楊家に集まった人々
俺達がごにょごにょと言いあっていると、俺達の側に寄ってきた男が居た。
「やっと、自宅に戻ったって思えますよ。自宅はやっぱり安心できますね。」
不細工な小型犬を抱きながら俺達の前にあるソファに座った男は、楊の相棒の髙悠介だ。
彼は自称百七十五センチの楊と同じような背格好だが顔立ちは地味で、しかしながら独特の雰囲気を持つ様になる男だ。
「自宅って、あなたはあいつからこの家を奪うつもりですか。」
犬を抱いてくすくす笑う髙は、先日まで自分の家を持っていたのだ。
妻と一緒に住んでいた思い入れのあるマンションだったらしいが、彼は階下の住人に「犬の足音が煩い。」と追い出されたのである。
そこでそこを賃貸に出して髙は楊と一緒に住むことにしたと言うのだが、家を失っていた楊を自分の部屋に居候をさせていた期間中に、楊の家事能力の高さにルームシェアを続行して旨味を得ようと企んだのは考えるまでも無いだろう。
彼はそういう人間だ。
「あぁ、僕のお姫様。乙女ちゃん!もう君を放さないよ!」
鳥とランデブー中の楊の姿に、髙に食い物にされていると哀れんだ俺がどこかに消えた。
楊は楊で、自分の飼い鳥を押し付けていた松野邸に入り浸っていたとも聞いている。
ろくでなさではお似合いの相棒同士なのかもしれない。
もしかしたら、楊こそ孝継がリフォームの体面を取りながら新築の家を建てていることを知っていて好きにさせたのではないだろうか。
建築許可証に書かれているのと違う建築をするのは、違法建築という違法行為そのものであるのだ。
祖父が不動産屋だったという楊には、建築関係の嘘には敏感なのではないのか。
「おとーさん。おとーさん。」
大型インコはしゃがれた独特の声を振りまきながら、虫みたいな動きで楊の体を這い回り、楊は愛娘を可愛がる父親のような顔をして無心に鳥の体を撫でまわして喜んでいる。
鳥が喋る段階でそれは雄ではないのか?と、俺は毎回思うのだ。
そして思うだけでなく以前に楊に尋ねてもいたが、魂で感じている楊には雌に違いないそうで、胸を張って答えた楊の姿まで思い出して、俺の中で湧き出た楊の悪徳警官説を俺の中で一瞬で打ち消した。
「全く、あいつはあんなんだからストーカーにしかモテないんだよ。あいつがクロをちびと呼んで弟のように可愛がるのは、外見が素晴らしいのに自分と同じく不甲斐ない部分に心が惹かれるからだろうな。」
「ひどいです。良純さんは酷いです。」
俺は声に出して言っていたかとソファに座っている面々を見返せば、玄人は先程とは打って変わって俺を非難する目を向けており、髙は犬を抱いたままソファで言葉通り笑い転げている。
「髙さん。笑いすぎですよ。」
「はは。さっきまではかわさんを大嘘つきなんて断じていた癖に。」
「聞こえていましたか?」
「ふふ。面白い考察ですからね。安心してください。孝継さんについては黙っていますよ。彼が行う素晴らしいリフォームで助かっている人がどれだけいるのかって考えますとね、僕は余計な事など何も言えません。」
悪戯そうな目線を俺に寄こした髙に俺は大きく舌打ちし、そして俺は居心地が悪いと彼から顔を背けた。
すると、部屋の片隅で葉山友紀が、同僚で相棒の山口淳平に謝っていた姿が目に入った。
葉山は四角い輪郭に荒削りだが整った顔立ちの男で、空手の有段者という事も合ってか背筋がぴんとした姿勢のいい男だ。
「山さん、ごめんね。君もホントは今日からここに住みたかったでしょう?」
今は満身創痍であるが、それは先月に姉の暴力亭主に車で轢かれたからだ。
彼は肋骨三本と両足の骨折という重症を負っており、しばらくは左半身に麻痺もあった。
麻痺の方は若いからか奇跡的に回復し、いまや殆ど残っていないが、骨折した両足のために、彼は退院後もリハビリは勿論だが介助が必要となる。
姉の真砂子は看護師だが、鍛えられた体を持つ若い男への介助は、彼女一人では無理な事も多いだろう。
そこで、山口がしばらく葉山宅に同居するのだという。
山口はいざという時には、頼りになる男でもあるのだ。
だが、元公安という経歴からであるのか、普段はイカの様にくにゃっとした立ち居振る舞いで、俺と同じくらいの長身の男のくせに全く威圧感を与えない。
綺麗な顔立ちをしている癖にスマイルマークのような表情を顔に常に貼り付けて、外見が目立たないその他大勢の男に常にカモフラージュしているのだ。
「いいよう。大丈夫。荷物だけは先にかわさんに置かしてもらって僕の陣取りはしたしね。友君は怪我を治すことを第一に考えなよ。」
「あなただって怪我人でしょう。何か不調があったら言うのよ。」
彼も先月銃撃を受けた怪我人だ。
公安時代に恨みを買った組織に襲撃されたのである。
真砂子は山口を可愛がる事に決めたらしく、女っぽく山口に微笑みかけていた。
良い事だ。
俺が彼女の離婚を手助けしてから、俺は彼女に狙われていたのだ。
しかし、ほっとしている俺の目の前で、真砂子は弟と弟の親友から離れると、俺の元ではなく玄人の所に進み、彼に何かを手渡したのである。
「はい、合鍵をあげる。玄人君、いつでも遊びに来てね。これで私がいなくてもいつでも入れるでしょう。トモも喜ぶし、淳平君が帰って来てあなたがいたら嬉しいと思うの。いつでもうちに泊まってもいいのよ。」
「ありがとう真砂子さん。僕は良純さんに鍵を渡して貰えないから、これは信頼の証って感じで凄く嬉しいです。」
余計な事を口走り「合鍵」というアイテムに大喜びの馬鹿の姿に、彼女はしてやったという顔で微笑み、「子供は片したし、いつでも私を呼んでいいのよ。」という目線を俺に送ってきた。
畜生、この女は計算高い。