第六話 匿名と書いてても、意見箱に入れる勇気が湧かない
虚無の世界へ単身乗り込んだジン。
「ここが神界の闇の穴の最下層、虚無の世界か。暗くてなにも見えないが、生体反応はあちらこちらから感じるな」
虚無の世界には一切の光がなく、どこを見渡しても暗闇が広がっている。
真っ暗な中、なにかをこすっている様な不気味な音が、そこら中から聞こえてくるがあまりに暗いために、不気味な音の正体はジンには分からなかった。
「音も気になるがなにより匂いが酷い」
ジンが嗅いだ匂いは腐った魚を、腐った牛乳に漬けた様な匂いだった
この暗闇の虚無の世界でジンが分かった事は、ここには一切光が入らない、周りからこすった様な音がする、異臭が立ち込めているという三点だけだった。
「とりあえず見える化から始めるか。特異能力! 炎雷操作!」
ジンの1S現任訓練で奪った、前魔王四天王である炎の魔神スルトと雷の化身サンダーバードの特異能力を発動させる。
「こんな感じでいいか」
ジンは雷操作で雷を球状に変化させて、その雷の球の周りを火炎で覆い、擬似太陽を作ると上に向かって投げつけて辺りを照らすと、不気味な音の正体が明らかになる。
「なんだこいつらは? 首が――いや、顔が無いのか」
不気味な音の正体は全身が病的な白色をしている、首から先がない人型のなにかが四つん這いになって地面を這いずっている音だった。
「あっれー? こんなところに生きている人間がいるなんて珍しいなー。もしかして君がジン・シュタイン・ベルフ?」
顔は中性的で声も高く、少年か少女か見分けがつかない子供が話しかけてきた。
「そうだ、俺がジン・シュタイン・ベルフ。邪神の手下か? 邪神の元へ案内しろ」
案内しろと言われて子供は元気よく返事をする。
「はいはーい! 了解だよー。僕は邪神様の側近、ロキ。よろしくねー!」
「よろしくするつもりはない、さっさと案内しろ」
「あーうん。案内はちゃんとするよ? でも、邪神様が君と遊んでいいって言ってくれたんだよねー。だから僕と遊んでくれたら案内するよー」
ロキが指でパチンと軽快な音を鳴らすと、地面に四つん這いになっていたなにかが一斉に立ち上がった。
「この子たちはねー、顔無しって言うんだ。可哀想でしょー? 光がない闇で暮らしているから全身が真っ白でガリガリなんだー。少しは運動もしないとねー、だから君! この子たちの運動不足解消とストレス解消に付き合ってよ!」
もう一度ロキが指でパチンと軽快な音を鳴らすと、顔無しは一斉にジンに襲い掛かる。
「数が多すぎて面倒だな。上級特異能力! 強制解雇!」
自分より下位の存在を、存在ごと消滅させる上級特異能力を発動したジンだが、顔無しは一つも消滅せずに残っている。
「無駄だよーん。だって顔無しは存在してるけど、存在していないんだもん」
「存在してるけど、存在していない? 一行で矛盾しているぞ」
「だって本当なんだもーん。僕もこの子たちがどこから湧いてくるのか知らないしねー。ほら、よそ見してていいのー?」
顔無しが束になってジンに襲いかかる。
「面倒だな、5S! 社畜化!」
飛び上がったジンは自分の為に強制的に働く社畜へと変える、5Sを発動するが顔無しの動きは変わらない。
「顔無しを支配するのは不可能だよーん」
「なら、面倒だが一体一体倒すだけだ。神聖剣、天地開闢の剣」
ジンは空間から取り出した、神聖剣天地開闢の剣で次々と顔無しを倒していくが、顔無しの数は一向に減る気配がない。
「おいおい、どうなってるんだ?」
顔無しの数はジンが倒せば倒すほどに増殖していた。
「いいよー、いいよー、もっと頑張って増やしてねー」
ロキは空中で無邪気な笑顔を見せている。
「これじゃあキリがないな。なにか方法はないのか?」
押し寄せてくる顔無しを倒しながら、ジンは可能性を模索する。
「時間がもったいない。作業基準書、こいつらを倒すにはどうしたらいい?」
ジンの脳内に、鈴を転がした様な女性の声が聞こえる。
「はい、担当者様。顔無しは存在していながら、存在しておりません。その様な曖昧な存在を倒す事は不可能です」
「不可能、なるほどな。そういう事か」
ジンは神聖剣、天地開闢の剣を鞘に納めて目を閉じた。
「あれれー? そんなことしたら死んじゃうよー?」
「……」
黙ってジンが目を閉じていると、襲いかかってきていた顔無したちは、また四つん這いになり地面を這いずり始めた。
「なぁんだ、もうばれちゃったのかー。まぁ結構増えたし、虚無の一体は作れるかなー?」
ロキはジンに顔無しの秘密がばれて、退屈そうな顔をしている。
「顔無しとはよく言ったものだ。それは存在していて、していない。なら、徹底的に無視をすることで俺の中で顔無しは無害な存在になる」
「存在の無視なんてそうそうできないよー? 存在の否定は存在を認めるのと同じだからねー。まぁいっか、それじゃあ案内するよー」
ロキの案内でジンは虚無の世界の最深部へ向かった。
――――――――――
「この穴を飛び込んだ先に邪神様とライトがいるよー。じゃあ僕は別の仕事があるから行くねー。ばいばーい!」
ロキはジンを虚無の世界の端に案内すると、大きく手を振って去っていった。
「まるで激流の渦の真ん中に飛び込む気分だな。この先、特異能力が使えるか分からないから先に出しておくか」
ジンは空間から神聖剣、天地開闢の剣を取り出した。
「邪神、お前の闇が社会の闇に飲まれた事のある俺より深いのか、試してやるよ。ブラック工場作業員を舐めるなよ」
臆する事なくジンは穴へ飛び込んだ。




