間違った思い込み
僕は自分の目の前でホカホカと僕を誘っているペットボトルを見つめた。
このメーカー、この銘柄、とは、僕の好みを熟知している!
あの彼が、僕の為にコーヒーを買おうとした髙に、このペットボトルを手渡したのであろう。
「もう、ダイゴったら。」
呉羽大吾は、坂下が僕につけてくれた護衛の二人のうちの一人だ。
彼は警護中に僕の近辺から決して離れないが、構内においては自分の体も顔も厳つくて怖いからと僕の間近にも決して寄って来ないのである。友達のいない僕は護衛官でも隣に座ってくれると安心できると彼に伝えたいが、彼自身に一定の距離を作られているのだ。
葉山が高部に重傷を負わせられた仕返しに行くという僕に、彼は何も言わずについてきてくれたほどの人であり、その時に打ち解けたと僕は思っていたから、自分は護衛官でしかありませんからと突き放された時は猶更にがっかりだった。
もしかして、高部の家の前まで行っただけの未遂の仕返しが上にバレて、呉羽が叱責を受けてのこの状態なのかもしれないが。
でも、葉山に付き添いしたあの日、お祝いのピザを咥えて何気なく葉山の部屋から外を見下ろした時に、ハイツ前の電柱の影に彼が居た事を知った僕の慄きを考えて欲しい。
その時の僕は自分勝手かもしれないが、「今日はもういいです。」と伝え忘れた申し訳なさよりも、背中に冷たいものが走った衝撃の方が強かったのである。
「玄人君?」
「あ、すいません。あの、僕が話したら僕のお願いも聞いてくれますか?」
頼み事であるのに、髙は物凄く嬉しそうな顔を僕に見せた。
「いいよ。何を僕に頼みたいのかな。」
「えと、あの。呉羽さんに、護衛の時は隣にいてくれた方がありがたいって伝えていただけますか?」
髙は僕の言葉に自販機の大男に振り返り、護衛官は僕達の目線から大きな体を隠そうとしてか、自販機の影にぎゅうっと身を寄せて小さくなった。その様子を眺めた髙は、何事もない顔で再び僕に顔を戻した。
「あれはあのままにしておきましょうよ。」
「そうだね。ほっとこう。」
楊もいつの間にか完全復活して相棒に同調している。
「え?」
「それじゃあ、話して。」
「ほら、ちび。早く話す。」
「え?」
僕はこのろくでもない警察官達に、気兼ねなく酷い話を語る事にした。彼らならばそんな真実を知っても大丈夫だろう。
「ちび?」
「あの土地は、生きている土地の人がいないと駄目な土地なんです。だから、あの三人を埋めて発電機で微弱な電気を常に死体に流して。人間の生命反応って化学反応によって微弱な電気が常に起きていますものね。そういう見せ掛けの、えっと、呪術的に作られた不老不死の機械人形なのでしょうか。サイボーグ?」
楊は何時ものように机に突っ伏した。髙は両手で顔を覆っている。
「どうしたの?二人とも。」
「俺、掘り返しちゃったよ。風車も壊した。そんで、土地の人がいないとどうなるの?」
僕は目を瞑り、黒い道と延々と続く祭り、そして、今までは見えなかった骨の積み重なったオブジェを見通した。そしてようやく祭りの意味を理解したのだ。
「龍道って、そうか。間違って、思い込んで間違いを重ねることで、あの土地は汚れて呪いだらけになっちゃったんだ。間違えて人を殺して、間違えて、間違えて。土地の人も何も関係ないただの土地じゃないか。それなのに、間違えて。」
「おい、ちょっと、ちび。」
「玄人君?」
僕はその日は大学どころではなかった。
泣き続ける僕が講義に出席などできるわけもなく、仕方なく楊と髙に連れ帰られたのである。見えた事の重さと忌まわしさを楊達に告げることなどできず、そして何も出来ない自分を哀れむことで精一杯だったのだ。




