和尚は立ち上がった!
しかし、ぞんざいだろうがなんだろうが、良純和尚のお陰で僕は橋場のとある人との親交が復活したのだ。
ある人とは、橋場の孝継のことである。
橋場の会長の善之助も、僕の伯母の旦那である三男の孝彦も、僕が虐めにより殺されかけた十二歳以降も変わらずに可愛がってくれたが、次男の孝継は違っていた。
彼とはかなり疎遠になっていたのだ。
僕は変わってしまった自分では嫌われるだろうと彼から一線を引いていたのだが、孝継はそんな僕を見守って、僕から親交を求める事を待っていたようなのだ。
そんな僕達だけでは、僕達は一生開いた距離を縮められなかったはずだ。
僕達が再び近付けたのは、良純和尚が「孝継に飯を奢らせろ。」と僕に命令したからである。僕は良純和尚の言葉に逆らえずに電話をし、電話の向こうで大喜びで僕を受けいれた孝継の声を聞き、良純和尚が豪華な昼飯よりも此方を狙っていたのだと諒解したのだ。
但し、孝継と待ち合わせたお品書きもない高級寿司屋でかなりの上機嫌で舌鼓を打ち、帰る前には孝継と次の飯屋についてスケジュールを打ち合わせていた良純和尚の姿に、やはり豪華な昼飯だけが目当て?と僕は首を傾げざるを得なかったのも事実である。
「ぷいぷいぷいぷい。」
玄関から僕の物思いを破る鳴き声が響いた。
僕は諦めを持って大きくため息をつき、ヤレヤレとちゃぶ台に手をついて立ち上がると居間を出て玄関に向かった。
玄関の片隅に置かれた小型のダンボールの中には、ピンク色のモルモットが一匹入っている。
モルモット妖怪浜田善行からのお裾分け品なのだ。
浜田善行とは、駆け出しの頃の良純和尚を潰そうと試みた事もある、神奈川県で不動産会社を手広く経営している強面のやり手社長である。
僕は良純和尚からそのように聞いていた。
そんな強面がモルモット妖怪と変化したのは、浜田の持つ物件の店子が夜逃げ同然に立ち退いた際に、三十六匹のモルモットを棄てて行ったのがきっかけだ。
心優しい浜田は哀れなモルモットを全部引き取り、手元に残した「千夏ちゃん」以外全てを不動産業で培った手腕を駆使して里子に出すことに成功したという。
では、これは何なのか。
「吃驚したよ。千夏ちゃんが赤ちゃんを産んじゃってさあ。モルモットって生後数週間で性成熟しちゃうみたいね。この子百目鬼さん風だから君にあげる。スキニーはなかなか出ないから高価なんだよ。お礼はいいからね。」
無理矢理手渡されたモルモットを呆然と抱きかかえ、相手に何も言い返せない良純和尚を僕は初めて見たのだった。
そして、初めて挨拶した浜田は、細身の体に和装の昔の文豪のような粋で優し気な風情の老人であった。
強面とは橋場善之助や孝彦叔父のような外見だと思うのだが、彼らの外見が僕には温かく優しい姿にしか見えないので、もしかしたら浜田も本当は強面なのかもしれない。
浜田によって黒星続きの人には特に。
「ぷいぷいぷいぷい。」
「ダンボールの中では寒いのかな?」
僕の声に反応したか、モルモットはぴょこんと立ち上がりダンボールから顔を出した。
スキニーギニアピッグは名前の通り毛が無くて子豚に見えるモルモットの種類で、この子は鼻から頭に掛けてモヒカンのようにアプリコット色の毛が生えているだけだ。そして毛が無く丸裸であるせいか、とっても臆病な子で、常にビクビクして震えているのである。
「ぷーいぷーいぷいぷいぷーいぷーい。」
僕に必死に何かを訴えだしたので、仕方がないからと抱き上げるとすぐさま黙った。
黙っただけでなく、僕の腕にきゅっと体を入り込ませるようにして収まるではないか。
臆病な筈の彼女は、たった三日で、僕が抱き上げると僕の腕の中で安心するようになってしまったのである。
僕は動物が苦手なのに。
勝手に僕を里親が見つかるまでのお世話係りに任命した良純和尚への嫌がらせに、僕は彼女を抱いたまま居間に戻った。
「連れて来るなよ。」
「寒いみたいなんですよ。専用のヒーターを買ってあげないとですかね。」
膝の上にペットシーツを掛けてその上にモルモットを乗せて抱きなおした。
うんこ製造機の彼らは、ところかまわずウンコをする。
おしっこも。
愛鳥に頭にウンコをされても、お気に入りの服にウンコをされても、全然平気な人のようには僕はなりたくはない。
モルモットを撫でながら僕が座ると、良純和尚は大きく舌打ちをして立ち上がった。
「お前が飼ったらウチで飼うのと一緒じゃねぇか。そいつの里子の旅に出るぞ。」