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神々のイデア  作者: 花都
シャルロット編
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第九章 逆襲Ⅰ

「奥方様」


 澄んだ朝を裂くピアノのような、生真面目な声がした。


「お呼びで御座いますか」


「堅くならなくていいと、何時も言ってるじゃないか」


「ですが」


「自分は名家の生まれじゃないんだ。出自で言えばお前の方がずっと上だろう?」


 なおも食い下がろうとする秘書を押し留め、赤毛を揺らしてシャルロットが笑う。


「出自の問題では御座いません。貴方様はこのイデア国における最高権力者です。当然、御身分は(わたくし)などよりずっと上です」


「『五柱』なんだから五人もいるじゃないか。最高権力者なんて形だけさ。登っちゃ来たけど、思い通りになんてなりやしない」


「リネラ、と申す小規模組織で御座いますか」


 ミラフが眉根を寄せる。


 シャルロットは不服そうに、まあ、それもあるね、とだけ言った。


「矢張り攻めて参りますか。しかし、何故今なので御座いましょう?」


「総力戦だからさ。エミリアがいたとは言え、この前の軍でかなり消耗してるんだろう。そりゃ早く攻めたいだろうけど、やっぱり時間は掛かるね」


 それならば、とミラフが目を細めた。


「皆様は何故、リネラが弱体化している隙を狙おうとなさらなかったのです?」


「そこだよ、自分が言ったのはさ。下手に五人も権力者なんか作るからこうなるんだ。不平不満で何にも進まない。もう自分、ゼセロやめてリネラにでも入ろうかなあ」


「おっ・・・奥方様!なんて事を仰るのですか!」


「はは、予想通りの反応くれるねえ。生真面目な秘書をおちょくるのが、妊婦の数少ない楽しみさ」


 腹の子が生まれるのは二月半ほど先だが、膨らんだ下腹部は服の上からでも分かる。


「あれだけの手練れに、死神まで相手取るんだ。こっちも全力さ。きっちり警戒しないとね」


「『五本槍』へお伝え致します」


「いいさ。あの四人だからね。『雷』の首は早い者勝ちだって伝えておきな」


「承りました」


「ありがと」

 


    ***

    


 『闇夜』が掴んできたのはリネラの近況だった。


 あと十日かそこいらで、奥方様がお住まいのこの屋敷に攻め込んでくるらしい。



 どこをどう散歩したらこんな情報が入るんだよ、とか言っちまうのは野暮だろう。


 マァ相手は『闇夜』だしな。コイツが掴んで来る情報の信憑性はかなり高い。



「まず、どこを誰が守るか、だな」


 珍しく起きている隊長(リーダー)が場を仕切る。この男が起きている時点で、本気でヤバい証拠だ。


「私がリネラの長であるならば」


 いつものすっとぼけた顔で、『紅』が口を開いた。

 小首傾げても可愛くねぇよ。

 美白の美形ったって野郎だぞ。


 どうせ何も考えてねぇけどな。

 コイツすげぇ顔に出るし。


「『雷』は陽動に使う。奴が抜けたのちも、秘密通路以外は変えていない。奴が奥方様を外へ避難させ、外で主戦力を待機させた方が合理的ではなかろうか」


「マァそりゃそうだが、そんなホイホイ上手くいくとは考えてねぇだろ。俺ら以外にも奥方様と顔合わせる奴は何人かいるし、絞められたら吐くぜ。来るまでずっと避難っつーのも無理だけどよ」


 チアラの顔が浮かんだが、そもそも俺たちの仕事は秘密裏に奥方様をお守りすることだ。


 こっちはかなりギリギリだし、自分でどーにかしてもらうしかない。


「侍女側もそういう事態は想定してるが、殺し屋連中の襲撃ってなると厳しいかもな。奥方様も、一般人は命優先で指示してる。結局は水際作戦だろうな」


「奥方様に張り付いとく奴がいるんじゃねぇの?暗殺者相手なら『闇夜』が適任じゃね?つうか、さっきから黙りこくってどうしたんだよ」


「オレ一人でも『雷』はどーにかするけどなー。こっちに忍びは居ねーぢゃん?『紅』と交代した方が良いんぢゃねーかと思ってな」


「暗殺ではなく戦闘へ持ち込め、と言いたい訳だな?私は構わない」


「あざーす」


「そんで、『闇夜』はどこ行くんだ?油断してねぇ奴は暗殺出来ねぇだろ」


「はっはー!」


「あ?」


「はっはっは、舐めんぢゃねーぞ」


 もうダメだコイツ。


「要するに、御屋敷こっちリネラ(むこう)で暗殺屋と戦闘系のヤツをぶつけるっつぅ事だろ?一緒じゃねぇか」


「違げーよ」


 『闇夜』がニッと口の端を引いた。


「向こうの標的は奥方様だ。『紅』は迎え撃つけど狙われてねー。オレは本人を狙ってる。殺れるかは知らねーけど、確実に足止めにゃなるわな」


「なるほどな。頭領は自分が防ぐ。狙撃手も狩っておこう。異論はあるか?」


 誰も反対しねぇのを確認して、隊長リーダーは立ち上がった。


「作戦開始だ。持ち場へ動け」


 応、の声が消えないうちに、詰所は空になった。

 


    ***


    

「さてさて、いっちょやりますか!」


 ところ変わって、リネラ拠点の一つ。


 出撃直前の最終確認をするジュノの傍らには、完全復活したアリスが控えている。


 控えていると言うか、グレイブを片手に、おふざけを含んで楽しそうである。


「あー・・・、ほどほどにしとけよ・・・?」



 怪我のせいで二月も動けず、かなり溜まっているのだろう。まさか本当に暴走はすまいが、どうしてもヒヤヒヤしてしまう。


 何度も痛い目に遭っているからこその、条件反射と言うやつだ。



 頭領ボスもそれを分かった上で、二人を隠密任務から外したのだろうが。



「・・・行くぞ」


「おーぅ!」


 ──緊張感無いな・・・

 


