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思い出の親友

作者: 利々夢

絨毯張りの細長い部屋。

築30年以上の建物なのに、改築されたばかりの研究室はきれいだ。

ここには事務机が14台に、コピー機が白黒とカラーで1台ずつ並んでいる。

廊下側の棚にはコーヒーメーカーはもちろんのこと、冷蔵庫や電子レンジが揃っている。

エアコンも完備だから、誰が見てもいつでも住み込めそうである。


 え?寝る場所が困るって?


いやいや。

先輩が折りたたみ式の簡易ベッドを隠し持っているため、借りれば問題ないのだよ。

それにここからわずか10メートル先にはトイレと流し台もある。

コンビニは少し遠いけど、2階の渡り廊下を進めば雨にもあたらず自動販売機に辿り着くから最悪食べ物にも困らない。


 こんな環境だから、工学部の学生は夜中まで大学に引きこもるんだよなぁ。


私は夜ご飯を食べ終え、ぼんやりそんなことを考えていた。

日中は4階の窓から大学の裏山が見えるが、日が暮れた今は何も見えない。

よって私の見つめる先は、正面にあるパソコンの画面である。


毎日研究が忙しい。

大学院の2年生ともなると、授業はほとんど…いや、全く無くなり、同級生に会う機会もめっきり減ってしまった。

同じ研究室の仲間とは毎日顔を合わすのだけれども、決して親友と呼べるほど親密になる訳ではない。

後輩と話すときは、私の方が先輩なんだから、という気張った感情もどこかにある。

たまには友達と喫茶店でお喋り…なんて、学部のときはそんなこともあったけど、今はなかなか出来ない。


 はぁ…。     ん…?


私は何に不満なんだろう?人間関係だろうか。

私はもともと感情を表に出すことが苦手で、そのせいでいろいろ損をしてきた。

今はだいぶ改善してきたつもりだけど、周囲と溶け込むにはやっぱり時間がかかる。

でも頑張らなきゃいけない。

彼女の分まで一生懸命人生を送るって決めたから。


 そうよ。彼女にできないことを、今私はやっているんだから。

 …ん?誰のことを言っているかって?


それは1人の少女―――私の親友のことである。

懐かしさに満たされ、自分の口元が勝手に緩むのがわかる。

それでもパソコンを眺めながら、私は思い出していた。


  *  *  *


中学に入ったとき、吹奏楽部で彼女に出会った。

彼女を一言で表すなら、容姿端麗で気の強い子。

そして、クラスの違う私にはなかなか心を開かなかった。


中学2年生。

彼女には同い年の彼氏ができた。

どこにでもある部内恋愛ってやつだ。


その年の文化祭。

体育館で次々に行われるパフォーマンス。

彼女の彼氏はたった1人でステージに立ち、歌を歌った。

それは、心のこもったラブソング。

見た目かっこいい訳ではなかったけど、彼は感情を込めて一生懸命歌っていた。


 思わず私も聞き惚れちゃったなぁ。


彼は歌い終わると真っ直ぐに1点を見つめて歩を進めた。

ライトアップされたステージを残し、全校生徒と先生、保護者が見守る中。

彼女のもとまで歩み寄り、彼女が立ち上がった瞬間…抱きしめた。


 このときの会場の空気を想像できる?


