王との謁見
玄人が何もしたくないのならば、俺が彼の代わりに動くべきなのである。
あの夜から数日後、俺の申し入れを聞いた白波周吉は俺を呼び出し、銀座の白波酒造の東京支社ビルの応接間に、否、王様の謁見室で俺を待っていた。
目の前の白波周吉は警察署で出会った様子と違い、好好爺の雰囲気を脱ぎ捨てて、王者の威厳を纏って俺の目の前に悠然と座っている。
薄紫色の着物の光沢がヘビの鱗の輝きのようでもあり、狡猾な蛇の化身そのもののように彼を演出していた。
彼の両脇には、黒髪と白髪という髪色だけでなく、対照的な格好をした双子の美丈夫の警護が控えているのだから尚更だ。
黒髪は青系の仕立ての良いスーツ姿だが、白い方などはミリタリー系のカーキ色のジャンプスーツに右耳がピアスだらけという格好である。
そんな彼ら二人の顔が周吉によく似ている事から、彼らは白波の親族の出なのであろう。
そして彼らは俺に自己紹介する事もされる事もなく、俺を見下せるためだけにか、周吉の座るソファの左右で、両手を後ろに組んで足を肩幅に開くという軍人のような立ち姿をとって俺を無言で睨みつけていた。
しかし、俺と同じくらいの長身に武術を嗜んでいそうなしなやかな体つきをした彼らに俺は怯えるどころか、手合わせをしてみたい気さえ湧いてしまっていたのである。
蛇の王は部屋の好戦的な空気を物ともせず、俺の携えた書類を受け取って中身を見るや、喉の奥でクククと笑い声を響かせた。
「素晴らしい。あの夫婦を離婚させたのですか。その写しに、そして、それで、こっちはあの子の任意代理人に対する委任状と公正証書ですか。あの子は無能では無いですよ。ここまであなたがあの子を囲む理由は一体何なのです?」
「玄人が何もしたくないというのであれば、私が全て身代わるというだけです。そのためには代理人の資格が必要だってだけですよ。」
愛想よくふふっと周吉は微笑んだが、出した声は氷のように冷たかった。
「あの子を囲んで、私達からも奪われるおつもりで?実の祖父から遠ざけようとは。」
「いいえ、一線を引きたいだけです。私は彼を守りたいだけなのです。」
「承服いたしかねますね。ですが、どうしても玄人の盾になりたいと申されるのであれば、あなたの能力の程を見せていただきたいです。そうですね、まずは、我々が長引くと覚悟していた隼夫妻の離婚に、あなたがどのような仲裁をされたのかお話し願えますか。」
喉の奥で含み笑いをしたのは、今度は俺の方だ。
「そんなもの。お互いに情も無いのであれば、損得の勘定をさせればいいだけですよ。」
「損得の勘定?」
「えぇ、欲をかく人間は自分の損には敏感だ。」
俺はすっと懐から一枚の写真を取り出して、裏返したまま周吉のほうへテーブルの上を滑らした。これは周吉の両隣の男達に見せるべきでは無いものだ。
しかし、写真を見るや笑い転げた周吉は、俺の意に反して両隣の男達を手で呼び寄せて写真を手渡したのだ。
すると、俺を睨むだけだった男達は、腹を抱えてしゃがみ込んでの大笑いだ。
「すっげーれ、マジすげぇ。」
「ちょっとここまでするかって、感じだよね。」
口を開いたら割合と頭の悪そうな青年達は、ひとしきり笑った後に立ち上がると、俺の写真を持ったまま笑いながら部屋を出て行ってしまった。
「あ、ちょっと写真は置いて行け。おい、お前等!」
閉じたドアに叫んだ俺の姿がおかしかったのか、周吉は再び楽しそうに笑い声をあげた。
「心配されなくてもあの子達はすぐに戻ってきますよ。ちゃんと写真を持ってね。合成写真で人を騙すのは犯罪ですから、わかっています。」
「説明する必要も無く理解されたと言うことは、やはりあなた方はご存知だったのですね。詩織が玄人の実母を殺したという事実を。私はそれもあって玄人とあなた方から一線を引きたいのですよ。殺人者の手の中に、それも実の娘を殺した人間に、あいつを十年近くも置いて平気なあなた方からね。」
笑いを収めた周吉は右目を細めて俺に怒りを向けたが、それは一瞬だった。
彼が怒るべきは俺ではなく、自分自身であらねばならない筈だからだ。
楊が手に入れた当時の事故の報告書に残る監視カメラ映像の写真には、沙々を突き飛ばす女の後姿はあっても正面のものは無かったのだ。
そこで俺は当時の服を着た若かりし詩織の正面写真を作り上げたのである。
殺人罪で告発されるよりは、離婚した方が安全だと彼女は判断しただけの事だ。
彼女には玄人から盗んだ金で秘密裏に建てた御殿と盗んだ金で作った預金通帳があり、目の前には手切れ金として隼の預金通帳が差しだされてもいるのだ。
「百目鬼さん。言った所で信じて貰えないでしょうがね、私だって最近まで知らなかったのですよ。知った所で証拠が無かった。そして、あの時は、私が動く前に状況が作られてしまっていました。私が娘の死の後始末をしている間に、あの女が玄人を囲み、彼女が母親だと信じ込ませていたのです。そして、私は蔵人さんの言葉を信じてしまったのです。そうですね、ええ、そうですよ。やはり、私の失態ですね。」
「武本のジジイとやらは、一体あなたに何を言ったのです。」
周吉は俺を真っ直ぐに見て、俺が何度も聞かされてきた言葉を言い放った。
「無理矢理に思い出させれば死ぬと。」
そして俺が毎度のその科白に意義を唱えようとした時に、彼は新しい科白を口にした。
「あの子は武本から離したら死ぬ。当主であらねばならない。」
「なんですか?」
「武本の五十年の呪いです。当主となった者は五十年しか生きられない。けれど、寿命が無い人間は確実に五十年生きられるという呪いです。ですが玄人にはもう命が残っていない。だからこそ我が家に囲み、あの子を守って静かに看取ってやろうとも思ってもいるのです。」
俺は周吉の言葉を聞きながら、口中に苦いものが湧き出てきていた。
呪いなど笑い飛ばすべき戯言であるのに、俺はなぜか否定できないのである。
「僕が三十まで生きれないことは確実です。」
頭で響く武本の声を打ち消すように、俺は思わず片足をガツンと床に打ちつけていた。
「畜生!あいつはヘビ神に食べられるから死ぬんじゃないのかよ。」