    ***

    


 シャルロットは一人、扇を片手に舞っていた。


 嫁入りの際、付き人達に無理矢理覚えさせられたものだが、舞だけは気に入っている。


 扇を揺らして廻るたび、爪先、指先に意識を遣るたび、自分の中の煩雑なものが整理され、頭が冴えわたる心地がするのだ。



 近頃は毎日のように、あと二月あまりで生まれてくる我が子のことを考えながら、邪魔されぬよう自室に篭ってこうしている。


 その時間が一番楽しくて、生きている実感が湧いて、一番好きだ。

 


    ***

    


 不意に、襖が破れた。



 襖から突き出した黒塗りの刃が、右手人差し指もろとも扇を切断し、要を失って羽が散り舞う。


 咄嗟に部屋の隅まで退がって、目を見開いた。


 漆黒の装束、黒塗りの刃。


 かつて、彼女の目となり腕となって情報を集め、暗殺者の襲撃から幾度も守ってくれた精鋭──『漆黒の雷』。


「『雷』・・・!」


「その名で呼ぶな」


 無表情な男の目を真っ直ぐに見つめ、落ち着け、と自らに命じて腹から深く息を吐く。


 槍はシャルロットに向いているが、彼が本当に警戒しているのは彼女ではない。つまり気づいている。

 


 死地にいるのは自分だと。


 

 鈍い金属音。



「奥方様!」


 『白刃』に背を押され、抜け道へと誘導される。


 『紅』が足止めしてくれるおかげで、追撃は来なかった。



 前を歩く『白刃』に続いて、自分と四人の『五本槍』しか知らぬ通路を歩く。


 分かっていたことでも、いざ起こると息が浅くなる。



 ──いま自分が死んだら、この子は生きていられない。

 ゼセロは内部崩壊するだろうし、死神に対抗するどころじゃなくなる。そしたらこの国は滅ぶ。


 あの一族が現れないいま、ゼセロじゃなきゃ対抗もできない。絶対負けられない・・・!



 押し黙って警戒しながら、一歩ずつ出口へと歩く。



 やがて、やたらに長く光の届かない、じめじめした通路に橙色の光が差した。



 唾を飲む音が妙に大きく感じた。



 ──まだ、本番はここからだ。

 


    ***

    


「お下がりください!」


 『白刃』の叫び声、不快な金属音、身構えたシャルロットが退がるのとが、全て同時だった。

 


 『白刃』が左手に嵌めた鉄籠手が生々しく抉れている。

 


「またエミリアの嬢ちゃんか。やたら左手そっちばっか狙うなぁ。

ソレ結構痛ぇんだぜ?まだ治りきってねぇのによ。そんなに俺の左手が好きか?」


 苦笑した『白刃』に、人間は治りが遅いからなあ、と大袈裟に呆れてみせると、にやっと笑って続ける。


「文句言うなら防がなきゃ良いのに。そしたら目出度く喉切れてたよ」


「前会った時と全然違ぇな。ビビって泣いてた奴には見えねぇ」


「逃がさないよ」


 鞭の先端が『白刃』の傍をかすめ、横道へ逃げ込もうとしたシャルロットを真っ直ぐに突いた。


 割れた鐘のような音を立て、シャルロットが懐剣で弾き返す。


「喋ってる間に逃がすの?意外と狡いんだね。やってる事すごい普通だし」


「挑発してぇならもうちょい考えろよ。台詞テキトーすぎんだろ」


「要らないよ。どうせあたしに負けるんだし。シャルロットは助からないしさ」


「ごちゃごちゃうるせぇな」


「あははっ、乗ったね」



 『白刃』が眉根を寄せる。


 目に険悪な光が灯った。



「最後通告だ。失せろ」


「やだね。あたしはエミリアだもん。血が見たくてしょうがないの」


 あらかじめ、演じようと考えて来た台詞を言って、ばれないように息を吐く。



 ──全部ぜんぶ、嘘。怖くて怖くてしょうがないの。もうやだ。どうしてあたしなんだ。

 泣きたい。投げ捨てて逃げてしまいたい。


 さっきから、面の皮一枚でずっと笑ってる。嬉しくも楽しくもないのに。


 にやにや笑ってなきゃ泣き出して、あたしはエミリアなんかじゃないって訳の分からない言い訳を吐いて、みっともなく逃げ出してしまうから。


 やっぱり無理だなんて、紙屑で出来た鎧を纏って。


 

 ──でも。


 

 ──あたしだって決めたの。ずっと前に。



 瞳がきらっと光る。口の端を引いてにっと笑う。



 覚悟はとっくに済んでいる。恐怖心を箱に仕舞って、せめぎ合いつつ蓋を閉めつつ、擦るように踏み出す。



 ──エミリア、こっちへおいで。マイ、行かないで。溶け合えば、もっと強くなれるはず。



 視界の色が褪せる。白黒の線画になる。



 ──呑んでしまっては駄目。呑まれても駄目。あたしは、神の子になるの。



「シャルロットはどこ行くのかな?あの人の血が見たいんだけどな」


「贅沢言うんじゃねぇ!」



 五丈近くを短絡し、『白刃の煌めき』の異名を取る槍が唸る。



「あははっ、そうこなくっちゃ」



 頭の中で、エミリアが嗤った。

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