周囲にいた思春期真っ盛りの生徒達が、驚きと冷かしと恥ずかしさで声にならない声を上げていた。

スポットライトがいつの間にか2人を照らしている。

だが、誰もが興奮しているせいで彼女の表情に気づいていない。

おそらく私だけが見ていた。

恥ずかしすぎて、けど嬉しさを隠せない彼女の涙を。

彼女は全力で淡い恋をした。


中学3年生。

仲間の声と先生の決断によって、私は吹奏楽部の部長になった。

そして彼女は、どうやって決めたかもう忘れてしまったけど、学生指揮者に選ばれた。

お互いに責任の重い役職と向かい合って頑張った。


体育館で行われる引退間際の定期演奏会。

私たちは一つの曲を選んだ。

それは今まで吹いてきた中で一番思い出深い曲。

一生懸命吹いて、泣きながら演奏会を終えた。


3年間を振り返る。

最後まで部活をまっとうできたのは、彼女と今まで一緒に頑張ってきたから。

私はいい関係を築けたことに感謝した。


  *  *  *


高校1年生。

私たちはまた同じ高校の同じ部活で…別々のクラス。

もともと趣味も性格も違うし、それぞれ新しい友達もできたから、毎日一緒にいるわけではない。

でも中学のときに築いた絆によって、心地よい距離感が存在する。

離れていても心が通じ合う、この感じがちょうど良かった。


高校2年生。

私は吹奏楽のソロコンクールに出場した。

朝も夜も、お正月休みもすべて返上して、自分の全力を投じて練習を繰り返す。

誰もいない音楽室に閉じこもり、時には先生のマンツーマンレッスンを受けて。

でも頑張っても、頑張っても超えられない壁がある。


 ダメかもしれない。表現力が追いつかない…。


次第に気持ちの面でも負けそうになっていく。

そして結果は…ダメだった。


次の日、私の表情はいつもと変わらず穏やかで普段と変わらない。

だから小さな異変に誰も気づいてくれなかった。

でも、彼女だけは違った。

私は何も告げていないのに、顔を見ただけで、


 「…辛かったね。」


開口一番そういうと、私を抱きしめてくれた。

嬉しさで、涙が出そうだった。


ある日、私は用事があって部活を早退した。

みんなが合奏練習をしているが、隣の教室で荷物を片づける。

隣には彼女の姿がある。


 「懐かしいねぇ」

 「うん、懐かしいね…」


とても短い会話だったけど私たちにはそれで十分だった。

隣の教室から聞こえてくるのは思い出の曲。

中学最後の定期演奏会で泣きながら吹いた曲。

未熟ながら懸命に練習したあの日々がよみがえる。

このときの私は、彼女が隣にいることがあまりにも自然で、まもなく訪れる運命を知る由も無かった。


冬になり、「中学校の定期演奏会を見に行こう」と彼女は言った。

高校を卒業すれば、当時の友達は就職をして地元を離れるかもしれない。

だから会えるうちに会わなければ、と。


軽く壁に寄りかかりながら話す彼女の姿は、鏡越しに見てもやはり可愛らしい。

お洒落を楽しみ、派手ではないが化粧もする、年相応の女の子。

見習わなければと内心思う。


 「うん、行きたいね。」


私は彼女と約束を交わした。


それから一月も経たない頃。

事件が起こった。


彼女が…昨日まで元気だった彼女が突然消えた。

後輩が唇を噛み締めて、うつむいたまま私に告げる。


 今…なんて言ったの?


友達も先生もこの世の終わりのような顔をしている。


 一体…何が起こったの?


私は意味が理解できなかった。


私が“会場”のロビーに行くと、黒い服を纏った大勢の人がすでに集まっていた。

同窓会でもないのに、中学時代の部活の友達が勢揃いしている。

あまりに多いその人数に、改めて彼女が周囲を愛し、愛されていたことを認識した。

私はその輪の中にいながら、ぼんやりとみんなを眺めた。


時間になり、厳かな雰囲気の中ゆっくり席に就く。

正面の祭壇にはたくさんの花が並べられており、中央には彼女がいた。

写真の中で、彼女は…笑顔だった。

俯く人々のすすり泣きが聞こえる間も、ずっと笑顔だった。


  *  *  *


大学院2年生。

あれから6年も経つが、一日たりとも彼女のことを忘れたことはない。

最近は敢えて思い出すこともだいぶ減ったが、一人になるとやはり思い出す。


 会いたい。      …本当は会って声を聞きたい。


でも、それが叶わないから私は約束した。


 いつか私が天国へ行くとき、この世の思い出話をいっぱいしてあげる。

 それまでの人生、あなたの分も頑張るから見守っててね。


研究室の一角で夜空を見上げる。

両手を高くのばして息を吐いた後、気持ちを切り替える。

そして再び研究を始めた。




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