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神々のイデア  作者: 花都
シャルロット編
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第十一章 逆襲Ⅲ

 息を潜め耳を澄ます。地下水の湧き出す音に混じって、微かに人の足音がした。



 ──全てを奪ったアイツだけは、何を捨てても殺すと決めた。



 湿った土壁に背をつけて、腰の短刀に手を掛ける。


人の気配が、シュヤの潜む分かれ道へと近づいて来る。


 焼け野原になった故郷が、家族の黒焦げの残骸を突き付けられて泣きじゃくるあいつらが、脳裏をちらついて叫び出したくなる。



 ドクン。心臓が跳ねる。浅くなる息を抑える。



 ついに、ついに待ち望んだこの時が来た。



 息を殺し気配を消していても、自分で分かるほどに心拍と体温が上がる。


 此方へ向かう足音は、武術の出来ぬ女のもの。


 当然気が急いているらしく、早足に進んで来る。


 この様子では、周囲に気を配る余裕など微塵もないだろう。


 信じられない失態でも犯さぬ限り、仕留め損なう訳がない。



 あと十歩。姿勢を低くし、脚に力を込める。


 あと九歩。水分の多く柔らかい地面に足跡が残る。

 


 あと三歩。自然に息が止まる。


 あと二歩。短刀の白い刃が闇に浮かぶ。


 ──あと一歩。



 シュヤはシャルロットの方へ飛び出した。

 


 死角からの攻撃を避けるために。


 

「当たりかい?『闇夜』」



 逃げ惑っていたはずの女が、余裕たっぷりに口を開く。



 ──嵌められた。



「こ、の、野郎・・・っ!」


 罠だ。コイツはまたこうやって───!


 あらゆる思考が吹き飛び、手足が勝手に動く。


 腸が煮え繰り返る。身体中が燃えるように熱い。


 怒りと憎悪が全身を震わせ、噴き上げる咆哮が喉を焼く。



 憎い、憎い、憎い。



 止まることを知らぬ赤黒い感情が溢れ続け、器を衝き動かす。


 ───コイツは、何もかも焼き尽くして奪ったコイツだけは───‼︎



 シャルロット以外見えない。煮え滾る血潮しか聞こえない。傷を負ったことすら知らない。意識の内には、仇の生死のみ。



 憎しみのまま衝動のまま、短刀が獣のように襲い掛かる。はっとして腹部を庇うシャルロットの動きが、ひどくゆっくりに見えた。


 

 ───斬れ、斬れ、殺せ。八年間抱き続けた憎しみを悲願を晴らせ。


 例え八つ裂きにされようと、絶望の中で死んでいったあいつらの苦しみに比べれば。


 俺が生き残ったのは、コイツに復讐するためだ。未来を壊され、激痛に浸され、一生を狂わされたあいつらの代わりに、もういないあいつらの代わりに。


託された思いを果たすために。コイツを、苦痛の淵で殺すために。

 


 背後で、金属音。

 


 命を削るその音が、一瞬にしてシュヤをこの場に引き戻した。危機だったこと、作戦の最中だったこと、周囲の状況。それら全てが混ざり合いながら雪崩れ込んで来る。


 

 『闇夜』とアークが戦っている。

未熟者ミジュクモンが!」

 妙に俯瞰した頭が理解する。

 アークが止めてくれなければ、殺すより先に『闇夜』の大鎌が首を落としていた事を。



「・・・悪かった」

 シャルロットを憎んでいるのは、自分だけではない。未熟過ぎる己が歯痒かった。

 


 あいつらは、身を犠牲にして俺に託した。それが焼けつくような思いだろうと、独りで勝手に焦る必要はない。今の俺には仲間がいる。


 

 命懸けの思いを、俺も命懸けで託す。


 

    ***


    

 『闇夜』と別れてからは襲撃もなく、穏便に外へと出られた。



 ───あと何人、いるんだろうね。



 思いつつ歩を進める。通路の外まで逃げ切ったら、庭園と兵士たちの訓練場を抜けて兵舎へ向かう手筈になっていた。


敵がいくら強くとも、屋敷に詰めている軍全てを相手取るのは無理だ。ゆえに、そこまで生きて辿り着ければ勝ちである。


 気配はないが、いま、自分の周囲を忍びを含めた幾人もの暗殺者が取り巻き、さらにその周りを『炎』が見張っているのだろう。


リネラの構成員を個別撃破出来れば良いが、いくら『五本槍』の隊長でも流石に一人では無理だ。


一対一の戦闘能力はほぼ五分だと思われるし、そもそも体が足りない。結局、動いた時を狙う他ない。


 達人同士の微妙な駆け引きなど、武術を知らぬ素人がいくら警戒しても無駄だ。危険地帯は早く抜けるに限る。

 


 兵舎までの、たかだか十分足らずの道のりがひどく長い。


見渡す限りの広大な砂漠を、蜃気楼を目指して彷徨っているかのような。


 

    ***

    


「奥方様っ!」


 背後にいたらしい『炎』が脇を駆け抜けた。巻き起こす風で、槍を振るったのだと分かる。



 ───来たか。



 彼女の前に立つその足元に、折れた矢が落ちている。

 リネラの狙撃手は、『五本槍』の捜索まで免れた。


それが、この程度の腕だろうか?


