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神々のイデア  作者: 花都
シャルロット編
18/70

第十六章 殺戮の舞

 枯れ草を踏んで、二つの影が流水を模す。


 大太刀を挿した影と、それより二回りほど小柄な影。足音はしない。



 二人は一定の速度で進み続けていたが、「その場所」へ来ると突然足を止めた。


 矢尻の返を削ぎ落とし、赤いワンピースを着た乙女に突き刺さった矢を丁寧に抜く。


「連れて帰るぞ」


「待って」


 リリア───否、スアラを抱えようとした男を、小柄な方が止めた。その指先を毒蛇が這っている。


「なんだそれ」


 その問いには答えず、少女はリリアの体に毒蛇を乗り移らせようとする。


 

 蛇が堕ちた。


 

「オレも死ぬぞってことか。にしても可哀想なことするなあ」


「足りない」


 セラは今度は外套の下から箱を取り出し、中の苗木をリリアに当てる。枯れ枝だけになった木を棄てると、振り返って一言だけ発した。


「頼む」


「北部乾燥地帯産の苗か。極めて生命力の高い木だな。どこに入れてたんだ」


「それは今どうでも良い。通常の治療も必要らしいが、気を付けろよ」


「はいよ」

 

 治療を終えたライダンは、よっこいせ、と老人じみた声を出してスアラを背負った。


「あと任せた」


「リネラが撹乱して行った」


「おわー、燃えてるな〜」



 ───気付かなかったのか?これだけ派手に煙が上がっているのに?侍女も兵士も右往左往しているのに?叫び声が此処まで届くのに?



 心の声を飲み込み、黙々と走る。


 早く戻らなければスアラも、ライダンやセラ自身すら危ない。それに報告も話し合わねばならない事も山程ある。


 本部へと駆け戻る姿は、見る間に朝靄に紛れて見えなくなった。


 

    ***

    


 本部へ戻ると、首領の執務机に茶髪の女が腰掛けていた。日の光の下で見るには、真っ赤な口紅は些か派手だ。


「おやおやァ、お帰りィ」


 左脚に深くスリットの入ったチャイナドレスに身を包み、女は扇で胸元を煽ぎながら艶っ気たっぷりに言った。


 別に色目を使っている訳ではなく───抑も、引っ掛ける男も引っ掛かる馬鹿も居ないが───普段からこんな調子なのだ。


 初めは眉を潜めたが、六年も師事していれば、むせ返る甘ったるい香にも耐性がついた。

 順応性とは恐ろしいものである。


「リアンか。何か変わったこととかあったか?」


「あァ、アンタが作ってた薬、あるだろう?アレ、チョイと性能上げたわよ」


「おぉ、何入れたんだ?」


「ふふふ・・・知りたい?」


 けばけばしい赤色の唇に人差し指を当て、ライダンの側でうっとり見上げるリアン。


 何度も言うが、口説こうとしている訳ではない。


 第一、花より団子を地で行くライダンに分かるはずがない。リアンは元々こう言う話し方なのだ。


 見ている方は中々に不愉快、或いは反応に困るのだが。


「安全性は確かだよな?スアラに投与したい」


「ええ、保証するわ?この髪に替えても、ね」


 剣ダコだらけの手を取って自身の髪に触れさせるが、ライダンの方はやったなー、それはありがたい、などと無邪気に喜んでいる。


 鈍感も此処まで来ると立派に才能である。


 こんなのと日々、会話しなければならないゆえに。


 

    ***

    


 先程の医師、薬師達の話からすると、どうやらライダンが新たに開発した薬はリリアの暴走を抑えるものらしい。


 激しい衝動や制御不能の悲しみなどを鎮静化する、所謂精神安定剤を調合して作ったものらしく、リリアの本能の欲求である殺戮に対しても効果が期待出来ると言う。


 とは言っても相手は神なので、一時的な気休めにしかならない、とライダンは言っていた。



 安定剤を投与し、乾燥地帯の動植物等、生命力の強い生き物を生贄に捧げる。



 そうした、邪神を崇めるかのような日々が続く。



 スアラの傷がある程度治癒し、致命傷で無くなるまで、ずっとだ。不足する生命力を供給し続ける事で、スアラの死亡や以前のようなリリアの暴走を防ぐ事が出来る。


 寧ろこうするしかない、と言う方が正解なのか。

 



