第十九章 ツキモノ
その男は今、珍しく起きていた。
起こされなければ三日は寝ているという男が、だ。
主人の護衛官として五柱会議にも付き従っていながら、何もないと見るや即座に昼寝を決め込んだ男がである。
理由はただ一つ、主人の危機だから。
詰所に戻ると『白刃』と『闇夜』が談笑していた。
此方に気づいた四つの目が驚き、ついで戦闘準備を整える。
「寝てろ。『白刃』には関係ない」
『炎』はいきなり剣を抜いた。
「隊長⁈」
何事かと絶句する『白刃』を無視して、『闇夜』のノド元に切先を突き当てる。
肌が粟立ち、波打って震える。
だが眼前の男は微動だにしない。
「・・・・・・おはよー、たいちょー」
『闇夜』がいつも通りにへらーっと笑う。
その笑みが少しわざとらしい気がした。
「奥方様をリネラに売ったのは何故だ?答えろ!」
ヘラヘラと笑ったままの『闇夜』の目から、ふっと光が消える。
内通者は口の端を曲げて笑った。
***
乾いた土を踏み散らし、師匠のグレイブが脹脛を裂く。
斜めに退いて躱しつつ、足先へ斬撃。
グレイブが滑らかに守りを固め、樫が弾く。
極限まで研ぎ澄まされた美しさは演武そのもの。
複雑に波打つ鞭は、魂の震えに共鳴するよう。
「ほらほら、遅い遅ーい!」
叱責するや否や、容赦ない横薙ぎ。
──退がっても届くはず。間合いを変えるのはグレイブの得意だし。
後退を諦め、向き直るように柄で受ける。
桃色の平紐が綻ぶ。
手合わせしている時のアリスに、普段の笑顔は無い。
だが、目も表情も普段の比で無いほど輝いている。
心底楽しんでいるのは、別に弟子でなくとも容易く分かる。
──あたしも。
左手で牙突。
桃色の蛇が襲い掛かり、一点目掛けて伸び切る。
アリスはするりと刃先を引き寄せ、真正面から悠々と受け切った。
目が挑発的に笑っている。
「それだけ?」
「まさか」
濡羽色の前髪が一束風に戦ぎ、さらりと散った。
「・・・ブーメランか。いつの間に仕込んでたんだ」
無表情な呟き、手が切れるほど真剣な目。
「なるほどね。やるようになったじゃん」
張り詰めた糸をふっと緩め、師匠は明るく笑った。
「ほんと⁈」
──こんなに素直に褒められたのは、初めてかも。
自分のあまりの幼さに呆れつつも、早まる鼓動はどうにもならない。
「構成員になれるように、もっと頑張るから!」
「あとちょっとじゃん。頑張れ頑張れ」
アリスがグレイブを構え直す。
同時にマイも鞭を──両手で扱えるよう柄を取り替えたものを、刀のように構えた。
頭が冴え渡る。行動予測が脳裏に積み上がって行くのを、はっきり感じる。
以前には無かった事だ。
グレイブが動く寸前。
鞭を振る寸前。
突如小男が降って来た。
「ウワァァァァ」
「えぇええええぇ」
「ちょっとぉぉぉ」
ガッシャーン‼︎
マイの上に落下するアーク。
仰天するマイ。
救出しようと突進したアリス。
三人纏めて搬送されたのは言うまでもない。
***
「・・・・・・・・・」
四半刻後。黒装束の男に見下ろされ、アークは───何故かアリスとマイも───正座させられていた。
ビオラやルイ、ヴァキアは離せない用があるらしく、暫く寝ていれば治るからとこの男が付いたとか。
「・・・・・・・・・・・・」
「「〜〜〜・・・・・・!」」
──頸を伝う冷や汗がすごい。怖すぎるよこの人。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ねえ何か喋って⁈」
痺れを切らしたアリスが何とも形容し難い表情で叫んだ。
心の底から同意する。お願いだから何も言わずに睨み続けないで。
「・・・・・・避けろ」
「へっ⁈」
えっ?えっ⁈
「いや、まずアークじゃん。何でマイに怒るのさ」
「・・・言うだけ無駄だ」
──アーク、諦められてるよ。
「予測して無かったんだもん」
「・・・だが避けろ。見習いならば」
「無理に決まってんじゃん。見習いで避けれるんなら隕石降って来ても避けれるよね?イノス」
「・・・・・・えっ?」
「えっ?」
「え?」
「ア?」
──何この空間。
「・・・任務外の怪我を増やすな」
「そだね、うん。アーク、降って来た理由は?」
「ンァ?あーっと確か、頭領代理が呼んでンだよ。あのチビ助から指令」
「・・・っ!」
「「「それを早く言え!!!」」」
総ツッコミを喰らったアークは、きまり悪そうに誤魔化し笑いで片手を挙げるが。
──誤魔化せるうっかりじゃないし。
かくして、アリスとアークは拠点を分け、別任務に出る事となった。
***
更に二刻後。
マイは地面に這いつくばってゼイゼイ言っていた。
──何この人異常。
傾きかけた日に照らされ、逆光の中佇むジュノが魔王みたいに見える。
──普通に考えて、グレイブの方が強いはずなのに。
剣先の速度が半端では無い。間合いを詰めに来る踏み込みの速さも違う。
武器が短く間合いが狭い分、速いのは当然なのかも知れないけれど。
アリスも相当速いけれど。
──瞬きの間に懐に入られている怖さよ。しかも刀ばっかり警戒してたら視界外から蹴り飛んで来る。
「お疲れちびすけ、前より手数増えてるな。動きが読みづらい。懐に入られた時の対応もいいし」
「本当⁈今日は良く褒められる日だ!」
「単純か」
跳ね起きると、アリスそっくりと爆笑された。
「頼むから方向音痴と喧嘩癖だけは継ぐなよ。あと手合わせに真剣使うとことか」
「結構あるね」
「あれきついんだよー、シュヤとかノるし。止まらんし。痛いし」
──あ、愚痴始まった。
「既定路線外れるし。収め方マンネリ化するし」
──それ作者の愚痴では。
「・・・てな訳でそれだけは継ぐな。絶対継ぐな」
「はーい」
──目がマジだ。この人も苦労してるんだよねぇ。
「マイー!ジュノー!ごはんよー!」
「ごはん!」
「めしー」
夕飯に釣られ、子供に戻った二人が建物に吸い込まれて行く。
長く伸びた黒い影に、何が潜んでいるとも知らずに。