 答えは否。つまり、先程の矢は囮だ。

 


「お逃げ下さい!お早く!」


 青髪の男の攻撃を弾き上げながら『炎』が叫ぶ。


その間にも矢が飛来し、剣が閃き、忍びの手裏剣が風を切る。



 ───兵舎まで、この足であと四分ほど。残りの暗殺者は一人か二人だろうけど、『五本槍』には頼れない。


 シャルロットは口角を上げる。


 

 ───ここまで全部、予定通りだ。

 


    ***


    

 板敷きの床に押し付けられて息ができない。


 痛くて怖くて目の前が真っ暗になる。


 殺されてしまう。毀されてしまう。



 いま、怪我させられているのは左腕だけ。二の腕をざっくり切られて、小指を折られて、肩が外れかけて。それから、たぶんあちこちの筋も痛めている。



 これ以上何かされたら、もう治らないかも知れない。侍女として生きられないかも知れない。


 お仕えをやめなくちゃならないかも知れない。そんなのは、嫌。でも、奥方様を裏切るのはもっと嫌。どうしたらいいの。


 

 ───誰か、誰か早く来て。誰でもいいから。お願い助けて。


 

 助けて、お願い───

 


 唐突に、女が床を一回転して転がった。


 訳もわからないで視線を辿ると、長い髪を綺麗に編み込んだ女性が一人。


 戦場に不似合いな清潔感の溢れる出で立ちが、彼女の性格を良く表している。


 

「侍女頭を虐めないで頂けます?業務に支障を来されては迷惑なのですが」



 埃を払って立ち上がるグレイブ使いを、ミラフは不快感も露わに睨みつける。投げた残心が美しい。


「シャルロットの秘書だっけ?頭領に報告が来てたなあ」


「無駄口を叩く時間があるのなら退散して頂けませんか?わたくし共は貴女方の様に暇ではないのですよ」


「ここって手練れ多いよね。貴族の女はすごい箱入りだって聞いたんだけど。シャルロットは平民の出だし、そう言うの拘らないの?」


「貴女こそ、血筋は姫でしょう。『五柱』の皆様より遥かに上の階級であり、数代遡れば、最も高貴な家柄だったはずですが?」


「大昔の事言われてもね」


「では実力不足で奥方様の暗殺から外されたので?」


「うわぁ、語彙力どうなってんの?すっごい性格悪そう」


わたくしの性格など、奥方様の歩む道にはなんの関係もありません」


「面白くなさすぎでしょ。これはシャルロットも苦労するねえ」


「貴女方のように馬鹿げた生活はしておりませんから」


「わー腹立つ。初対面なのに喧嘩売られる筋合い無いんだけど」


「記憶力に問題があるのでは?」


「つくづく貴族っぽくないねぇ。挑発乗らなきゃ進まない感じ?」


「どうぞお好きに。消えて頂ければわたくしはそれで構いませんから」


 秘書さんに目配せされて、チアラは転がるように逃げ出した。


 ───さっきの青い髪の男が、奥方様のほうにいるとはかぎらない。この近くにいるかも知れない。もう捕まったりできない。皆のところまで戻らなきゃ。早く、早く、早く、早く!これ以上、迷惑なんてかけられない・・・!


 

    ***

 


「逃がさないよって」


 戯けた調子で、それでいて隙もなくアリスがグレイブを振る。


 それがチアラの背を抉る直前、刃の軌道を外して接近したミラフがグレイブを掴んだ。


 

 アリスの体が宙に舞う。

 


 タンッ。


 軽い音を立てて着地しアリスが突きを放つ。


 当たれば肋骨が砕けるそれを紙一重で躱し、ミラフは手首に手を伸ばす。


 腕を掴まれる寸前、体を入れ替えグレイブで薙ぎ払う。


 素早く後退、グレイブを回り込みつつ距離を詰める。


 距離を取るため、大きく下がりつつ頭蓋を狙う───と見せかけて脛。不意を突かれたミラフは咄嗟に距離を取る。


 

 グレイブの間合いに入った。


 

 白い刃が彗星のように回転し赤い尾を引く。


 退いた距離だけ踏み込まれ金属が鼻先を掠る。


 グレイブが掠るたび、行動の選択肢が斬り盗られていく。


 ───速い。


 咄嗟に、ハンカチを投げる。


 無論気休め。だが、一瞬でも反応が遅れれば。


 反対に、全く動じなければ勝ち目はない。


 幸い、暗器を警戒したアリスはハンカチを両断した。


 グレイブが振り切れる。

 


 瞬き一つの隙が出来た。


 

 その隙に間合いを詰める。


 体を入れ替えつつ、支点目掛けてグレイブに手を伸ばす。


 これさえ封じてしまえば、押さえ込むのも造作ない。

 

 が、グレイブを振り切るフリをしてアリスは次の手を打っていた。


 空いた脇腹に、渾身の突きを叩き込む。


 

「〜〜っ・・・‼︎」



 ミラフの膝が崩れた。



 脇腹を押さえて蹲り、畳に点々と赤い点が散る。





 ───流石に、動けないはずだ。急所を突いた手応えがあった。これで立ったら人間じゃない。



 おそらく激痛のあまり視界さえ覚束ないだろう。



 ───なら、わざわざ殺す必要もない。

 

 苦しむミラフをちらと見て、アリスはその場を後にした。

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