02
私は誰にもそんなことを言えず悶々とした日々を過ごしました。
それから一週間後、アルフレド様から今度はお食事のお誘いがありました。どうやら人気のスイーツ店に行ってみようとのことでした。
アルフレド様の心の声ではどうやらミーアさんからこの店の評判を聞いて、買ってくるように頼まれたようです。
持ち帰ってミーアさんと一緒に召し上がるみたいです。
私は段々呆れてしまいました。ひょっとしたら、今までのこともミーアさんにねだられて私にはついでに買ってくださっていたのだとしたら……。いいえ、そんなこと……。
私はそんな考えを振り払うように席に着きメニューを広げました。
「ここは今、人気のお店らしい。さあ、好きなのを召し上がれ、君のために今日は来たんだ」
(さあ、さっさと終わらせたら、これを持って帰って愛しのミーアと食べるとしよう。こんな女と食べても美味しくもなんとも無いからお茶だけでいいや。後で愛しいミーアと食べよう)
「あ、あの。アルフレド様はお茶だけで宜しいのですか?」
「ん? ああ。さっき家で食べてるからそんなに入らないよ。マーシャが喜んでくれると思って連れて来たんだよ」
(そんなことないさ。後でミーアと一緒に食べるのを楽しみにしてるからな)
「……」
アルフレド様は何時ものように貴族的な穏やかな微笑みを浮かべられているのでした。私は混乱しつつお礼を言って人気の限定タルトタタンを口に運びました。正直どんな味なのか分かりません。仕方なくお茶でなんとか流し込みました。
午後も早い時間にお開きとなり私は家に戻りました。
グレイシー様からの惚気話で離れるのが寂しいからついつい時間が遅くなってしまうというのを聞いています。そう言えば、私達のデートにはそんなことはありませんでした。午後も早い時間に帰るのです。夜会は別ですが、それでも夜半になることはなく早い時間に帰っています。それに私は疑問を抱かず、アルフレド様は紳士的な方だと思っておりました。
実は今日、私はアルフレド様とお出かけする前に執事や使用人に頼んでいたことがありました。私は何時ものようにアルフレド様をお屋敷までお送りし、自分の屋敷に帰りました。後はお願いした使用人達の働き次第です。
戻って来た使用人から報告を受けるとどうやらアルフレド様は私が帰ったあと、伯爵家の紋章のない質素な馬車で再び出かけられたそうです。行く先は下町でした。そこで赤毛の妖艶な女性とアルフレド様は逢瀬をなさっていたようでした。その方がミーアさんでしょう。
もう、アルフレド様の何を信じてよいのか分からなくなっていました。けれどどうやら彼の不貞は事実のようです。
逆に私は今まで良く隠し通していたものだと感心していました。恐らくこの声が聞こえなかったら、私はきっと露ほど疑いもしていなかったでしょう。それほどアルフレド様は上手く隠していたのです。
――だけど私は知ってしまいました。
貴族令嬢としてはこのようなことは我慢しなければならないことでしょう。正妻はこのような些細なことを気にしてはならないのです。夫の愛妾の世話までするのが令夫人として当然のことで褒められるべきことなのです……。
今までグレイシー様のことを婚約者から邪険にされて虐げられていたのをお可哀想だと思っていました。今思えば私も失礼ながら、同情めいた憐憫を感じていたのかもしれません。実際にそんなことをされるととても心穏やかではいられませんでした……。
それとも貴族のご夫人方はこのような思いを隠して生活しているのでしょうか。
改めて自分の身に降り掛かってくると悲しみと脱力感でどうしたら良いのか分からなくなりました。貴族令嬢としては夫の不倫など見て見ぬふりが賢いのかもしれませんね。
だから、貴族のご夫人方は奉仕活動やお茶会に熱心なのかもしれません。夫からの誠実な愛情が得られない侘しさから逃れようと……。
さらに数日後、アルフレド様は夜会のお誘いに来ました。私はもう、アルフレド様のお顔を拝することも嫌になっていました。だから、咄嗟に、
「申し訳ありません。その日はグレイシー様とのお約束があって……」
「グレイシー様? ああ、もう直ぐ王太子妃になられる公爵令嬢の方ですね。先約ならばそれはそちらを優先しないといけないな。確か君は学園に在学のときから仲が良かったようだね」
そんなことも覚えていらして嬉しいはずなのに今はとても素直に言葉を受け取れません。だって、アルフレド様の声が聞こえてしまいましたから。
(確か、第一王子との婚約破棄騒動があった方だよな。僕はあんな第一王子のような馬鹿はしない。そもそも、王家や貴族の結婚など政略なのだから、婚約者をお飾りの妃にして、愛する人を愛妾にでも召しあげたら良かったのに馬鹿な王子だ。ああ、元だったな。僕なら市井に落とされるなんてとても生きてはいけないよ。だから僕はマーシャを隠れ蓑に愛するミーアと楽しい生活を送るつもりさ)
私はそれ以上聞きたくなくて、気分が悪いと言ってアルフレド様には帰っていただきました。
別れを惜しんでいつも引き留めようとする私と違うので少し意外そうでしたが、体調が優れないのだと勘違いなされて、これからミーアに会えると嬉しそうな心の声を残して帰られました。
私は何もする気力もなくなっていましたが、グレイシー様のお名前を出してしまったので、口裏を合わせていただけるように手紙を出して訪問する約束を取り付けました。




