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神々のイデア  作者: 花都
シャルロット編
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第十四章 煌々

 作戦終了後の仮診療所兼集合場所は予め決めておいた。


 だが、現在ルイが向かっているのは逆方向である。

 

まだ何も終わっていない。墓場と化した庭園を見れば一目瞭然だ。


 

「おい。──シュヤ」


「あぁ?人使い荒れぇな」


 掘りっぱなしの通路に向かって声を掛けると、ルイと同年らしき男が顔を出した。

 漸くひと山越えたところらしく、靴など血泥塗れだ。にもかかわらず顎で使ってくるルイへの不満が、顔中どころか全身からあふれ返っているが、この男は気づいた素振りさえ見せない。


「新手を撃つ。見張りを頼む」


「シャルロットはどぉなんだよ?ネズミ花火じゃ死なねぇだろうが」


「この状況下ではヴァキアに任せる他はない。初めからその手筈で組んでいた。何故態々俺が貴様を呼びに来たと思っている?貴様の駄々に付き合う暇はないことくらい想像出来るだろう。急げ、リリアが喰いに来た」


「は?ふざっけんなてめぇ、それをさっさと言いやがれこのクソチビ!」


「な⁈だっ、黙れこの脳筋お気楽単細胞!抑も貴様──」


「うっせぇてめぇが黙ってろ陰険チビ!どっから撃つ気だ、秀才ぶってねぇでさっさとリリアの間合い教えろ馬鹿野郎!」


「外壁から狙う。短弓の──」


「とろくせぇ!」


 言うが早いか、シュヤはルイの前襟を引っ掴んで担ぎ上げ、飛ぶように駆けた。


「チビ」発言への怒り収まらぬルイの声が、青白い月に虚しく消えた。

 


    ***

    


 兵舎へ戻る道程、兵士達の訓練場。重傷を負わされた主人が満身創痍の従者に抱えられ、広大な砂地をひた走っている。

 


 紐で括った左肩をじっと握りしめていたシャルロットが、不意に首を回した。


「『白刃』、後ろだ」


「!」


 体勢を低くし、同時に体を捻りつつ斜め前方へ移動。


 シャルロットの顔すれすれを微かな風が吹き抜けた。


「息止めて下さい!」


 白く甘ったるい煙が一面に立ち込める。


 

 滑り寄る影が月光を一筋反射した。

 


 ヴァキアが投じたのは、小指ほどの棒手裏剣が五本。背中目掛けて投げ、その上下左右にも一息に投げて回避させにくくした。避けようとすれば大きな隙が出来る。


 そんな事は承知の『白刃』は咄嗟に袖に仕込んだ煙玉を使ったが、ヴァキアは速度を緩めない。以前リネラ本拠で使ったのだから、当然ではあるが。

 


 刀身の細い剣が閃く。


 

 月光が無防備な背を抉った。


 

    ***

    


 『白刃』を斬ったヴァキアはすぐさま剣を足元へ向けた。


 手応えが違う。この男はまだ死んでいない。

 


 袈裟斬りにされた『白刃』も地面に投げ出されたシャルロットも、死人の如く動かない。


 鎖帷子を着込んだ男の心臓部を正確に狙い、流れるように下突きを放つ。

 


 パキン。硬い音。


 『白刃』が跳ね起きざまに短刀で胴を薙ぐ。


 そこに暗殺者の姿はない。

 


 流線型の細い刃が堕ちた時、ヴァキアは後方へ七尺も跳んでいた。


 飛び退きながら折られた剣を捨て、短刀を抜き放って逆手に構える。


 

 空気がまるで、鉛の如く重くなった。


 

「・・・奥方様」


 ヴァキアから目を離さないまま、『白刃』は傷と胎児とを庇いながら起き上がったシャルロットに向けて口を開いた。


「門から壁伝いに十歩の扉から地下に逃げれます──どーにかして生きてくださいよ」


「・・・分かった。ここまで付いて来たことに感謝する」


「そいつはどうも」


 『白刃』が吹っ切れた顔で笑う。


 命の煌きが、恒星のように満ち満ちていた。


 