 本来、リネラの襲撃は計画していなかった。


 『五柱』筆頭のディエゴを殺害し、そこで終わる筈だったのだ。


 寄りにも寄ってエミリアを捕食しに向かうとは、スアラ本人にも想像しなかったに違いない。



 スアラの内に巣食うリリアは、凄まじい速度で成長して居る。寄生虫の如くスアラを喰って居る。



 

 一度堰の切れた濁流を止める術など存在しない。不用意に飛び込めば泥水に呑まれるだけ。



 それでも生きたいと望むならば、決してその壮大な流れに逆らってはならない。


 変えようもない流れに、抗ってはならない。



 秘密警察に入った時から、自衛の為に編み出し唱えて来たその言葉は、もうとっくにセラの身に染み付いて、同化して居る。



 

 常に持ち歩いて居る、四尺程の杖を左手に提げ、水色がかった短髪を外套で隠す。


 こうすれば顔を覚えられる心配もないし、諸国漫遊の旅人にしか見えない。


「仕事かー?」


 頑張れよー、と手を振るライダンに向けて小さく頷き、セラは旧ディエゴ領の情報屋へ向かう。



 計画の綻びは繕わねば瞬く間に広がる。放って置けば秘密警察が傾きかねない。




 小さな傷を幾つもつけ、人を追い込み誘い込む。


 小さな、確かな暴力が、秘密警察でのセラの仕事だった。

 


    ***

    


 夢を見ていた。リリアの夢だ。


 リリア(自分)が破壊した屋敷と、奪い尽くした人々の夢。




 緑滴る深山の中へ、木造の屋敷が溶け込んでいる。


 この屋敷の主人は、大変に自然を愛する心の持ち主とみえた。



 ───死とは、自然の究極ですわ。



 指先が魔方陣を生む。


 透明な硝子に、若草色の蔓が描かれた美しいものだ。



 どんどん巨大化する。


 人の手に収まるほどだったそれは、今は畳六枚分を超えるほどに成長している。


 触れた植物が次々に、葉を落とし茎を項垂れ、茶けた死骸を見せて斃れていく。



 

 スアラは泣いた。リリアは嗤った。

 


「うふふ」


 屋敷が騒がしくなる。

 屋上に設えられた投石機が、立て続けに跳ね上がった。


 

 米俵の四倍はあろうかと言う大石が次々と弧を描く。


 

 新たに創り出された魔方陣が空中で刻むが、数が多過ぎる。岩など簡単に切れるものではない。


 悟ったリリアは大量の分厚い魔方陣を創り出すと、重ね合わせて防御壁を作る。



 ガシャアアッ



 一撃目で三枚が割れ、四枚目、五枚目も亀裂が入り使い物にならない。



 補充する間もなく二撃目。


 残らず砕け散り、破片を浴びた両手、顔が血塗れになる。


 此処からでは遠すぎて攻撃が出来ない。

 今の『彼女』に、まだそれ程の力はない。



 背後に温存しておいた、巨大な魔方陣を後方へ差し出す。


 滑るように飛ぶ硝子細工は、間合いから外れて消えるまでに、触れた生き物を殺し尽くした。



 生命力がリリアへと流れ込む。


 生物の域を超えた驚異的な量のそれにより、リリアの傷が修復されていく。


 突き刺さった硝子が抜け落ちていく。




 リリアは駆けた。ディエゴの屋敷へ向かってではない。


 山の中腹をぐるりと一周、森の命で得た身体能力で駆け巡った。

 


 木々が枯れ果てる。リリアが強くなる。

 



 殺戮の神は、二度とディエゴとその使用人たちの前へ現れることはなかった。


 リリアは高所にいた。五階建ての屋敷を見下ろす高所。


 魔方陣を次々生み出し、硝子の階段を駆け上がって人間を見下ろしていた。


「ふふふ・・・きゃははははっ」


 リリアは嗤う。夢見る少女らしくうっとりした、それでいて残虐な、無邪気な笑みを貼り付け。


「うふふふ、あはは、はははははははっ」


 屋敷が突然火を噴く。


 今しがた駆け上がった魔方陣が発火し堕ちる。


 掌が、足先が、燃え上がる円盤を次々と創り出し落としていく。


 一瞬で炎に飲まれた森に、そこに住む者に、逃げ場などない。


 

 リリアは踊るような、舞うような脚付きで魔方陣から飛び降り、自らに焼き尽くされる山を後にした。


 

    ***


    

 寝台の上で、スアラが静かに目を開けた。

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