シロ
俺達が「獣憑き」の言葉に頭が真っ白になった頃に、変人の祖父の馬鹿な孫が楊と共に部屋に入ってきた。
「おじいちゃん!どうしたの?会いに来てくれるなんて嬉しいよ。」
祖父の顔を認めた瞬間に玄人は顔を綻ばした。咲子に対するのとは正反対だ。
「この間の電話でお前がペットを亡くして落ち込んでいたからね。顔を見て元気付けてあげたくなってねぇ。それからね、こちらの方々に祠の事を聞いたよ。おじいちゃんが作ってやるから、お前は大学の勉強の方を頑張りなさい。」
彼は咲子と違い人の優しさを持っていた。
「あぁ、そうでした。すいませんご心配をおかけしてしまって。」
髙が周吉に謝った。何しろ泣きじゃくる玄人の代わりに髙が周吉からの電話を受けて、玄人のペットの事を彼に伝えた経緯がある。
「そんな、髙さんが謝る事は。おじいちゃんごめんなさい。心配して来てくれたんだね。本当にありがとう。」
可愛い孫息子のお礼に周吉は顔を綻ばせ、いそいそと床においてあった大型の布袋を机の上にそっと優しく乗せた。浴衣姿の女性が手下げるような、底が籠になっている巾着の大型版だ。その袋を見た途端に、笑顔の武本は無表情になり、その大きな布袋を凝視し始めたのである。
「おじいちゃん。もしかして……それって。」
「かわりに文鳥のヒナを持って来たからね。これで寂しくないだろう?桜と色変わりのクリームだ。それでね、今のところ一日に五回の給餌が必要だからお前の為にマザーズバッグを特注したんだ。これ、おじいちゃんとお揃い。いいものだろう?保温性があるのに通気性が抜群で、雛の入ったふごを振動や衝撃から守る緩衝材入りだ。これ一個で旅先でも雛を育て上げれるんだよ。」
花満開の笑顔の祖父は人格が変わったように孫に語るが、彼の目の前の孫は地の底までテンションが落ちていた。
「凄いですね!それで、雛は!雛は元気なのでしょうか!」
孫の代りにハイテンションとなった雛が見たいだけの楊課長が目を輝かせ、自らの紹介もせずに周吉に迫り始めた。しかし鳥仲間には言葉は必要ないのか、周吉は旧友のように楊に答えているではないか。
「もちろん元気ですよ。そろそろ給餌の時間ですからね、あげてみます?玄人に会える時間に給餌が出来るように合わせたのですよ。」
「うわぁ、有難迷惑。」
俺の心どおりの言葉をボソッと吐く玄人に俺はこっそりと吹き出した。そんな孫の引きっぷりに周吉は一切気が付かない様子で、新しい鳥仲間へ雛を披露すべくいそいそと特性バッグの巾着の紐を解いて中を開いた。
開かれた袋の中にはふごと言う藁で作られた蓋付の丸い籠が見え、彼は丁寧にそれを取り出して蓋を開けた。
中には殆んど鳥姿の雛が二羽、嘴はピンクで全身が淡いベージュ色のものと、嘴は黒く全身が濃い灰色のものが、並んできゅっと入っていた。
それらは光を浴びた途端に、脳天に響く声で一斉に泣き出して口を開けた。
「うるさいですよ。」
恍惚とする楊と反対に、常識人の俺の仲間の髙が周吉に声をかけると、いつの間にか餌を用意していた周吉がスポイトで餌を口に放り込んで黙らせた。餌を貰った桜文鳥の雛は真っ黒な嘴を閉じ、じっと黒い瞳で人間達を見上げている。
「文鳥って、雛の時の方が賢そうで精悍な顔をしているんだな。」
育った後の間抜な文鳥の姿を思い浮かべると、間抜に成長している玄人に重なり、俺の顔も自然に綻び、俺は俺の腕にぶら下がっている玄人を見下ろした。
「どうした?」
彼は俺の腕にしがみついてギュッと目を瞑っていたのである。
「可愛いです。天使ですね。武本君は良いおじいちゃんを持って幸せだ。」
「君も餌をやってみる?」
「やってみたいです。」
「かわさんたら、いい加減に。」
「いいじゃん。髙もやらせてもらいなよ。赤ちゃんにミルクをあげる時の至福の感覚なんだよ。いやー。可愛い。ほわほわだぁ。」
俺は玄人の肩を抱きながら雛にはしゃぐ彼らから少し距離をとり、適当な椅子に座らせた。青白い顔で震えているのだ。
「どうした?」
「僕が忘れちゃったから、死んじゃった子が。」
「死んでないよ。まぁ、死んだか。寿命でね。おじいちゃんがお前の家からシロを引き取ったから、あの子は餓死なんかしていないよ。お前が心配なのはその事でしょう。」
「おじいちゃん?」
「お前が飼っていた白文鳥は、おじいちゃんの鳥小屋で長生きしたよ。」
「うそつき!それなら、どうしてシロが僕の頭に乗っているの。幸せに死んだのならば、僕の傍には来ないはずでしょう。僕は人間に殺されて死んだ生き物の墓場をぶら下げている人間ですよ。僕は殺された獣の王なんです。だから、可哀相な子達を全部、全部この間の良純さんのお経に乗せて祓ったのに。筈だったのに。減ったどころか増えている。」
周吉は両手で顔を覆って意味不明の事を叫びだした孫のところに歩いてきた。
そして、ぱしっと右手を振り下ろすようにして玄人の頭を叩いたのである。
「え、白波さん?」
優しい筈の祖父に頭を叩かれて驚いた顔を上げている孫同様に、温和そうな周吉の行為に俺達は驚いていた。けれども、孫を叩いた周吉は俺達を気にすることなく、俺達には意味不明の言葉を孫にかけたのである。
「それは祓われるためにそこにいるものか?穢れているのか?お前が王だというのならば、民の様子ぐらい把握しておきなさい。」




