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神々のイデア  作者: 花都
クーデター編
20/70

第十七章 五柱会議

本編に戻ります。貴族サイドです。

 シャルロットが目覚めたのは、戦いから一週間が経過した後だった。


 黄泉まで渡らなかったことが分かり、寝ずの番をしていたらしい医務官らがほっと息を漏らす。


 中には安堵のあまりその場に崩れ落ちる者すらいる。


 医務官の手伝いをしていた侍女の方は泣きそうになりながら、同胞に知らせようと飛び出して行った。


 程なくして入って来たのは、切れ長の目をした無愛想な女性。


 顔にも腕にも、薬草を当てて包帯を巻いている。



 ・・・霹靂を孕んだ暗雲が背後に垂れ込めているのは、気のせいだろうか。



「奇跡の生還を遂げたってのに、不機嫌満開で登場されたら気が滅入るじゃないか。怪我のせいで怖さ倍増だ。女が顔に傷なんか作るものじゃないよ」


「御丁寧な御忠告誠に感謝致します」


 珍しくミラフが微笑むが、瞳の奥では雪風が吹き荒れている。


 寧ろ真顔でいるより凄味が増していた。


「チアラを助けてくれたんだってね。怪我の方は平気かい?」


「この程度怪我とは呼びません。貴方様に比べれば(・・・・・・・・)


「ま、まあね、うん。それより瞬きくらいしてくれない?目見開いて凝視されるとちょっと・・・」


「右手指切断、傷口より体内に侵入した毒により右腕麻痺、そして腐敗。よって肘下を失い、左鎖骨に亀裂、全身熱傷、全身打撲、深刻な失血。此れ程の重傷を回復させ、尚且つ胎児も無事取り上げられるとは。此処の医務官は頗る優秀ですね」


「そうだろう?自分も感動して───」


「それに引き換え」


 火花の如くあちこちに稲妻が走る。あまりの電圧に全身が総毛立つ。


「我が主人の何と愚かしいことか」


 

 ピシャアァッ

 ゴロゴロドシャーン

 


 一瞬にして凍りつく空気。部屋を埋め尽くす雷雲。落雷は決して空耳ではなかろう。


「う・・・っ、ま、まあ毒は回らないように縛っておいたし、リエルも自分も生きてるし、色々あったけど無事だったから結果オーライってことで・・・」


 この状況で口答え出来る者はそうそういまい。


 この点、シャルロットは正真正銘の勇者である。


 ・・・だが、残念なことに勇気が現実に押し潰されることは往々にしてある。


「無事?これで無事ですか?利き腕を失い左肩の骨にまで亀裂を入れられ、大動脈切断による失血で昏倒。お世嗣たるリエル様まで危険に晒し、ほんの僅かでも治療が遅れていればお世嗣共々身罷られるところであったものを!何処が無事なのですか!何をどうお考えになれば無事などと言う甘い発言に到るのですか!」


 

 元来、シャルロットは些か冷徹なところも持ち合わせる女である。


 自身を側室として取り立て、並外れた頭脳を発揮出来るよう取り計らってくれたディエゴさえ、持ち前の奸計で叩き落とし、踏み台にして『五柱』最有力幹部となった女である。


 民を愛し気遣う、温かく人情に溢れた人物である反面、超のつく合理主義者であり、非道徳的な極悪もさらりとやってのける恐ろしい女である。



 しかし、彼女とて怖いもの知らずではない。


 世の中にごく僅か、ほんの一握りの幾らかは、逆らえないものがある。

 


 その筆頭が、キレた秘書であった。

 


    ***

    


 未だ仄かに怒気を発するミラフに支えられ、病み上がりかつ産後の肉体に鞭打って屋根付きの渡り廊下を進む。


 その周りに側仕えの侍女たちが付き従い、更にその周りを護衛兵が数名、一定の距離で取り巻いている。


 周囲は色とりどりの豪奢な調度品で飾り立てられた、悪趣味なほど華やかな場所だが、今のシャルロットには気づく余裕すらない。


 立っているだけで手一杯だ。



 敷地や建物の規模が無駄に大きい此処は、シャルロットの夫であったディエゴの後継者、トラスの屋敷である。


 一連の事件を受け、『五柱』筆頭たる彼の後を継ぐ者として、トラスの屋敷にて五柱会議が行われる事となった運びだ。


 『五柱』それぞれの魂胆は別として。


 

 広間に入ると宴の席が設えられていた。


 上座で威嚇するように睨み付けている若い男がトラスだろう。


 歳の頃は二十二、三。ディエゴの正室が産んだ子で、シャルロットより三、四歳下だ。


 聡明な父と異なりぼんくらとの噂だが、見たところその通りのようだ。


 調度品と言い、無駄に豪華な料理、呼び寄せた売れっ子芸者、侍らせる侍女の数と言い、『五柱』筆頭だった父の威厳を見せ付けるかのように見栄を張っているが、己の器を暴露しているようなものだ。


