第二話 アキオは二度死ぬ
悲鳴が聞こえた方へ走るアキオ。
重力を感じさせない程に体が軽く、走る速度も桁違いに早くなっている事に喜ぶアキオ。
「これが異世界、ワクワクが止まらないなぁ」
今の筋力はどれくらいだろうか。魔物ぐらいなら一撃で倒せる力を持っているんだろうか。そんな事を考えながら走るアキオの前方に大量の影が視認できた。
大量の影が一つの影を取り囲んでいるようだ。影に近づくにつれそのシルエットがはっきりとしてきた。
月明かりが助勢し見えた大量の影の正体は作業基準書が言うには魔族の小鬼という種族らしい。
とがった耳は左右についており肌は緑色。腰巻のような物を下半身に着用しているが上半身にはなにも着用していない。
丸見えになっている上半身は筋骨隆々で、その太い腕にはスパイクがついたこん棒が握られている。
人間の肉など簡単に噛みちぎってしまいそうな、鋭く歪にとがった牙が月明かりで照らされている。
もう一つの影は両膝を地面につけておりどうやらアキオと同じ亜人で性別は女性だと思われる。
人の目を釘付けにするような鮮やかな青色の髪をしており、前髪は二つに分け後ろの長く伸びた髪はポニーテールのようにくくりあげられ、その髪は腰元まで伸びておりその腰の横にはレイピアの様なものがぶら下がっている。
アキオが特に気になったのは頭から猫耳のようなものが生えている事だった。
さっき聞こえた悲鳴は彼女のものだろう。だったらやることは一つとアキオは距離を詰め猫耳の亜人の前に立ち、走りながら考えていたセリフを言い放つ。
「これ以上彼女に近づくというのなら自分が相手になってやる」
死ぬまでに一度やりたかった事の一つである、悪漢から女性を守るシチュエーションに浸っていたアキオだが猫耳の亜人の力強く凛とした声によって現実へと引き戻される。
「亜人? 死にたくなければ今すぐこの場から離れなさっ――」
猫耳の亜人はブルーサファイアの様に青く澄んだ目で、まっすぐアキオを見つめながらこの場から離れなさいと言おうとしていたが、猫耳の亜人はアキオの顔を見て固まってしまった。
「固まっている場合じゃないんじゃないかな。ほら、くるぞ!」
ゴブリンたちはこん棒を振り上げ、おたけびを上げながら一斉にアキオと猫耳の亜人に向って突撃してきたが、猫耳の亜人はまだ固まっている。
「ゴブリン達が襲いかかって来ているのに。――ほら、立てるか?」
異世界では最高位の特異能力を持っているアキオは、ゴブリン達が突撃してきているのにも関わらず、平然とした態度で猫耳の亜人に手を差し出した。
「えっと……その……」
口どもりながら猫耳の亜人はアキオの目を見ずに、差し出された手を掴んで立ち上がった。
「2S! 安全エリア」
アキオが一指し指でなにも無い空間を2Sとなぞると、アキオ達の周りを囲むようにしてシールドが展開された。
安全エリアとはアキオが危険と判断したものを、一切寄せ付けない絶対無敵シールドだ。
押し寄せてくるゴブリン達は悉くシールドに弾かれ立ち往生していた。
「まぁこんな所だな。作業基準書、今の状況での最適な処理方法は? ついでにゴブリンの能力の確認を頼む」
「はい。担当者様のパッシブスキルの一つである、作業の平準化により異世界の魔法が全て使用可能となっておりますので、ゴブリンの弱点である炎魔法による処理を推奨いたします。現在のMPで使用できる最大の炎魔法は楕円逆巻く火炎となりますがゴブリン達の一掃が可能です。ゴブリンのステータスをご確認頂けます様、宜しくお願い致します」
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ゴブリン Level:8 ゴブリン種
Hp:70
Mp:0
Atk:12
Def:4
Int:1
Res:2
Dex:5
Agl:3
Luk:2
使用可能特異能力
無し
使用可能上級特異能力
無し
総合評価G-
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「ヨシ! いける! 炎で踊り狂えゴブリンども! 楕円逆巻く火炎」
繋いでいた手を離しアキオがサークレットファイアを唱えると、シールドの外のゴブリン達の足元に炎が出現し、その炎は円形に広がり瞬く間にゴブリン達を飲み込んでいった。
炎が消えた跡には燃えカス一つ残っていなかった。
「すごい……」
頬を少し紅潮させながら猫耳の亜人は感嘆の息を漏らした。
「ヨシ、作業完了っと。いや、まだ確認が終わっていないな。特異能力! 安全確認!」
アキオは安全確認を発動させて半径百メートル以内に敵がいない事を確認した。
前の世界では女性と話すはレジ打ちの人ぐらいだったが、今のアキオはいわゆるハイになっているので人見知りを発動する事なく猫耳の亜人に話しかけた。
「とりあえずヨシだな。さてと、いきなりだけど君の名前は? 聞きたいことがいくつかあるけど君では少し呼びにくいから名前を教えて欲しい」
猫耳の亜人はアキオと目を合わせない様に、ななめ下を向いたままだが先ほどまでのおどおどした態度ではなく力強く答えた。
「私の名前はエポナ・ルール―。見ての通り亜人よ。さっきは助けてくれてどうもありがとう」
