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かわちゃんの家がね

「自宅完成と帰還を祝って、乾杯!」


 楊の声と共にグラスの鳴る音が次々起こった。

 ゴールデンウィークも終わろうとする五月八日、俺達は楊邸に引っ越し祝いで集まったのである。

 三月上旬に楊邸のリビングにて、玄人が引越しトラックに襲われたのだ。

 楊の家のリビングは大破し、ようやく修繕が終わっての帰還である。


 建て直しの利かない再建築不可地というハンデを背負っているために、殆ど全損の破壊状態でありながら楊は自宅を立て直すことが出来ず、それどころか、どこのリフォーム会社にもオファーを断られていた。


 そこで、俺が楊に売りつけた家という事もあり、リフォームに情熱を傾けていると騙っていた孝継に頼んではいたのだが、修繕の為に孝継が手配した下請け会社が橋場の最高のリフォームチームだったとは知らなかった。

 楊から渡された修繕に関する契約書類を読む俺の横で、ひゃっと、玄人が驚いた声を上げたのである。


「どうした?この子会社がどうかしたのか?」


 目を見開いたままの玄人は、その人形のような顔、男のくせに完璧な美少女顔を呆けさせたまま俺に答えたのである。


「孝継が作ったドリームチームです。どんな古い家屋も、地震や災害で崩れて建て直すしかない家だって、完璧な状態に戻せる修繕チームです。歴史的建造物の保存と修繕に橋場は力を入れていますから、それでそういった専門家を集めたと聞きましたが、驚きです。ええー?ですよ。そんな凄い人達がかわちゃん家を直したのですか?」


 玄人の言葉に驚いて見せたのは、俺以上に家主の楊だった。


「うそん。でも、それでかぁ。俺は今や一銭も無いすっからかんだよ。」


 楊家に引っ越しトラックで突入した犯人には賠償能力など全くなかった。

 その上、間抜けな篤志家ではなかった孝継が、家の修繕費用にと、楊の貯まっていないお子様並みの貯金までも、情け容赦なくしっかりと奪っていったのだと楊は笑う。


「すいません。孝継さんはやり手なので。でも、この家は以前よりもいい状態になっているはずです!」


 力強く修繕の匠の技を玄人は楊に主張していたが、この仕事の専門家の俺にも確実に良い仕事だと理解できる仕上がりであった。

 事故の形跡が全く無い。

 つまり、修繕した様子が無いほど継ぎ目も見えない見事な技であったのだ。

 俺は楊の居ない隙に玄人に囁いた。


「孝継はさ、あいつはこの家を建て直ししたよね。この家は新築だね。」


 玄人はハハハと、彼にしては珍しい低く乾いた笑い声で答えていた。


「内緒にしてくださいよ。あの修繕チームの名前にしたのは建て直しの費用のごまかしでしょうからね。怒りに燃えたかわちゃんに、詐欺で大事な親族が逮捕されたら困ります。」


「大丈夫だよ。楊はね、大嘘つきじゃないか。あいつが言っていた、保険金だけでは足りなかったって、貯金がすっからかんって、それこそね、あいつの嘘、なんだよ。」


「嘘、ですか?」


「大体、この家に突っ込んできた車は引っ越し業者から盗まれたトラックだろ。犯人はそこの従業員だ。普通にそこから楊には家を建て直すぐらいの慰謝料込みの損害賠償金が入っている。問題はね、この土地が再建築不可だって事なんだよ。建て直しが不可って土地。クルドサックに住宅地を取り囲む細い住民用の歩道があるけどね、実際は再建築不可な旗竿地なのさ。俺がこの家を買ったのは、リフォームも無しでさっさと売り払えると踏んだからだ。売れなければね、この空き家の多い住宅地そのものを買い取って、住宅地そのものを更地にして売り払う事も考えていたね。大通りのすぐそばにあって、スーパーも学校も近くにある環境のいい場所だ。言い値でマンション業者に売ることが出来ていたさ。」


「でも、事故物件だったでしょう。」


「事故物件そのものが消えれば、そこはただの金の生る更地だ。」


「僕が死体を見つけたこの家が事故物件で売れなくなったことに憤慨していても、当時は死霊が闊歩していた事にも良純さんが無頓着だったのは、その幽霊話で、周囲の、まだ住んでいる人達から通常よりも安く買いたたけると計算もしていたからだったのですね。」


「まあね、楊がこの家を買って、そのせいか、俺が買い取る先から次々とこの住宅地の空き家が売れたのは俺にも想像がつかなかったけれどね。」


 玄人は俺を尊敬し直したと顔に書いて俺に賛美の目を向けたが、俺が敢えて自分の目論見だった事を口にしたのは、あの孝継への思慕やら畏敬の念やらを玄人に再燃されては敵わないという、俺の器の小ささによるものだ。

 旗竿地等で建て直し不可の土地に住む不幸な人々への救済のためにドリームチームを結成する男であるよりも、孝継は解体と破壊からの組み立てが大好きなだけの非常識のままでいて欲しい。


 だが、俺に騙され、俺のくだらなさを知らないまま、俺に崇めるような目眼差しを向ける純粋な存在に申し訳なさをふと感じて、俺は気が付けば手を伸ばして軽く彼の頭を撫で上げていた。

 温かく、丸い、幼い子供のような頭。

 彼は自分の頭を俺の手に摺り寄せた。


「ふふ、気味の悪い住宅地に脅える人達にこちらの言い値で家を手放させて売り払うなんて、そこまで人でなしになれるなんて、本当に良純さんには惚れ惚れします。」


「……それは褒めていないだろ。俺はマンション業者に高く売れることを念頭にだな、買い取るときはかなりサービスしてやったぞ。」

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