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神々のイデア  作者: 花都
シャルロット編
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第十三章 『姉妹』

 ──熱い。痛い。死ぬ。


 ──だめだ死ねない。この子は?今死んだらこの子はどうなる?


 ──起きろ。逃げろ。早く。護衛官達はどうなった?とにかく逃げろ。目を開けろ。動け。早く──!

 


「じっとして下さい!」


 耳元で叫ばれて飛び上がった。


「『白刃』⁈何がどうなった⁈」


「アイツら爆弾仕掛けやがったんですよ!火矢と火薬で焼き殺す気だったんだろ!」


 シャルロットを抱えて疾駆しながら、背後で燃え盛る轟音に負けじと『白刃』が叫ぶ。


「んな事より左肩押さえて下さいよ!血が止まってねぇ!」


 左肩の出血を、人差し指のなくなった右手で押さえる。これ以上傷が開いたら確実に致命傷になる。

 


 ──完全に予想外だ。生死の縁を彷徨ってる。


 火薬は昔よく使ったが、あれほどの量を仕掛けた事はない。

 目立ち過ぎて準備段階で見つかってしまうし、地面に埋めると水分を吸って火がつかなくなる。


 第一、シャルロットの逃げ道を把握し、その上で頭領に被害が及ばない立ち位置をその場で計算し、想定の範囲内に誘い込む必要がある。


 時間と手間を掛け、創意工夫を重ねればやってやれない事もないのだろうが、普通に考えるなら費用対効果が悪すぎる。


 常軌を逸した執念であることは言うまでもなかった。

 


 策には自信があったのだが、今回ばかりは完敗だ。

 


「・・・護衛官達はどうなった?生きているか?」


「全員無事とはいかねぇでしょう」


「・・・・・・そうか・・・」


「兵舎は火消しで凄ぇコトになってますが、屋敷の方ならマァ安全でしょう。さっき『紅』も来てましたからね」


「『五柱』がまたうるさくなるね・・・」


「生きてりゃどーにかなりますよ、そんなもん」


 狙撃手も頭領も生きている。楽観的な一言がいつになく真剣だ。


「そうだね・・・」


「地下道に戻りますよ。地上ここじゃただの的になっちまう」


 シャルロットは黙って頷いた。


 煙と土埃が目隠しになるとは言え、すぐに見つかってしまうだろう。その前に姿を隠さねばならない。


 既に彼女の頭の中では、次の手立てが列を成していた。


 

    ***

    


 キリキリと弓弦が張り詰める。

 矢尻が一点を指して静止する。


 

 撃った矢は空を切り、炎をくぐって火矢になる。

 


 侍女達が暮らす建物、その一室。


「爆薬は三箇所仕掛けたが・・・。この火では見えんな。一箇所不発か?」


「火の問題じゃないわよ。貴方、本当に目が良いわね。撃ったって当たってるか分かんないわ。そもそもシャルロットはどこよ?」


 次の矢を片手に、遠眼鏡をもう片手にビオラが目を細める。


 ルイは中距離での速射も得意とするが、超遠距離からの攻撃では右に出る者がない。


 現在二人のいる場所も、高所ではあるが、通常予測される射程の一・五倍は離れており、流石に『五本槍』でも見つけられなかった。


 狙撃手には普通観測手がついて標的の位置や風向き等を知らせ補助をするが、彼の場合観測手はほとんど出番がない。


 ビオラがついてはいるものの、時々口を開いては黙れとか煩いとか言われて追い払われるのが常である。


 追い払われずとも、まず返答はない。


 協調性がないのだ、ルイには。優秀すぎるがゆえに、大抵のことは出来てしまうがゆえに。

 


「そろそろ位置ばれちゃうわよ。誰か来るんじゃないかしら」


 ビオラが不安げに扉を振り返った。数十ある部屋の一つに、数百いる使用人がいつ来るかなんて誰にも予想出来ないが、彼女の危機察知能力と怪我人探知能力は並ならぬものがある。


「・・・撤収するか」


「ええ。あとはヴァキアが」


 ルイは無言で頷き、弓を背負って先に出た。武官見習いに変装したルイと、侍女に化けたビオラ。


 二人が共に行動していては、不自然だし悪目立ちしてしまう。



 二人は気付かれぬまま、そっと建物を抜け出した。

    


    ***

    


