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パパ

 僕は珍しく衝動的だった。


「おじさん!早川のおじさん!ここでお会いできるなんて奇遇ですね!」


 僕は最近大声を出せる。僕比でね。僕はこの場から逃げ出したかったし、相手が誰が知らないが早川を卑屈な目にこれ以上遭わせたくないと、僕は席を立ち早川の所に急いだのだ。


「玄人君?君こそどうしてここに?」


 早川は僕を認めて驚いた顔で見返した。

 確かに、ここは横浜市のホテルのロビーで、三つ星程度であろうが、僕のような隅っこ虫にはここは光り輝きすぎているだろう。


「僕のおじとランチにって待ち合わせをしていたのです。今お帰りならご一緒にいかがですか?僕の友人のお父さんだと聞けば、おじが喜びます。」


 早川と同席の人達にもわかるように僕の座っていた場所を手で示す。そこには何事かと僕の方を覗い、正面を向いている橋場孝継が見えるはずだ。


「え?早川さん?橋場建設の方とお知り合いで?」


 早川の連れの一人が罠にかかった。「孝継おじさん」がメディア露出が好きで良かったと、僕はほくそ笑む。


「初めまして。武本玄人たけもとくろとと申します。武本物産の家具部門は橋場の三男の孝彦さんで、僕の叔父です。早川さんは僕の大事な友人のお父様で。さぁ、この方達とお別れならいいでしょう。」


「橋場と武本物産?」


 小売店で、しかも現在は通販だけの武本物産でもあるが、老舗であるから名前は意外と知られているのだ。決して新卒者の就職希望企業にはなりえないけれども。

 驚いている相手を尻目に、僕は呆然とする早川の腕を引いて孝継と良純和尚のいるテーブルまで連れて行った。孝継はというと、何ということだ、彼は僕を誇らしそうに見つめているではないか。


「彼はどなただい?」


「僕の友人のお父さんの早川正さんです。」


「友人の?それはいい。これからランチですけどご一緒にいかがですか?」


 恐縮している早川が答える前に、早川に頭を下げさせていた男達がやってきた。


「早川さん、あの、お元気そうならこのまま我が社の会計を続けて頂けたらと。」


「勿論ですよ。お子さんを亡くされたばかりならばゆっくりされた方がと思いましたが、やはり、あなたにウチの経理を任せた方が安心ですので。お受け頂けますでしょうか?」


「もちろんです。ありがとうございます。」


 早川は笑顔で彼らにお辞儀をしたが、先程とは違う自信のある姿である。

 早川の取引先の人達と名刺交換までしてくれていた孝継が、ちらっと僕を笑みの篭った視線を投げかけてきた。彼は僕に軽くウィンクまでもするではないか。器用な男の筈なのに、両目が瞑ってしまう下手糞なウィンク。

 僕は思わず噴出してしまっていた。噴出したら何時ものセリフだ。


「サンキュー、パパ。」


 しまった。

 違う人間の僕が口にしてはいけない言葉だ。

 これは孝継と玄人が大事にしている記憶の一部。父親に愛されない玄人と、善之助の血を引かない事に悩んでいる孝継が考え出した遊びなのだ。玄人は孝継という父親に愛され、孝継は血縁のない僕を愛す事で血の繋がらない善之助の愛情を疑わずに受け入れることができる。寂しい彼らが作った内緒の親子の関係だ。


 偽者の僕が踏み込んでは絶対にいけないもの。


「えっと、ごめんなさい。なんでもない。」


 ところがグイっと僕は孝継に引き寄せられた。


「早くご飯を食べに行こう!僕はお腹が空いてしまったよ!そうでしょう、和尚様も。」


 孝継は上機嫌どころかかなりのハイである。

 こんなに喜んでくれる彼を僕は騙しているのだ。

 胸が痛んだが、孝継に同意の気持ちを見せて頭を下げる良純和尚の姿に、なぜか僕は違和感を感じてそれどころではなくなった。彼は一体どうしたのであろうか。かなりイラついているようだ。しかしそれを考え込む事も許さない勢いで、僕は孝継に振り回されるようにリムジンにまで連れて行かれてしまったのである。

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