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あめが穢れしつちを清めたもう

 祝詞を披露した玄人に対抗心を燃やして、俺も普段使わない大仰な経を唱えてやろうと思ったが、結局よく使う短い般若心経を唱える事にした。

 思い切り良くテンションを高めたまま終えるには、唱える経が短いに越した事は無いのである。

 そして俺が般若心経を唱え終わると、玄人はパッタリと横向きに倒れた。


「クロト!」


 言葉をそれしか知らないような馬鹿男がようやく髙に解放されたか、車から飛び出して倒れた玄人に縋りついた。

 ここからでも息もあるし心臓も動いていそうな玄人に、必死で人工呼吸をしたり心臓の音を聞いたり、怪我が無いか服をめくり体中をまさぐっている。

 この必死な介抱行為があまりにも濃厚なため、俺は自分を心配させた事への山口の仕返しの行為にも思えてきた。


「クロがやる前に大丈夫だって言っていたんだから、大丈夫だろ?」


「だって、こんなに嫌がらせしても目を覚ましませんよ!」


 やっぱり嫌がらせをしていたのか、お前。


「何?何だったの今のは?」


「俺が知るわけ無いだろ。」


 答えながら振り向くと、楊は今泉の車のドアを半開して怖々と辺りを見回していた。

 彼は一通り周囲を眺めて安全を確信したからか、車からぴょんと降りた。

 それが合図となったかのように、バケツをひっくり返したような大雨が俺達に降り注ぎ始めたのである。

 ザーと音を立てて打ち付けて痛いくらいの大粒の雨は、一瞬で俺の僧衣も楊のスーツをも濡れそぼらせた。


「この、雨男が!」


「俺?俺のせいなの?それより、早くチビを車に乗せてやろう。びしょ濡れで風邪を引いちゃうよ。チビは大丈夫なんだよな?」 


 そう言いながらも楊は玄人の所に向かわずに俺を通り過ぎ、雨に打たれながらも雷の痕を見回している。

 先程の大爆発で燃え盛っていた穴は大雨で一瞬で炎を消し去り、炎が消えてガスが弱まったからか地下水が湧き出てきていた。

 次から次へと溢れる水が、穴の中にあった不浄の残りをすべて地上へと押し出し、天上から降る大雨がその地上の汚れを払拭していくようである。


「楕円の歪な穴だったのに、きれいな真ん丸になっているよ。マジでコンパスで引いたみたいな綺麗な円。あの爆発によるものなのかな。爆発も雷も雨で何の痕跡もなくなっちゃうねぇ。あんなに凄かったのに。」


 視界の隅で武本がむっくりと起き出したのが見え振り向くと、彼は俺達を見るや否や、大声で叫び声をあげた。


「なにやってんの!かわちゃん!早くそこを下がって!」


 思わず楊の腕を引き俺の方に引き寄せたが、反動で俺達は転び、目の前に閃光が走った。

 楊が数秒前にいた穴の手前、その場所、そのものを直撃だった。

 鼓膜を劈く音が轟く。


「俺、死んでた?今のできっと確実に死んだよね。」


 俺の上に転がっている楊からは心臓の物凄い鼓動が感じられた。

 楊の寿命が五年は縮んだと俺が確信するほどだ。

 だが、寿命の縮んだ彼を思いやっても、グッショリと濡れて重い男が上に乗っているのは我慢できない。


「楊、いい加減どいてくれ。それでクロ、もう雷は無しだ。これで終わりだろうな?」


 俺の問いに玄人は豪雨を降らせる空を見上げた。

 すると雨の勢いが徐々に弱くなっていき、数分しないうちに雨は止み雲間がさす。空が明るくなると玄人は見上げていた顔を俺たちの方へ向けて、にっこりと微笑んだ。


「もう、大丈夫だそうです。」


「凄い!天候まで操れるんですね!武本さん凄いです!」


 車から降りてきた今泉が、とても煌めいた瞳をして玄人を賞賛し始めて、玄人はビクビクし始めた。


「彼女オカルト大好きな不思議ちゃんだったんだよねぇ。ホラー映画ばっかりで。いい子だけどちょっとねぇ。」


 疲れたような声の髙は今更の登場だ。

 あの豪雨を車の中で避けていたのだろう。

 男で一人だけ濡れていない。


「玄人君。今ここで起こったことを説明できる?」


 髙の言葉に玄人は肩を落し、大きくため息を吐いた。

 これ以上ないぐらいに、忌々しそうに。

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