 これでは他の四柱に利用され喰い尽くされて終わりだろう。



 ディエゴの持っていた権利や領土は、みすみす逃すには惜しい。


 ここにいるのは『五柱』、つまり彼の生前から狙っていた者ばかりだ。


 大人しく愚者に渡すはずがない。


 そこはシャルロットが一番顕著なのだが。



「おっと、私は早く着き過ぎてしまったようだな。もっと遅くとも良かったようだね、シャルロット殿?」


 嫌味な物言いはレオンだ。


 たっぷり蓄えた口髭を弄りながら、他の四柱よりやや遅れて入ってきたシャルロットを見やって目を細める。


 出自も相まって、飛ぶ鳥を落とす勢いで力をつけるシャルロットを快く思わない者は多い。


 ネズミ同然の小規模組織に瀕死の重傷を負わされたとあれば、皮肉の一つも言いたくなるのだろう。


「それが貴方の美徳ですよ、レオン殿」


 脂汗を拭って、満面の笑みを贈る。


 レオンは黙々と杯を傾ける。匂いからしてかなり強い酒のはずだが、大丈夫なのだろうか。



 無論、シャルロットにとって彼の都合などは道端の枯葉以下だが、会議に支障が出るなら話は別だ。


 胸中に気づいたミラフが、分からないようそっと目を細める。


 己の怪我よりも領土切り取りの心配をする主人であった。ミラフの懸念はもっともだと言えよう。


 

「皆様お揃いの様ですので、始めさせて頂きたいと存じます」


 トラスの侍女頭らしい女性が、高く澄んだ美声で告げる。


「本日お集まり頂きましたのは、他でもない、ディエゴ様の御不幸に伴う領、権利の相続のため、また、シャルロット様のお屋敷が襲撃に遭われた件について、ゼセロ側の対策を講じるために御座います」


 挨拶も抜きに侍女頭が述べる。言葉こそ丁寧だが、淡々とした口調は機械的であり、主人同様に高圧的でもある。


 教育がなってない、と言うのがシャルロットが受けた印象だった。


「こちらの対策はただ一つ。先手あるのみ」


 ルーアが声を上げた。領地、権利の相続の際、継承人となった従兄弟を殺害してまで『五柱』の地位を継いだ彼女は、極めて我が強く過激な部分も持ち合わせている。


「そもそも、鷹が鼠を見逃していた事自体がおかしいのだ。この爪を以て引き裂いてやろうぞ」


 レオンが便乗する。ダリアンは例のごとく静観を決め込むようだ。


 積極的に手持ちの軍を動かす気は誰一人ないのだから、その方が賢いと言える。


 攻め込んだところで前回のように半端で終わるのが関の山、この調子では出撃すらしないだろう。


「待ち給え」


 トラスが片手を挙げて静止をかける。


 経験皆無の最年少のくせに態度がでかい、とは皆の共通認識であろう。


「襲撃されたとか言う当のシャルロット殿の意見を聞きたい」


 指名されたシャルロットはすぐには答えず、ゆったりと杯を傾けるとようやく、ため息混じりに笑んだ。


「意見を求める前に、口の利き方がなってないねえ、お世嗣さんは。そこから教えないといけないのかい?」


「口の利き方も知らぬ下民に教えを乞うほど、我は落ちぶれてなどいない」


「そうかい。アンタの父上はけっこう賢かったんだけどねえ」


「薄汚い下民の分際で!穢らわしい口で父上を侮辱するな!」


「今アンタの話してるんだけど、分からなかった?可哀想に」


 目の前で息巻く凡才を心から哀れむ。


 他の三柱は各々、扇や袖で口元を隠しては小刻みに震えている。


「不満なら、アンタがリネラを潰せば良いさ。自分に出来なかったことがアンタに出来るとは思えないけど」


「黙れ!女のくせに出しゃばった真似を!生まれたとか言う赤子も所詮、父上の子ではないだろう!」


 イデアの国において、男女の地位は身分に応じて変動する。


 貧民、下民と呼ばれる貧しい人々の間では働き手となる男性の地位が高く、女性や子供がモノのように扱われることも珍しくはない。


 悲しい話だが、いくら禁止しようとも、人身売買が絶えない理由である。


 国民の九割を占める一般市民、いわゆる平民は完全な平等となるが、貴族は逆転する。


 世嗣を産むことの出来る女性は生命の神秘の象徴とされ、やや祭り上げられている節があるのだ。


 神々が皆女神であることも、それに拍車をかけているらしい。


 ゆえに、汚れ仕事とされる政や戦には関わることが出来ない───あくまで、原則としてだが。


 『五柱』の約半分は女性であるが。何もかも蹴散らして無理矢理入って来た感が否めなくはあるが。


 まあ要するに、男尊女卑は貧困の象徴なのである。



「女のくせに、と来たか。散々罵倒したくせに、下民はアンタじゃないか。毎日毎日朝から晩まで日銭稼いで、脇目も振らずにご苦労なこった」


「若さ故か?悪影響を受けやすい様であるな」


 ダリアンが苦笑する。


 その薄皮を隔てた向こうに、屍肉にたかるハゲタカのごとき笑みが潜んでいることは皆承知だ。


 何を思っていようと、面に出したら負けである。

 


「秘密警察を焚き付ける」


 完全に面目を潰されて言葉に詰まるトラスを置き去りに、ルーアが告げた。


 我利我利亡者の『五柱』の中でも、彼女が最も空気を読まない。


「それは、如何にして?」


 顔を真っ赤にしたレオンが言い募る。


 ルーアにだけ物腰が柔らかいのは、酔いか否か。


「内通者がいる、と言えば?」


 レオンを振り向き得意げに微笑。


 シャルロットはただ、二人の勢力圏を計算するのみである。


「内通者、とな。秘密警察にそのような者が居るとは、流石はルーア殿ですな」


「ええ、秘密警察ではないけれど」


「ほう。ではリネラですかな」


 ルーアは無言で微笑する。


 普段のシャルロットであれば、酔っ払いの相互絡み酒など視界から追い出すが、今回ばかりは酒に感謝しよう。


 

 ───もうひと稼ぎ出来そうだ。

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