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祝詞と僕とお使い様

 覚えているものだ。

 それとも玄人の肉体にいる僕は祝詞を知っている別人だという証明か。だが、今はそんなことはどうでも良い。この地の嘘神と対峙してこの地の仕組みをクリアにしなければ。


 祝詞は世界の成り立ちの物語を語る。


 そんな事があったと土地とそこに住む人々に伝え、歪んだ理を正常に戻すのだ。

 僕には神格は無いけれど、何百年もここにある人達が紡いだ言葉には力があるだろう。

 僕が唱えた祝詞が終わる頃には、不確かな理はこの土地には不要となり、その理から生み出された不浄なる悪意のあるものだけが存在を現す。


 その通り、祝詞を唱え終わったそこには、土地から黒い思念と穢れが浮かび上がった。


 僕はもう一つの世界を、今度は僕そのものの力にて召喚する。

 獣達の天国であり地獄。

 僕は死者であり生者であり人であり獣だ。

 世界はぽつぽつと粒子が粗くなり、ノイズの中のような世界に変わる。

 次々と蜘蛛達が僕を囲みまとわりつき僕を包み隠していく。


 すると今度は大地から不要とされた怨嗟や呪いの暗黒がスルスルと僕に巻きつき幾重にも重なり、僕を真っ黒な死神に変えていく。

 そして、その反対に、目の前の大地は清浄化し本来の姿を取り戻すのだ。


「こあっぱが。くだらない。おまえ。じゃまだ。去ね。」


 それぞれ別人の声だ。

 この土地に生きた人々の言葉を、記憶を勝手に使っているだけの土地のエネルギーが作った、化け物狐。

 歪んだ間違いが重なって、意識までもを持った呪い。


「ようやく現れた。」


 僕はもう一度祝詞を読み始める。今度は祝福だけのもの。本当に僕はよく覚えている。

 狂った歴史だけ吐き出した古に戻った土地へ祝福を与えることで、祝詞が終わる頃にはここは古の姿を保った清浄な歴史だけで構成された土地になるのだ。

 そして不浄な僕のノイズの世界も終わる。


「これでお前はどこにもいけない。ここに、お前と同化した僕に縛られました。」


 僕の目の前には金縛り状態の黒い狐が宙に浮かんでいた。

 僕は目を瞑り僕の神様を呼んだ。

 柴崎を死体に戻した時の黄泉平坂の向こうの死神ではなく、こちら側の本当の神様達、僕の血が知っている筈の神様に呼びかけてみたのである。

 神様と人間は格が違いすぎて対話が出来ないが、使い魔達にならば僕は会話もお願いも出来る。


「僕の目の前の狐をあなたに捧げます。」


 真っ白く細長く美しいものが僕の瞼に映像としてぱっと突如現れ、僕の願いを聞いて嬉しそうに身を捩って天上へ駆け上がって行った。

 僕は自分の瞼の裏に映った映像に驚き、ぱっと目を開けた。


「え?駆け上がって?え?今のお使い様には足があった?え?」

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