビ助から指令」

 

「・・・っ!」


 

「「「それを早く言え!!!」」」


 

 総ツッコミを喰らったアークは、きまり悪そうに誤魔化し笑いで片手を挙げるが。


 

 ──誤魔化せるうっかりじゃないし。


 

 かくして、アリスとアークは拠点を分け、別任務に出る事となった。


 

    ***

 

 

 更に二刻後。

 

 マイは地面に這いつくばってゼイゼイ言っていた。


 

 ──何この人異常。


 

 傾きかけた日に照らされ、逆光の中佇むジュノが魔王みたいに見える。


 

 ──普通に考えて、グレイブの方が強いはずなのに。


 

 剣先の速度が半端では無い。間合いを詰めに来る踏み込みの速さも違う。


 武器が短く間合いが狭い分、速いのは当然なのかも知れないけれど。


 アリスも相当速いけれど。


 

 ──瞬きの間に懐に入られている怖さよ。しかも刀ばっかり警戒してたら視界外から蹴り飛んで来る。

 


「お疲れちびすけ、前より手数増えてるな。動きが読みづらい。懐に入られた時の対応もいいし」

 

「本当⁈今日は良く褒められる日だ!」

 

「単純か」

 

 跳ね起きると、アリスそっくりと爆笑された。

 

「頼むから方向音痴と喧嘩癖だけは継ぐなよ。あと手合わせに真剣使うとことか」

 

「結構あるね」

 

「あれきついんだよー、シュヤとかノるし。止まらんし。痛いし」


 

 ──あ、愚痴始まった。


 

「既定路線外れるし。収め方マンネリ化するし」


 

 ──それ作者の愚痴では。


 

「・・・てな訳でそれだけは継ぐな。絶対継ぐな」

 

「はーい」

 


 ──目がマジだ。この人も苦労してるんだよねぇ。

 


「マイー!ジュノー!ごはんよー!」

 

「ごはん!」

 

「めしー」

 

 夕飯に釣られ、子供に戻った二人が建物に吸い込まれて行く。


 

 長く伸びた黒い影に、何が潜んでいるとも知らずに。

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