目も合わさずお礼を言うのが異世界では常識なのか? いくら異世界だとしてもオアシスぐらいできても良いだろうと思いながらアキオはエポナに質問をした。
「さっきのゴブリン達は? エポナは一体どこから来た? それとなぜ目を見て話さないのかな?」
アキオの問いかけに少し困った様な雰囲気を醸し出しながら、エポナが答えるがまだ目を合わそうとはしない。
「さっきのゴブリン達はこの森で狩りをしていたら急に現れたの。あまりに急だったから悲鳴を上げてしまったけどお陰で命は助かったわ」
目を合わさず話してくるエポナに不快感を覚えるが、アキオはそのままエポナの話を聞いていた。
「私は亜人族の村からここまで来たの。族長である私が亜人族で一番強いから、単独での狩りが許されているけどあの数に囲まれてはどうしようもなかった。あなた程の強者が近くにいてくれた事に感謝するしかないわね。本当にありがとう」
エポナは深く頭を下げた。
「それと目を合わさない理由だけど……。やっぱり言わなきゃダメだよね?」
エポナは頭を下げたままそう言ったが、アキオは静かな声で言わなきゃダメと答えた。
「その――こんなに美しい顔立ちをした亜人を見たのが初めてでっていうか格好良すぎて目を直視できなくて目を見て話さないのは失礼なのは分かっているけど目を見てるだけで胸が変になりそうで……」
堰を切ったように激しくまくし立てられ困惑するアキオを見て、エポナは頬をさらに紅潮させて黙ってしまった。
アキオは外見を褒められるのは初めての事なので、なんと言葉を返せばいいのか分からなかった。
はっきりと分かったのは敵意ではなく好意が向けられているという事だ。
異世界ライフ初めてのイベントで美少女を魔物から救うという王道な展開。
さらに助けた美少女は自分に好意を向けている。こんな時自分が見てきたアニメの主人公ならどう言葉を返すのか考え、思いついた言葉をアキオは口にした。
「下を向いていたら綺麗な青色の瞳が見えないだろ。顔を上げてくれないか?」
前の世界では一生言う機会がなかったであろう臭いセリフをアキオは自信満々で言い放った。
異世界でのアキオはもう以前のアキオではないのだ。以前の世界では村人Xくらいのモブキャラが、物語の主人公にクラスアップしたと考えれば分かりやすいだろう。
アキオが顔を上げてくれないかと言ってから十秒ほど経過したが、エポナは依然として下を向いたまま動かない。
「エポナ?」
下を向いたまま動かないエポナの顔を下から覗き込むようにして確認すると、どうやらエポナは立ったまま気絶しているようだった。
「――怪我でもしていたのか? 良く分からないけど、とりあえず修復」
アキオは右腕をエポナにかざし修復を唱えると、ハッという声と共にエポナが頭を上げた。
「そんな綺麗だなんて……貴方の全ての存在を淘汰するような鋭い銀色の瞳には敵わないわ」
気絶から目を覚ましたエポナは気絶していた事に気がついていないようだった。
目が覚めたエポナは先ほどまでのうろたえた様子ではなく落ち着きを取り戻していた。修復がエポナの精神にも作用した結果だろうとアキオは考える。
「やっと目を見て話してくれたか。それで亜人族の村って? 良かったら行ってみたいんだが」
「亜人族の村はここからそう遠くはない場所にあるの。助けてくれたお礼もしたいし村に案内するわ。貴方は転生したてだろうから歩きながら色々教えてあげる」
なぜ転生したてだとエポナに分かったのだろうかとアキオは考えたが、近くに亜人族の村があってそこの村長が見た事の無い亜人をみたら、そう判断するのが普通かと思いエポナに聞き返す事はしなかった。
「その前に私も聞きたいことがあるんだけど。あなたの名前は?」
「自分の名前は西嶋アキ――」
自分のフルネームを名乗ろうとしたアキオは途中で口を閉ざした。
自分の名前は西嶋アキオなのは間違いないが、本当にそう名乗っていいのだろうか? という疑問に駆られたからだ
西嶋アキオという人間は前の世界で死亡した。今、異世界に転生した自分は西嶋アキオなのだろうか? 魔法も使えるし特異能力だって使う事が出来る。魔物から女性を救い好意だって向けられる存在だ。西嶋アキオはなんの才能もないただの凡人だが今の自分は決して凡人ではない。
西嶋アキオはここで生まれ変わるんだ。そう決意した時、前の世界でBDも全巻買い揃え、パチンコが出たら並んででも打ちに行くほどに、ドはまりしていた異世界転生のアニメの
主人公の名前が脳裏をよぎった。
「俺の名前はジン・シュタイン・ベルフ。ジンと呼んでくれていい」
アキオは死にジン・シュタイン・ベルフという亜人が誕生した瞬間だった。
「そう、ジンというのね。よろしくねジン。では行きましょうか」
ジンはエポナと話をしながら亜人族の村へと向かった。
向かう最中にエポナから色々な話を聞かせてもらった。
魔族はカースト制度に似た制度を用いているらしく、亜人はカーストの一番底辺でカースト毎に仕事が割り与えられているという事だ。
生まれによって仕事が決まるなんて、馬鹿らしいなと考えていたジンの鼻孔を肉が焼けたような匂いがくすぐってきた。
「あの方角は――大変! 村が燃えているわ!」
ジンとエポナは火の手が上がる村へ急いだ。