 ──幾人殺めたか知れない男が、よくもまあ。

 


 足捌きと体重移動を用い、ヴァキアは『白刃』と殴り合うほどの距離まで一気に詰めた。


 膝を蹴って牽制、逆足で踏み込み懐に飛び込む。


 刃渡七寸の刃物が鳩尾を突く。


 相手はすっと躱しつつ流れるような動作で短刀を叩き、空いた頸筋を掻き切ろうと刃を伸ばす。


 膝を落とし体を捌き、地面すれすれから脇腹に蹴り。


 敵は衝撃を殺そうと横っ飛びに跳んだ。が、流石に疲れが見えている。


 

 鎖帷子は斬撃を防ぐが、打撃や突き技には効果がない。


 

 口唇から、ごぼりと血が溢れた。


 崩れかけた脚を何とか立たせ、耐え切れず数歩よろめく。


 意思を燃やす瞳だけが、睨み殺さんばかりの圧を放っている。


 

 諦めの悪さにかけては、天下一品と言えた。


 

 しかし、精鋭部隊『五本槍』の一角、『白刃の煌めき』と言えども此処までであった。


 エミリアに負わされた傷も軽くなどない。動けていたのが不思議なほどだ。


 

 いっさいの熱を持たぬ、蒼く凍てついた月明かり。

 その精が脇を抜ける。

 


 短刀が腹を貫通していた。

 

    ***

    

 シャルロットの目的地である地下扉──訓練場と庭園とを分かつ門から、壁伝いに十歩の場所は此処からでも見える。


 此処からは約百二十歩。シャルロットからおよそ十五歩。


 ヴァキアは細い目を開いた。

 


 ──必ず追いつく。

 


 左手に短刀を控え、訓練場を疾駆する。


 砂の上だと言うのに足音がしない。光か煙が移動するようだ。


 ものの数秒で、シャルロットの背中が間近に迫る。

 


 ──もらった!


 

 全身を猫のようにしならせ、伸びやかに地を蹴る。


 憎しみを吸い、人の血を吸った鈍色の刃が、斜めに弧を描いてシャルロットの頸へ振り下ろされる。

 


 下ろされなかった。シャルロットに届く寸前で手首を返し、咄嗟にヴァキアは刃筋を変えた。


 軌道を変えた短刀が、女の代わりに斬ったのは───

 


 爆薬。


 

 斬ってしまってから、暗器でないと気づき威力を殺そうとしたが、間一髪、間に合わない。

 


 爆発音。


 

 衝撃波に容赦なく殴りつけられ吹き飛んだ。


 力が抜ける。空になった身体を激痛が埋め尽くす。肺から空気が残らず叩き出され、悲鳴すら上げられない。


 

 ヴァキアは意識を手放した。


 否、掴み損ねた。必死にもがく指の隙間から、意識はするりと逃げていった。


 

    ***

 


 ヴァキアが倒れるのを待たずして、シャルロットは通路へと降りた。


「『紅』か。助かった」


 勘の良さはさすがだな、と続く言葉は呑まざるを得ない。今の彼が聞いている訳がない。


 実際一言も発することなく、険しい顔で左前方を歩く。

 


 不意に、カラン、と音がした。

 幾人も人を斬った槍のくせに、随分軽い音。


 握力を失った使い手は、土壁に体重を預けて立っているのがやっとだ。浅く呼吸する度に、口唇から幾筋も血が流れ落ちる。

 


「『雷』の毒か」


「おかまいなく」


 表情を歪めたシャルロットに、素早く言った声は鋭く、小さい。


 自分が不甲斐ないせいで、大切な部下が傷ついていく。


「・・・済まない」



 ───赦せ。必ず生き残って、この国を纏め上げてみせる。だから赦せ。



 点々と飛ぶ血を跨ぐ。


 更にもう一歩、踏み出す。



 同じことを、幾度繰り返したか知れない。いつしかシャルロットは地下通路を抜けていた。


 

 隠し扉に手を掛ける。

 

「っ、奥方様!」


 集まって来た侍従達に担架に乗せられ、医務官の元へ運ばれながら、シャルロットは意識を失った。

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