 もとは美しかった庭園の、踏み散らされた芝の上。


 白いチュールの、清楚なドレスを纏った乙女がふわりと歩む。


 舞踏会にでもいるような、己の華を知り尽くした華麗な足運び。


 そうするうち、何かに気付いたらしく、ふと足を止めた。わざとらしく小首を傾げてみせるのが、いかにもあざとい。


 造り上げられた表情は、間違いなく不思議そうなそれである。

 


 その手には少女の手首。


 

 切断面からじんわりと血が滲み出し、心なしか透き通っている。


 乙女が上品に微笑んだ。


「血を分けた姉妹(双子)の危機ですもの・・・助けて差し上げるのは当然ですわ」


 口元に手を当て、うふふ、と笑い声を洩らす。

 


 小鳥やリスが次々堕ちる。その体は既に冷たい。

 草木や花は尽く枯れ果て、カラカラに渇いて変色した。


 

「そうではありませんこと?エミリアのお嬢さん」


 艶やかな視線の先には、バラバラに寸断された少女がいた。


 いた、と言うより、あった、と言う方が正しいかも知れない。


 傍目にはもはや、人と言うより積み木のような物体に近いからだ。

 流血ひとつなく、生者の気配も死者の気配も持ち合わせていない。



 乙女が──殺戮の神(リリア)が、少女の心臓部に触れた。


 

 たったそれだけの動作。それだけで、バラバラの身体はすうっと透き通り、胴のあるべき場所に戻ってゆく。


 神の御技とでも言う他ない。

 


 マイが目を開けた。

 

「ご気分はいかがでしょう、エミリア?」


 眼前の、妙に艶っぽい瞳にぎょっとしてマイが飛び退る。咄嗟の事で素手とは言え、構えも忘れていない。


「・・・あなたはリリア?自分の家ごと家族を殺し尽くしたっていう」


「あら、よくご存知ですのね。嬉しいですわ」


 完璧な笑みを浮かべ、色っぽく誘うような動作でゆっくりと歩み寄る。


 一歩踏み出すだけで、蹴りが届く距離だ。


「何しに来たの」


「つれないですわね。助けて差し上げましたのに。わたくしが来なくては、貴女は話すことすら出来ませんでしたわ」


「そんな事のために来たんじゃないでしょ。リリアはあたしと一緒にいちゃいけないはず」


 リリアは見たところ武器を持っていない。

 

 ──相手がほんの僅かでも動いたら、その瞬間に攻撃しろ。


 理性はずっと叫んでいる。動かない足を動かすために。


 

 ──この感じ。

 


 ゼセロ兵との戦いで、エミリアに捕まった時に似ている。


 頭領はあの時の事を、ただの恐怖心だと言った。新兵にはよくある事だと。


 実際そうかも知れない。


 マイに金縛を起こす相手はいつだって、人ならざるモノなのだから。


 『白刃』と戦った時も怖かった。ゼセロの大軍が津波のように押し寄せて来た時も恐ろしかった。

 

 けれど、けれどどうしたって、結局彼らは人間だ。恐怖を悦んで笑ったりしない。


 感情があることも限界があることも、何か、守るべき志や目的を持っていることも分かっていた。


 こんな、得体の知れない未知のモノがもたらす怖さとは違う。


「あら、どうして?同じ神から生まれた姉妹ですのに。生き別れだなんて寂しいですわ」


「しらばくれてないで答えて!イデアを潰す気なんじゃないの⁈イデア中の人を皆殺しにするつもりなんじゃないの⁈」


 言うことをきかない身体と葛藤し、焦燥で胃の焼けるマイと対照的に、リリアの方は品定めするようにマイの周囲を周っている。


 息をするだけで願いが叶うとでも、知っているかのようだ。



「あら、何を焦っていらっしゃるの?わたくしはそのようなことを言ってはおりませんわ。それに時間だってたっぷりありますのに」


「エミリアとリリアが集まる目的なんてそれしかないでしょ‼︎」


「ふふふ」


 さもおかしそうに、真後ろでリリアが笑う。


 豊かな胸を背中に押し当て、リリアはマイに密着する。


 細い指が喉笛を這った。


 

 冷たい水が染みるかのように、自然に腑に落ちた。『彼女』は今まで、マイとは比較にならないほど幾つもの修羅場を、こうしてくぐり抜けて来たのだ。


「集まる、のではありませんわ」

 紅色の唇が耳に吐息をかける。


「喰うんですの」

 


