真相
「以前に話したとおりに、貯水池と土砂崩れのあった所は道ができていたんです。貯水池で殺した生贄を土砂崩れのあった所に埋めるって。土砂崩れのあった場所には昔から祠やら何かがあったんですよ。それできっと最初に溺れた人をそこに運んで、もがりか何かをしようとして、仮死状態の人が生き返ったのでしょうかね。次第に池で死んだ人を上に運ぶようになって、その内に池で殺してから運ぶようになって、最終的には遺体を使ってオブジェを作る目的に変わってしまった。」
「それがあの死体井戸か。」
楊に対して、武本は青い顔でこくりと頷いた。
「祠があったってことは、龍道のようなパワースポットがあるって事なんです。見えなくてもエネルギーを人は感じることが出来る。エネルギーの存在はそのまま神格化して信仰になって。」
「間違った方法がそのまま信仰行事になってしまったんだね。」
髙が静かな声で相槌を打つと、玄人は再び話し始めた。
「間違った信仰行事も続けば土地の記憶になるんです。記憶を受け取った人には、僕が受け取ったように生き返りと、そして生贄の映像が閃いたはずです。死んだばかりの大事な人の遺体を抱えているのならば、そんな記憶を知れば、誰だってそこに向かいます。彼らは受け取ったばかりにその場所まで向かったのですよ。生き返らせるために。」
「一番目の被害者は路上に片手と血まみれの自転車が転がっていた通報があったね。」
髙の言葉に、武本は青白い顔を上げ、再び下ろした。
「撥ねてしまったのです。最初は殺人ではありません。ただ彼らは通報もせずに慌てて彼女をも車に乗せて運びました。とにかく向かわなければならないと言う焦燥感で。」
なぜそこに向かうかわからないまま、子供を失ったばかりの夫妻は自家用車を走らせていた。
否、貯水池から引き上げた子供の遺体を病院へ運ぶ途中、子供を抱えて押し黙っていた妻が突然指を差して叫んだからだ。
「あなた!戻って!あそこに、あそこの丘へ向かえばこの子は生き返る!」
なぜそこまで信じたか判らないが、彼も妻を信じて車の進行方向をぐるりと変えると、出来る限りのスピードで妻が指差した方角へ進むべくアクセルを強く踏んだのだ。辺りは強い雨と風に煽られ始め、暗い夜道での視界が雨水で閉ざされた。
彼はそれでもアクセルから足を離せず、しかし、そんな彼を押しとどめる様に車に鈍い衝撃を感じた。
「しまった。何かをぶつけた。」
後部座席で息子を抱きしめているだけの妻を残して車外に出ると、彼の車によって引き起こされた惨劇の現場を目にする事になってしまった。雨風で乗れなくなった自転車を引き摺っていたらしき女性を跳ねてしまっていたのだ。
彼女は骨折したか両足はおかしな方向に曲がり、片手は千切れて無くなっていた。
その時、彼は判断力など失ってしまったのか、殆んど脊髄反射のように被害者の遺体を車のトランクに片付けると、何事もないように運転席に戻った。
目指す場所。そこに行きさえすれば全てが元通りになる気持ちになっていた。
「何もないじゃないか!」
辿り着いたそこは当たり前だが草木もない土嚢のようなただの土手でしかなく、必死に望みを抱いて車を走らせたからこそ、彼の絶望は大きかった。
「トキコ!何もないよ!どうして此処だって。」
車から妻もよろよろと歩き出して、そして周囲を見回して跪いた。
「だって、ここに、ここに埋めなさいって。供物を埋めなさいって、声が。」
妻の呆然とした声にようやく冷静になった男は、自分の起こしたひき逃げ殺人の事実だけが頭の中を駆け巡り始めた。子供の死と自分の人殺し。
「どうしよう。」
雨にぬれて呟いたその時、どこかでぼこっと大きな陥没する音が聞こえた。音に導かれるようにそこにフラフラと向かうと、丸ではなく墓穴のような楕円状の穴が開いていた。
「ここだって?此処に何を埋めろと?」
妻に振り返り、そして、彼の瞳は自分の車の後部に固定された。
「……くもつ。」
「ちょっと待って。遺体は全部手足が無かったでしょう。」
楊の言葉にビクッとした武本は、ごくんとつばを飲み込むと呟いた。
「だから発端なのです。」
呟いて、大きく息を吸うと、彼は再び話し出した。
「大柄の最初の被害者は運ぶのに重過ぎて両足を落さざる得なかった。穴にようやく放り込んでも千切れなかった方の手が、死んでいるはずなのに生きているように穴の縁を掴んでいる。そこで彼らはその手をも切り落としたのです。」
「そうして穴に落したら子供が生き返ったと。それで次からは完全に同じ方法での殺人ということか。それでも、生き返ったのなら続ける必要は無いでしょう。」
「従わなければ今度は生き返った子供の命を奪われると思い込んだのでしょうね。」
髙は武本の目の前に腰掛け、彼自身も疲れきった顔つきで、しかし厳しい目つきで玄人を貫くように見つめて尋ねた。
「それじゃあ、君は最初から犯人を知っていたのだね?」
「以前にも言いましたが、もう二度と次の殺人はありません。黒い道が無くなりましたから、貯水池での殺人もありません。」
「それでも、殺された女性達の事は可哀相だと思わなかった。」
玄人は口を開こうとしたが、何も言えずに頭を下げた。
「すまないね。辛い思いをさせて。柴崎の両親ならば君は断罪できないよね。」
玄人は顔を上げるが何も言わない。言えないのだ。大きな瞳からは涙が次から次へと滴り落ち、口は平べったくなるほどに噛みしめている。
「そうか、ごめんね。いいよ、いいよもう言わなくて。あとは警察がするから。本当にごめんね。玄人君。もういいからね。」
髙は玄人の方に移動して幼子にするように彼を抱きしめあやしはじめた。
「可哀相に。それであの子は二年間も死体のまま動いていたんだね。」
髙の言葉に俺達は思い出す。
玄人の友人が玄人に謝りながら死体に戻ったのだという、ありえるはずのない出来事を。




