かわちゃんとかわちゃんのストーカーのお家で
良純和尚に買って貰ったヒーターもあり隠れ家もあるケージの中で、牧草を齧ってアンズはぷいぷいとこの上なく幸せそうにしている。外付けの水ボトルでの水の飲み方も直ぐに覚えたとは、この子はなんと賢い子だろう。
「何ソレ?」
ケージの傍にしゃがむ僕の後ろから何時もの声がかかった。
僕の目はアンズに釘付けだから、後ろ向きのまま何時もの彼に答えた。
「モルモットです。」
僕は楊に頭を叩かれた。
どうして?と振る向くと、彼は何時ものように眉根を寄せたパグみたいな変な顔だ。
「そっちじゃなくて、その水乞い何とかって話。それは知ってるよ。スキニーってやつだろ。」
さすが小動物をこよなく愛する男、楊勝利。
神奈川県警の別名「島流し署」の相模原東署の刑事課の警部補だ。
近いうちに警部になる予定らしいが、先に課長に昇進して「特定犯罪対策課」と銘打った部署を与えられたのだという。
良純和尚の高校時代の同期であり親友で、三月十四日に三十一になったばかりの彼は、そこらの俳優以上のハンサムでもある。
前髪を上げた短い癖のある髪は所々ツンツンとして悪戯っ子の雰囲気で、印象的な彫の深い二重が人懐こく微笑めばどんな人も魅了できるだろう。
だろうってだけで魅力を有効活用出来ていない男は、せっかくの美形の顔を変顔に歪めたまま僕の答えを待っている。
そんなんだからまともな女性と恋愛が出来ないのだ。
僕が言える事では無いが。
「貯水池を作る時に土が軟らかくて池にならないからと、生贄を沈めたってだけですよ。どうしてでしょうね。人柱で不可能な工事が可能になったり完成したりって。」
「いや、だからさ。それってどういう呪いなの?」
「習慣的な繰り返しで出来た呪い?ていうか。三年に一回とか、五年に一回とか、生贄が来るものだと固定された土地に、生贄が来なくて困ったやばいって発注しちゃった的な?」
バシっと、また頭を叩かれた。
僕は頭を抱えて楊を再びじとっと見返した。
楊は真面目な顔をしている……と言う事は、何か問題が?
「やばい止めて。あとその変な言葉使いも。就職面接で思わず出たら困るのはお前だよ。」
「お母さんか!」
楊は時々本気でお母さんのようになる。
普段、同世代の馬鹿者と遊べと僕を叱る癖に。
「もう。あんまり玄人を苛めるんじゃないの。玄人は今日の葉っぱは何にするの?」
僕達が集まっている家主の言葉に、僕はニンマリと頬が緩んだ。
「ニルギリで。」
ここは松野葉子という、マツノグループ総裁の自宅だ。
マツノグループの総裁の家らしく公人用区画と私人区画を併せ持ち、建物外観はバウハウス建築風で大使館か美術館のようでもある。
おまけにここはマツノからの私設警備員が常駐するばかりでなく、神奈川県警の警備部から警護までされているから尚更だ。
それは彼女が最近まで不屈で有名な検事長であり、数多くの組織的犯罪者に恨まれ狙われているからでもある。
けれども、女王様気質の彼女の私人区画には、警備員も公人区画のスタッフも入れない。
そんな彼女の私人区画に、僕達は気軽にいつも入り浸っている。
孫娘の婚約者である楊の知人友人ならば、彼女は誰でも無条件に受け入れる太っ腹の優しい人だからだ。
そういうことにしていたい。
僕は口が悪いが誰よりも優しい松野葉子が、左遷された楊を追いかけるようにして、彼の所轄のすぐ傍に家を建てたストーカーの女王様でしかないと思いたくないのだ。