 下半身に、電撃の殴打。


 

 倒れたマイの、太腿から先がない。


 

 ──まさか、こんなに。


 『何か』が起きる寸前、危険を感じたマイは動ける上半身を無理矢理投げ出し、前方に倒れ込んで伏せた。


 エミリアは心臓さえあれば再生出来る。それを加味しても、生き延びられたのは訓練の賜物としか言えない。


 

 頭領は、リリアとエミリアは協力して国を滅ぼすと言った。


 けれど今なら分かる。協力とは違う。



 先に死神と混ざった方が、混ざり切っていない方を取り込むのだ。死神の力で相手を殺し、その力を奪い取って融合して、決して殺せない完全な死神になる。

 

 そこに宿主はいない。

 


 両腕に力を込め、地を叩いて宙返り。


 空中で脚を再生し、素早く態勢を整えてブーメランを抜く。


 使った生命力は、先程リリアから与えられていたもの。


 些か癪に障るけれど他にどうしようもない。倒せばそれも済む話だと言い聞かせ、左足を半歩引く。

 

 ブーメランは鞭ほど得意ではないが、千切れかけたボロより余程増しだろう。


 マイは息を整え、むせ返るほどの色香を放つリリアを睨めつけた。


「イデアを守る方法が、ひとつある」

「うふふ──何でしょう?お聞かせ願えます?」


マイ(あたし)の手で、あんたを殺す!」


「人間が、リリアをですの?まあ、可哀想に。思考回路が飛んでしまいましたかしら」


 

 嘲笑を無視して、歪な形の刃が唸る。


 それが間合いに入る寸前、リリアは左手をブーメランへ向けた。


 

 華奢な指先から、若草色の魔方陣が噴き出す。

 


 ──「リリアは、硝子のような物質を操ると言います」


 頭領の声が蘇る。

 下半身を喰い千切ったのも魔方陣だ。両側から押し潰され、衝撃と共に捻り取られた。


 

 あの時マイは、同時にエミリアでもあったから。

 


 案の定、魔方陣を掠った途端にブーメランの軌道がぶれ出した。


 リリアが左手を引き戻すより先に、マイが右手を引く。


 軌道が垂直に折れた。


 向きを変えた刃が防御を抜けて鼻先を掠める。


 リリアがほんの一瞬だけ、驚いた目をする。


 そうして、瞬く間に笑った。


「ここまでのようですわね」


 手首から繋げたワイヤーが、魔方陣に絡みつく。これでブーメランは完全に死んだ。もはや操作のしようがない。


 

 マイは薄く笑んだ。

「どうかな?」


 後頭部目掛けて降り注いだ彗星が硝子を穿つ。光る糸が張り詰め、手のひらへ流星痕を描いた。

 

 マイのブーメランは三刀流である。


 それぞれ形も軌道も異なる上、ひとつは右手首にワイヤーで繋げ、軌道を変えられるようにしている。


 ワイヤーで繋いだブーメランを囮にし、リリアが気を取られた隙にもう二つが死角の両端から首を狙うよう仕掛けた。三つ同時には防げないと踏んだのだ。

 


 立て続けにブーメランを投げる。額を、首筋を、肩甲骨を、研ぎ澄まされた刃先が何度も示す。

 


 ──どれだけ疲れていたって関係ない。あたしが負けたら、イデア中の人々が虐殺されてしまう。

 ちょうど、この庭園の小鳥やリスたちみたいに、わざとっぽく、あざとく笑われながら。

 エミリアに負けたら、あたしの心も理性も消え失せて、リリアのそれもなくなって、人の命を欲しいまま弄ぶ死神そのものになってしまう。

 イデアの人達は殺し尽くされ、たくさんの人が守ろうと足掻くこの国は、大勢の人が命がけで祈るこの国は、たった一体の神に蹂躙され、跡形もなく滅ぶ。

 


 ──そんなこと、させてたまるか。

 


 リリアの指が魔方陣を生む。

 


 ──戦いはまだ、これからだ。

お久しぶりです!あずきです。

作者夏バテにより、予告なく投稿が遅れてしまいました。ごめんなさい。

水分はだいじですね。皆さまもお気をつけて。

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